第二章 王都での日常 その2
晩餐会の翌日、サザキは変わらずに座学を受けていた。
ただ、昨日までと違うのはそこがサザキの部屋では無く会議にでも使われるのであろう大部屋であること、そして昨日の晩餐会にも出席していた今後ポーション作りに携わる30名ほどが同じように座学を受けていることである。
視線の先ではルーネイがサザキの用いる魔法の原理を話している。
内容は事前にサザキと打ち合わせておいたものだ。
ルーネイも、話を聞く側も熱心に聞いているが、サザキはその光景を申し訳ないとは思いつつも笑ってしまいそうになっていた。
というのも、ルーネイが話している原理というのはサザキがこの世界の理屈に合うように『精霊の干渉が』『魔力の応用で』などという単語を使ってそれっぽく取り繕ったものだからだ。
立派なローブを着た魔法使いや、歴戦の貫禄を見せる騎士が熱心にそれらを聞いて感心する様が滑稽に見えてしまうのは仕方のない事であろう。
意外だったのが、いかにも粗暴といった冒険者と思われる者たちも熱心に話を聞いている事であった。後に聞いた所、自分の命に係わる事であり、しかも仕事として金を貰えたうえで技術を得られるのだから必死になって当然との事だった。
午前は座学で午後からは実技である。
ここで魔法が使えない薬師が抜けていく。それでも大半の薬師が残るところはさすが国のお抱えといったところだろう。
さすがに全く新しい魔法を簡単にとはいかない様で、それぞれが四苦八苦しながら試行錯誤を試している。
「サザキさんは余裕そうですね」
先ほどまでうんうんとうなりながら手をひねったりしていたナタカが回そうと持っていた棒を机に置いて話しかけてくる。
「俺はルーネイの付添いに近いから」
ナタカが置いた棒を手に取ると、金属の冷たさとともに想像したよりかなり軽い重みが伝わってくる。
練習用にと配られた棒はすべてミスリルであり、ファンタジーでお馴染みのその金属はやはり魔法との親和性が高く、そしてお値段も高いらしい。
「ドワル氏の知り合いだったんですか」
ドワル氏と言われて誰だと思ったが、そういえばルーネイがそんな名前であったかと思い返す。
「ああ、同じPTだ。といってもペアだけどな」
「ということは、サザキさんが噂のワイバーンだったのですか」
目を輝かせるナタカに、しかしまさかこんなところで耳にするとは思わなかった言葉にサザキは焦って聞き返す。
「そのワイバーンってのは、どういう話なんだ?」
「サザキさんのことではないのですか?」
「いや、そうなんだけど…。ほら、自分の噂話とかって逆に知りにくい物だろ」
その言葉にナタカはそういうものですかと頷く。
「ドイルズレイドの街に現れた新星で、ワイバーンのように狡猾で、毒が効いていくようにじわじわと相手を追いつめていくルーキーとは思えない冒険者という話です。てっきりもっと強面の人を想像してたのでサザキさんだったことに驚きました」
ナタカが語った噂は、ドイルズレイドでの揶揄とは思えないほどまともになっていた。というか、どこの誰の話だというところまで変わってしまっていて自分の事とは思えない。
噂話はどこの世界でも尾ひれがついて回るものらしい。
「まぁそのうちにな。それよりほら、魔法を覚えないと」
しつこく話を聞こうとするナタカを押し切って、ミスリルの棒を渡して話の転換を図る。
「そうは言われてもいまいち感覚がつかめなくて」
サザキに話しかけてきたのは魔法の練習に行き詰っての事だったようだ。
「具体的には?」
「説明が難しくて…」
話を聞いてみるとナタカは理論より感覚で魔法を使っているらしい。そのために論理的に行われた先ほどの説明が馴染まなかったようだ。
辺りを見てみると魔法の練習をしているものも居るが、それよりも書き留めたノートを手に頭を抱えていたり、ルーネイに質問を繰り返したりと論理が納得できていない者の方が多そうであった。
「魔法の使い方っていうのは一般的にどうやって覚えていくものなんだ?」
ルーネイもイグリス皇子も馬車の中に居る間にそれなりに扱えるようになった。だから今日のうちにある程度感覚はつかめるだろうとの見通しであったが、結果は芳しくない。
「どうっていわれても何となくこういったものかなって覚えていくんです」
「よくそれで伝わるな」
あまりにも漠然とした物言いに呆れてしまう。
「そうは言われても、魔法は感覚で使うものですよ。思い浮かべる精霊様だって人それぞれですから」
「例えばだ、人それぞれで魔法の詳細は違っても大まかに分類は出来るだろ」
「分類なんて出来ますか?」
「まずは属性」
そんなの当然と言わんばかりのナタカを黙らせて続ける。
「次に形状」
