第二章 王城での日常 その1
王都、20万人が住まうこの国、いやこの世界最大規模の都市では人々が日々の営みを日夜せわしなくも賑やかに営んでいる、と思う。
窓から見える城壁の先に思いを馳せつつ、サザキはため息をついていた。王城に連れてこられて丸二日、今後の予定が詰まっていると軟禁されるように押し込まれた一室で行われているのは礼儀作法や教養についての勉強である。
「ご気分が優れませんか?」
傍らで書物を読み上げていたタバチナがこちらの様子を気に掛け言葉を止める。
エプロンドレスに結わった髪という典型的な彼女を専属メイドとして紹介された時にはおおぅ、と声が漏れるほど感慨深くなってしまったが、いざ生活を始めてみると常に人が控えているというのは何かと気を使う。サザキは2日目にしてすでにげんなりとしていた。
唯一の救いは年齢がサザキに近いという事だろう。例えば10代の女子が私生活の一端で常に控えているなどストレス以外の何物でもない事だと今なら分かる。
「大丈夫です」
返事をするとタバチナは気にした様子も無く、手にした書物の続きを読み上げていく。
内容はというと基本的な国の成り立ちと、それに合わせた歴代の有名どころの王族とその功績になる。明日の晩餐会には第4皇子のイグリス皇子以外の王族も出席する可能性があるからと気を効かせて追加されたものになる。けれどただでさえ馴染のない名前であり、しかも王族らしく長ったらしいとくればとても覚えようと思えるものでは無かった。
国の歴史だけはなんとか頭に入れつつサザキは明日の晩餐会をなんとかして欠席できないか、そんな事ばかりを考えるのであった。
扉の奥からイグリス皇子にエスコートされてルーネイが現れると、雑談をしていた人たちも拍手で二人を出迎えた。
二人に男が近づき何かを述べている。その様子をサザキは出された料理を頬張りながら部屋の隅で眺めていた。
薄く化粧をされ恥ずかしそうにしているルーネイはエルフ譲りの整った顔立ちと人らしい豊かな表情で、見慣れていると思っていたサザキですら視線で追ってしまう魅力があった。また、髪の色に合わせて用意されたであろう赤いドレスは男の目を意識して作られており、普段はローブや薬品などで汚れた服を乱雑に着て意識することのない体のラインをしっかりと見せつけていた。
そんなルーネイの周りではあっという間に参加者が輪を作る。集まった連中のほとんどが若い男性であることに苛立ちつつ、不逞な輩が居ないかと自然視線が厳しくなる。
「そんな険しい顔をしてどうなされた」
声を掛けてきたのはローブを羽織った老人であった。そのローブがかなり立派なことから地位のある人物だと考えてすぐに姿勢を正した。
「失礼。彼女があまりに綺麗だったので凝視してしまいまして」
「はっはっはっ。さっきの視線は彼女より周りの男共に向けられていたようだがね」
「ばれていましたか。お恥ずかしい」
「君は行かんのかね。軽はずみな男は信用を無くすが、女性の手を取れない男は信頼を得られんぞ」
くっくっと含み笑いをしながら老人は言う。
「いえ、そういうのではなく…。どちらかというと父の気持ちですかね。うちの娘に近づくなという」
老人はその言葉にサザキの顔を不思議そうに覗き込む。
「君がサザキ君かね」
合点がいったと発せられたその言葉に今度はサザキが不思議そうな顔をする。
「そうですが、どうしてそれを」
「いやいや、ルーネイ君から話は聞いておったからな」
「あなたは?」
「わしはウトカ。王国研究員で今回のポーション作成の総責任者になる」
さらりと発せられたその言葉にしばらく固まった後、サザキがなんとかひねり出した言葉は、
「ルーネイ共々お世話になります」
固まってしまったサザキを見てウトカは軽快に笑うのであった。
「ほうほう、その理屈を君は自分で思いついたのかね」
「ええ、私には属性がなかったもので何とか魔法が使えないかと思って考えました」
ウトカに求められるままにサザキは自身の魔法について語っていた。
それをウトカは質問を交えつつ興味深く聞いていた。
「皇子から話を聞いていたが、ルーネイ君より君の方が才能があるのかもしれないな」
「才能…ですか」
