第二章 王都での生活 その3
『勇者』
魔王を倒すために異世界から神が遣わす救世主。その力が無くては魔王を討つことは出来ない。鼻で笑いたくなる内容だ。しかし、いかにも年季の入ったこの国の歴史書がそれを事実だと証明していた。
書庫の一角にて広げた分厚い本を閉じる。年季が入っているはずなのだが装丁に使われている毛皮の手触りはまだ柔らかい。
書庫に出入りするようになり数日、ルーネイに教えてもらっただけの知識では読める本が少なく苦労はしたが、その甲斐あってか異世界というキーワードを見つけることが出来た。いや、訂正しよう。この世界は異世界とかなり密な関係を築いている。
数百年周期で現れる魔王と、その討伐のために神が異世界から召喚する勇者、これが決められたルールかのようにこの世界では繰り返されている。
自分は勇者として召喚されたのだろうかと思いもしたが、本に書かれるような神に出会ったことも、力を授かったことも無い。また、前回魔王が現れてから未だ50年しか経っていないので、今まで通りなら魔王が現れるには早すぎる事になる。
元の世界との繋がりが見つかったのはいいが、考えることが多すぎた。そしてそのほとんどは召喚や神、魔王といった今のサザキでは正確な知識すら無いものであったが、それでも思考は働き、そして根拠なき思考は次第にネガティブなものへと変わっていく。
「だめだだめだ。気持ちを切り替えよう」
頭を振りながら声に出して意識を切り替える。
「どうかしましたか?」
サザキの様子を不振がってお付の騎士が声を掛けてくる。
「読んでいるうちに訳が分からなくなってね」
調べるのは苦手なのだと笑いかけると相手も笑って離れていった。
調べ物をするのならと付けてもらった騎士だが、実際のところはお目付け役だろうとサザキは考えていた。現に、聞けば答えてくれる程度で積極的に手伝う様子は無い。サザキも魔法を調べるという建前のため、元の世界の事を調べているので深く詮索されないのはありがたく、今の状態を維持している。
「今日はこのくらいにしておきます」
一声だけかけてサザキは蔵書庫を後にする。
行先など無かった。ただ頭の中で渦巻くネガティブな考えを忘れられる何かがあれば、そんな漠然とした考えで城内を進んでいた。
「サザキさん?」
脇目も振らず足早に進んでいたため、気が付いて振り返るまでに結構進んでしまった。
「えっと、騎士団の…」
「第二騎士団のナタカですよ」
サザキが相手の名前を忘れていたことに後ろめたさを感じていると、ナタカは気にした様子も無く続けた。
「こんなところでどうしたのですか」
「ちょっとぶらついていて。そんなナタカこそポーション作成はどうした?」
「今日のノルマは終わったので」
曰く、遠心分離班は魔力を使って分離させるだけなので魔力が無くなればそこで終了らしい。ナタカは魔力量もそこまで多くないため昼過ぎには終了するとのことだ。
「じゃあこの後は暇なのか?」
「そんなわけないですよ。今から騎士団にもどって訓練です」
暇なら気晴らしに付き合ってもらえればと思ったわけだが、それはあっさりと潰えてしまう。けれど、改めて思い直してナタカに尋ねる。
盾を前面に押し出してサザキの前に立ちふさがるのは第二騎士団、騎士団長のトーダだ。
40を超えたその肉体は、往年の活力は失われてはきたが、経験と技巧を凝らす様になった戦い方は狡猾でやり難くなったと周囲の評価を下げることはしていない。
そのトーダは投擲スキルを加えたサザキの突きを難なく盾で弾く。
初めて手合せした際には、全力で突きを繰り出したサザキはあっさりと体勢を崩されて懐に入り込まれ勝負は決した。
今は体の動きは最小限に、スキルの効果で突きを繰り出している。そのため突いてから引き戻す動作が最小限で済み、連続で突きを繰り出すことが出来ている。