「火と水に共通点があるとは…」
「玉にしたり矢にしたり、似た形があるだろ」
ルーネイの説明とは違い精霊への信仰など無しに、ただ科学的に分析した内容を羅列していく。属性による相違点とそこから導かれる仮定、そして検証を経た結論。
精霊とは魔力の変換装置であり、適性のあるものはその変換装置にバイパスが通っている。魔力は精霊を通すことで、対応した物質を召喚することが出来る。魔法の形を変えたり、精度を変えたりは個々の魔力の扱いであり、属性や精霊といったものは関係が無い。
魔法というものを調べたうえでサザキが出した結論である。
魔法を精霊より授けられる奇跡とし、信仰する人が相手ならかなり危なそうな内容ではあったが幸いなことにナタカは違ったらしくそういうものなのかと素直に受け入れてくれた。
「サザキさんはこの魔法にずいぶんと詳しいのですね」
戦い方の話を聞いた時もそうだが、ナタカはこちらがいかがなものかと思うくらいに物事に頓着しないようだ。
「すごい、出来ましたよ」
思わず上がったナタカの声に視線が集まる。その掌でミスリルの棒がゆっくりとだが回っていた。
「おお、俺もだ」
続いて横に居た冒険者らしい男からも声が上がる。サザキの説明を隣で聞いていた者だ。
「あんたすごいな。なんかよく分からないが、出来るようになったぜ」
顔をしかめるほどの強さで機嫌よくサザキの肩を叩いてくる。その言葉にナタカ、冒険者と集まっていた視線がサザキへと集まる。
その中には部屋の前で他の人に教えていたルーネイも含まれていて、睨みつける様な視線を向けてきていた。
晩餐はイグリス皇子に呼ばれ、本日の成果報告を兼ねてのものとなった。
「初日で3人か」
その呟きには困惑があった。予定では初日に半数の人は何かしら感覚がつかめるだろうと予想していたからだ。
「形にできたのがウトカ師と後二人か」
「二人に関しては私ではなくサザキが教えて使えるようになりました」
ルーネイがうつむきながら言う。
「サザキがか?」
「成り行きで近くの人にですね」
イグリス皇子はしばらく考えた後、
「明日の様子を見て考えるのがいいだろう。一晩のうちになにかつかむ人も居るかもしれない」
サザキを部屋に呼んだ、いや、呼び出したルーネイは文句こそ言ってこないが苛立っているのが分かった。
ただ、ずっと黙り込んでいて話が始まらないので仕方なくサザキの方から切り出した。
「今日はすまなかった」
ベッドの上で胡坐をかいているルーネイに頭を下げる。
「もともとサザキが我儘を言って、私が教えることになったのに」
「申し訳ない。でしゃばった」
サザキの謝罪でルーネイの口から堰を切ったように文句があふれ出す。
もともとはサザキが人前に出たくないと断った教師役なのだ。
それをしぶしぶルーネイが引き受けてくれたというのに、それをサザキ自身が教えることでルーネイの面子をつぶすことになってしまった。怒らないわけが無い。
「明日はどうする?」
ルーネイからの文句が一通り出尽くしたところでサザキが切り出す。が、意見は出ない。今日の授業はサザキとルーネイが互いに意見を交わして作り上げたものだ。これでダメなら手は無いのだろう。
科学という見地を持たないルーネイにとっては…。
初日のみで教師役が変わるのは教えられる側は戸惑うだろうし、ルーネイが降ろされたようでよろしくない。かといって初日でサザキが教えたほうが良さそうだという事は知られてしまっている。
波風立てずに収める方法などあるのだろうかと思いながらも、必死に教材を見直しているルーネイを放っておくことなどサザキには出来そうに無い。
「提案なんだが…」
これはサザキの起こした不手際だ。
ならば自分の尻拭いは自分でするか。そう考えながらサザキはルーネイに提案をするのであった。
翌日の午前中、改めて理論からの説明が行われている。
今回はルーネイの体感に重点を置いて、実演を交えながら進めていく。
けれど、はやり結果は芳しくなく午前中いっぱいで新たに1人ミスリル棒を回せるようになっただけであった。
説明のさなかチラチラとルーネイが視線をサザキに向けてくるためサザキは余計に注目をされる事となり、辺りではサザキとルーネイの関係を憶測するささやきが行き交っていた。
そして午後になり、皆の前にサザキが立ったことでざわめきは一層大きなものとなった。
「あー俺がお前らに教えてやるから黙れ」
その言葉使いにルーネイも含めその場に居た者が顔をしかめる。
「サザキ!」
「お前も黙ってろ」
諌めようとしたルーネイを強引に隅へと押しやる。
昨日の夜言っただろ、とその際に小声でつぶやく。