ただ習った事を実践しているだけのサザキにとってはそれを才能と評されることは滑稽でしかない。
そんな感情が言葉に現れたのだろう。目ざとき気が付いたウトカが注意を促す。
「君自身は属性が無い事で自分に魔法の才能が無いと思っているから魔法の才能と言われても冗談に聞こえるかもしれないが、君の成し得た事を鑑みれば、貴族はこぞって君を召し抱えたがるぞ」
「けれど、その知識も今回の事で世間に広がります。そうなれば私はただの魔力の低い無属性の出来そこないですよ」
自分の編み出した魔法を広めたうえで、自分がこの魔法を一番上手く使えるなど自惚れる気はサザキにはない。魔法の知識が少なく、魔力も低いサザキよりうまく扱える人などいくらでも出てくるだろう。だからこそ注目されることも無いと思い公表することにしたのだ。
「いや、君は突破者だ」
「突破者?」
「既存の事柄を打ち崩して新しい事を成せる者の事だよ。そういう者は二つ、三つと新しいものを創るのだよ」
「買い被りでしょう」
「いいや、事実今までそういった者が大多数だ。神槍の使い手にも多くの貴族が名乗りをあげ、結局事態を収めるために国王が仲裁をすることとなったほどだ」
国王まで出てきたという言葉にサザキは事態が自分の思っていたより大事になっているのではと思った。
今回のポーションの件については、王女が病気というタイミングだからこそここまでの待遇を得られたと思っていたのだが、実際にはそんなことは関係なく、新たなポーションの精製方法というのはそもそも国が出張ってくるような事態だったのではないか。そのことにサザキは胆が冷える思いであった。
ウトカとの話に食欲を失せてしまい、壁際の椅子に座っていたサザキの元へルーネイが寄ってきた。
「あいさつ回りは終わったのか」
ルーネイは最初に取り囲んだ人たちと話した後は各所に固まっている人たちの間をまるでミツバチのように回っていた。
どうやら最初にルーネイに集まったのは大して地位のある人ではなく、派閥を形成するような人たちにはルーネイの方から挨拶に行っていたようだ。そんな状況にサラリーマン時代の記憶からひたすらめんどくさいという感想をサザキは抱いてしまう。
「挨拶だけだからね。この後は声を掛けて貰った人たちのところでまた話よ」
「それにも話に行く順番とかあるんだろうな」
ルーネイが頷く。予想通りに面倒な事この上ない。
「サザキも一緒ならそれだけで負担が減るのに」
「無作法な俺に余計にストレスを溜めるだけだ」
ルーネイはそうかもねと笑って答えた。
「何か食べるか?ずっと話しっぱなしだっただろう」
傍らに除けていた食べ物をルーネイに差し出す。
「いいわ。空腹を感じる状態じゃないの。それより喉が渇いたからそれ頂戴」
言うが早いがサザキの持っていたグラスを奪うと中身を一気に煽った。
「もうちょっと飲み方とかあるだろう」
「いいのよ。それよりウトカ様と話していたでしょう」
「見ていたのか」
「ちらっとよ。何を話していたの」
ずずいと顔を寄せて詰問するかのようにルーネイが言ってくる。
「何がという事も無い雑談だよ。今回の薬の事とかのな。それよりお前はもう知り合っていたんだな」
「ここ二日ばかりずっと打ち合わせだったからね」
サザキが部屋で勉強漬けの間にルーネイはまた別の事に追われていたようだ。
「いい人そうで良かったな」
短い間だったが、話してみたウトカのイメージは好々爺といったものだった。裏が無いとは思わないが、少なくとも今回の事で過剰に成果を上げようとがっつくような人柄には見えなかった。
「それはそうよ。今は若手の育成と補佐に回られているけれど、昔は主席研究員になられていたお方よ」
「そんなにすごい人だったのか」
「そうよ、有名な話だと…」
とうとうと語り出したルーネイは、しばらく話していたが、時間は無いと思いだして慌てて会場の人混みへと戻っていった。
ルーネイが去ってしまうと手持無沙汰に戻ってしまう。
いい加減退場してもいいのではと思うのだが、ルーネイにすべてを任せている以上、彼女より先にこの場を去るのはさすがに良心が咎めた。
仕方が無しに自分でも話が出来そうな相手は居ないものかと視線を会場内に漂わせる。幸い一通りの挨拶などは終わったようで各所で穏やかに談笑が交わされている。