それでも崩せる気がしないことにサザキは心の中で苦笑いをする。
今まで武で生きてきた者に付け焼刃の知識で競り合おうなどおこがましいというものだろう。
4度目の打ち込みでトーダは盾では無く剣でサザキの突きを弾いた。のみでなく、引っ張られるような力を加えられてサザキの手から武器がすっぽ抜けて飛ばされる。
「参りました」
踏込と共に喉元に突きつけられた剣に冷や汗を流しつつ獲物が無くなって空いた両の手を上げるサザキであった。
「やはりハルバートは無理だな」
サザキとの手合せをトーダはそう評した。
「扱いきれないか」
サザキも同じ意見だった。斧と槍を合わせたハルバートは長いリーチに突くと斬るという二つの動作を持つ武器だ。使いこなせればこの上なく頼もしい武器ではあるが、いかんせんサザキでは技量が足りない。
「ハルバートもダメとなると、いっそ魔法にモノを言わせて馬上槍でも使ってみるか?」
「冗談。すぐに魔力が尽きるだろ」
騎士団の訓練参加は交換条件で許可が下りた。騎士団長自らが指導する代わりにサザキの魔法を騎士団に教示するというものだ。
もともと魔法の事は隠すつもりでいたのだが、サザキと手合せトーダには奥の手があるのだろとあっさりと見破られ、全く手の出ないサザキにこのまま終わるのかと挑発までしてきたのだ。
安い挑発ではあったが、ポーションの作成で魔法自体を公開した今、自分と同じ使い方をする者も近いうちに現れるだろうと、そして一泡吹かせてやろうとその挑発に乗ったのだ。
結果は惨敗であった。
大剣を使った横払いをトーダが盾で受けようとしたところに魔法を使って急加速させた。
素人が剣の重さに振り回されながら腰の入っていない振りかぶりをしてきたのだ。トーダは油断こそしなかったが、注意を大剣からサザキ自身に移して他の何かをしないかという点に移っていた。
そんな状態での急加速である。反応できるものではないとサザキは思っていた。
それでもさすが団長というべきか、トーダは対応をして見せた。
予想を超えた大剣の加速に、とっさに剣を手放し両手で盾を支えたのだ。それでも反らすことが精一杯であり、手から弾かれた木製の盾は空中で大剣に砕かれる事となった。
勝った。剣を落とし、盾が壊れたことでサザキはそう考えた。あとは大剣を突きつければ終わりだ。そう思って盾を追っていた視線を戻すと、視界いっぱいに拳が映り込んだ。
「盾が腕に固定されていたら負けたのはわしだった」
無手でサザキが意識を失うまで殴り飛ばしたトーダの言葉はサザキの慰めにはならなかった。
「ちょいと重めの槍を使ったらどうだ」
「しっくりこないんだが…しばらくそうするか」
団長の実力を知ってからサザキは積極的に戦いに関して助言を受けていた。独力が多かった冒険者に比べて騎士団は時間をかけて洗練されていると感じる部分も大きい。一方のトーダもサザキの使う魔法が面白いようで嫌な顔をせずに付き合ってくれていた。
トーダが渡してきた槍を手に訓練場の中央で振り回して感触を確かめていく。
突きは鋭いものとなるが、それ以外の攻撃方法が無くなるのには不安がある。棒術などという高度な技は身に着けられるとも思えない。
「あれ、サザキさん槍を使うんですか?」
休憩中かナタカが汗をぬぐいながらやってくる。
「いい武器が無いかと模索中だ」
「はー、やっぱり実力のある人は多彩ですね」
訂正するのも面倒だったので、槍の感触を確かめながらサザキは話を変えた。
「ナタカは俺の事を避けないな」
「どうして避けるんです?」
「教鞭を取った時の事だ」
魔法を教えたときの件でポーション作成に関わる人の間でサザキの評価は低い。城内で会うとなぜお前がまだ城に居るのだという目を向けられることもしばしばだ。そんな中、ナタカは変わらず接しているので疑問に思ったわけだ。