昨日の夜、ルーネイに言った事は明日の午前中に事態の改善が見られなかった場合にはサザキ自身が責任を持って魔法を教えるので任せてほしいというものだった。
その時に、サザキがどんな物言いをしても邪魔をしないようにと約束させた。
その場では神の冒涜にあたるかも知れないなどとそれっぽい言葉で誤魔化した。
ルーネイもそこは思い至るところがあったため素直に受けいれたのだが、今のサザキの態度は全く予想していない事態であった。
「君、なんだその態度は」
前に腰かけていた身なりのいい男が声を荒げて立ち上がる。
「なんだあんた?」
サザキは男へと胡乱げに視線を向ける。
「なんだとはなんだ!目上の者に対してその物言いは」
「目上の者~?」
「私は貴族の列席に名を連ねる…」
サザキは大声で男の言葉を遮る。
「俺は教える側、お前らは教わる側だ。どちらが上か、分からねぇのか」
「それでも、」
なおも男は食い下がろうとする。
「そもそもこの集りの目的はなんだ?そこのお前」
指さされた騎士風の若い男はサザキを睨みつけながらも律儀に答えた。
「ポーションの新しい作り方を確立することだ」
「それは何のためだ?何のためにここまで急いでいる?」
「ノーノムリン王女をお救いするためだ」
「そう、そうだよな。それでだ」
サザキは視線を食って掛かってきた男へと戻す。
「お前の言う礼儀は、王女様の命より大切な事なのか?俺が教えた方が効率がいい事は昨日の時点で証明されたよな」
その言葉に男は黙り込む。
「他の奴もだ。俺よりうまくやる才能のある奴は勝手にやってろ。そうでないなら俺に頭を垂れろ」
部屋を一瞥すると、憎々しげに睨みつけてくる視線は多くあったが出て行こうとする者は一人もいなかった。
それを確認した後、サザキは説明へと入っていった。
「俺に加護を与えなかった神なんて糞くらえだ。あんなものは利用して何ぼだ」
それが講義に入ってのサザキの第一声であった。
二日後の夜、再びサザキとルーネイはイグリス皇子と夕食の席を共にしていた。
「さて、サザキ。君は今日でこの計画から外れてもらう」
告げたイグリス皇子の表情は穏やかなものであった。
「分かりました」
言われたサザキの方も素直に受け入れた。反応したのはむしろ突然言われたルーネイと、サザキの悪評を聞いて警戒していたのか警護の兵の方であった。
「どういう事ですか」
お互いに納得しているように話をする二人にルーネイが疑問を投げる。
「参加者からサザキと共にはやっていけないという話が多くきてな。俺としてもこれ以上は無視できない」
「そんな、でも半数以上が魔法を使えるようになりましたよ」
この二日間でサザキは参加者の半数以上を魔法が使えるまでにしていた。
確かに、なぜか教えるときのサザキは極端に態度を悪くしていたがそれでもその実績を無視してというのはルーネイとしては納得できなかった。
「俺が納得している。それに魔法を教えたら後出来る事なんて無いだろ」
もともとこの件はルーネイ主導の話だから元に戻るだけだろうとサザキ本人に言われてしまうとルーネイもそれ以上言葉を見つけられなかった。
翌日、イグリス皇子がわざわざサザキを計画から外したこと、ルーネイが改めて先導を取ることを説明に訪れた。
一度感覚さえ掴んでしまえば魔法の制御などはもともと魔法を使えるルーネイなど魔法使いの方が優れている。
再び教鞭を取ることになったルーネイは、本人の予想に反して歓迎された。
実績を残せておらず無能と判断される。見下される。失望される。
サザキが実績を上げる様を見てそんなことばかりを考えてしまっていたルーネイはその反応に戸惑った。
正直に言えば責められることを恐れて教鞭を取りたくなかったのだ。だからこそ、サザキが抜けることを一番恐れたのはルーネイであった。
けれど現実は全く逆であった。
横暴で通したサザキは、その能力を覆すだけの悪評を受けたために能力は劣ってもルーネイのほうが教鞭を取るにふさわしいと皆から判断されたのだ。
「報酬がほしいと言うことだが?」
執務室の席に座ったイグリスの正面では姿勢を正したサザキが居た。
「今回の講師の件でです。時間が出来たので蔵書を調べたいのですが」
イグニスは時間が出来たという表現に笑う。
「人をつけよう。何か調べたいものでも?」
「自分の魔法の可能性について探りたいのです」
サザキはごく当たり前のように言ったが、嘘である。日々の糧を稼ぐ必要がなく余裕のある今だからこそこの世界の事を調べようと思ったのだ。都合の良いことにここは王城である。期待はしないようにと勤めているが、それでもあるのではないかという思いを無くすことはできない。
元の世界に戻るための手段があるという、その可能性を。