そんな中サザキが声を掛けたのは若い、というより幼さの残る少年であった。自分より年下で声を掛けやすそうだというのもあったが、壁際でがちがちになって突っ立っており、自分以上にこの場から浮いているその姿に親近感を抱いてサザキは声を掛けた。
「どうも」
「あ、はい。どうもこんばんは」
サザキはなるべく気さくに声を掛けたつもりであったが、声を掛けられた少年はこちらの顔を見ることもせず深々と頭を下げてきた。
「そうかしこまらないでくれ。俺もこういう場の勝手がわからなくてね」
苦笑しながら言うと、おずおずとこちらを覗いながら少年は顔を上げた。ちらちらとこちらの服装を見るその意図に気が付き、言葉を続ける。
「これは借り物でね。こんな場所に着る衣装なんて無かったから用意してもらったんだ。俺はごく普通の冒険者だよ」
「そう、なんですか」
すべてを納得したわけでは無いだろうが、これ以上追及するのも失礼と思ったかようやく少年がサザキを見る。
「サザキだ。冒険者をやっている」
タイミングを逃さないように名乗りを上げて強引に少年の手を取り握手をする。
「ナタカといいます。第二騎士団所属です」
流されるように少年、ナタカも名乗り返してくる。
「騎士団って、実は貴族様?」
会場に居る人間は3タイプに分かれていた。スポンサーであろう立派な衣装で着飾った貴族、ポーション作成にあたるであろうローブをまとった研究者、そして新魔法の習得を目的に集められたであろう雑多感のある者たちだ。
ナタカの着飾っていない服装から同じ冒険者だと思って声を掛けたサザキであったが、予想は外れた。
「まさか。第二騎士団は市井が作る騎士団です」
「となると、ここの警備にあたっているのが第一騎士団か」
会場の警備には少なくない数の警備が見て取れる。彼らはこういった場向けの装備になるのだろう。武骨にはならないように衣装の凝られた装備を身にしている。
「はい。第二騎士団に儀礼用装備はありませんから」
サザキの思った事が分かったのだろう。ナタカが答える。
「サザキさんも魔法の才があって呼ばれたのですか?」
「いや、俺に魔法の才は無いよ。も、ってことはナタカは魔法が得意なのか?」
「いえいえ、とんでもないです。騎士団の中にはボクよりすごい魔法を使える人が大勢います」
慌ててすぐに否定するその様は、目上の人に対しての態度では無く性格から来るようであった。
「それなら何でこんなところに?」
「それはボクが2属性の魔法に適性があったから。あと先輩を回している余裕なんて無いって団長が…」
あぁ、とサザキは頷いた。どこの世界でもお上と現場との間には溝があるらしい。
「騎士団って普段は魔物の退治を?」
「もっぱら街の治安維持ですよ。魔物に関しては冒険者のサザキさんの方が詳しいと思いますよ。ボクはまだ一度も戦った事が無くて、先輩から話を聞いたぐらいですから」
「そうなのか。なら訓練は人相手の戦い方を学べるか」
通常業務が街の警備なら人を相手、ひいては国家同士の戦争に重きを置いての訓練だろう。機会があれば自分も教わりたいと思っての言葉に、しかしナタカはよく分からないといった面持ちで返してきた。
「人相手の訓練ですか?」
「違うのか?」
「よく分かりません」
そう言って首を振る。
「魔物相手と人相手だと戦い方が違ってくるだろ。二足と四足で動きは全く違うし」
「はぁ、確かにそうかもしれませんね。言われるまで今まで気にしていませんでした。さすがは冒険者ですね」
純粋な尊敬のまなざしを向けてくるナタカに、サザキはこの国の軍隊はこんな事で大丈夫なのだろうかと思ってしまった。
結局、サザキは最後までナタカと取り留めのない話をして過ごした。
ルーネイはというと、途中で解放されることも無くぎりぎりまで各所で話をしていた。しかも後で聞く話だが、後日お茶や食事に呼ばれもしたらしい。
一日で精根尽きたようなルーネイを見ながら、ここでやっていけるのかなと他人事のようにサザキは今後のポーション作成について思うのであった。
間が空いて申し訳ありません。
書けるペースで書いていくので、気長に待っていただければ幸いです。