「教えるときってああするものじゃないんですか?うちの教官たちもあんな感じですよ」
「お前はそういう奴だったな」
サザキは兵士たちと同じ食堂で夕食を取り自分の部屋へと戻っていた。
「こっちの食堂で好んで食べるなんてあんたも変わり者だね」
食堂のおばちゃんにそう言われたが、物は良くても味付けが濃すぎる客向けの料理は一週間も続くと胸焼けしそうだったのだ。
「サザキ!」
扉の前に居たルーネイが戻ってきたサザキを見つけて声を上げる。
「ルーネイ?ずいぶんと久しぶり」
「久しぶりじゃないわよ。ここ数日全く部屋に戻ってこないで」
怒り出すルーネイのその理由が分からないサザキにどこからか現れたタバチナが「ここ数日、ずっとサザキ様のお帰りをお待ちでした」と囁く。
用事があったのに待ちぼうけを食らい続けたから機嫌を悪くしたかと思いつつ、さすがに廊下でルーネイに怒られ続けるのは醜聞がよろしくない。
「ひとまず…中で話さないか?」
タバチナはお茶を用意するとそそくさと退室していった。
「予定を伝えてなかったのは悪かった」
「それはもういいわ」
頭を下げるサザキにルーネイはお茶のカップに口を付けてそっぽを向きながら短く答えた。
それきりルーネイは黙り込んでしまう。
用事があると思っていたサザキは、拗ねて話をしないのか、別の理由で黙っているのか分からずルーネイが切り出すのを待つしかない。
しばらくは食器がなる音だけが続いた。
「ずいぶん忙しそうなのね」
サザキがお茶を飲みほしてしばらく、ルーネイが自分の分を飲み干してからようやく口を開いた。
「ああ、いろいろとあってな」
「蔵書庫には居なかったけど」
「午前中は蔵書庫、午後は北にある騎士団の訓練所に行ってる」
「何でそんなところに」
「俺は戦い方とかまともに習った事無いからな。きちんと教えてもらった方がこれからのためにいいだろう」
「そう…」
大した受け答えもなくルーネイはまた黙ってしまう。仕方なしに今度はサザキから訊ねていく。
「ルーネイは最近どうなんだ?」
「順調よ。人数もいるし、設備もすごいわ」
守秘義務があるのか、専門用語が分からないサザキを思ってか漠然とした内容の話ではあったがもうしばらくで王女に投与を開始するらしく研究の進捗はかなりのものらしい。
「ごめんなさい」
ポーション作成について一通り話し終えた後、わずかに間を開けてルーネイが謝罪の言葉を口にした。
「どうした?」
サザキは思い当たることが無く疑問で返した。
「私のせいでサザキを除け者にすることになって」
「そんなこと気にしてたのか」
「でも、研究室内でもいい評価なんて聞かないのよ」
「気にしてない。もともと俺はそっちには極力関わらないって言ってあっただろ」
「それでも私をかばう形であんな…」
そこで感情があふれかえり、言葉を詰まらせたルーネイは瞳から涙をポロポロとあふれさせた。
「もう帰る!」
腕でぐっと目元を拭うと有無を言わさずに言い放ち部屋から飛び出して行った。
取り残されたサザキは少女の感情の起伏の激しさについていけずに悩むのである。
意外なことに翌日もルーネイはサザキの部屋の前で待っていた。
少しはにかみながら昨日はごめんと言う彼女に気の利いた言葉を思いつけるわけでも無く、気にしてないからとだけ答えた。
そこから毎晩のように二人のお茶会は行われた。初日とは違い、ルーネイは多くの事を話したし、聞きたがった。サザキも魔法の事であったり、パーティとして戦い方の意見を聞いたりと話す内容には事欠かなかった。
話が熱を帯びると深夜に及ぶこともあり、年頃の娘が男の部屋に入り浸っていかがなものかと思いもしたが当人に止める様子が無いのでサザキから切り上げるということはしなかった。




