第二章 ポーション騒動 その7
サザキは体を横たえているだけでも振動が酷いので仕方なく荷物の上に腰を掛ける。
一段高くなった視界には後続の馬車が一望できた。一括りに馬車といっても中身は多様で幌の付いた比較的しっかりしたものから板切れに車輪を付けただけの物まである。
馬車の列を眺めていたサザキが後ろについていた馬車の業者と目が合うと笑みを浮かべて手招きをしてくれた。
「冒険者だよね」
「そうです。サザキって言います」
「私はズキスだ。見ての通り仕入れの帰りでね」
サザキが御者台の隣へと座るとお茶の注がれたカップが手渡された。
「いい香りだろう。これでもこだわりがあるんだ」
似合わないだろとニッと笑いながらズキスはカップを傾ける。
本人が言うように年を取ってはいるが引き締まった体躯の御者はお茶というよりはエールの満たされたジョッキを掲げているイメージである。
「これは売り物で?」
口をつけたお茶はいつか飲んだ中国茶に近い味であった。質が分かるような舌を持つわけでは無いサザキは自分が飲んでいたお茶より香りが広がる程度の事しか分からなかったが、ほっとさせてくれる味は好みではあった。
ズキスの操る馬車は幌こそないがしっかりした造りで、積まれた荷にもぴっちりと革が張られている。中は見えないが、大切に扱われているので高価なものが、歴史の知識などから茶葉を運んでいるのかと尋ねたがすぐに否定された。
「いいやこれは単なる趣味だ」
ズキスは荷物の中に手を突っ込みまさぐると中から何かを引っ張り出した。
「毛皮?」
革張りの下から引っ張り出されたそれは茶色の毛皮であった。
「これはオークの毛皮さ。サザキも冒険者なら仕留めたことはあるだろ」
「いや、俺はまだダンジョンの奥に行ったことはない」
「そうなのかい。皇子と一緒にいるからてっきり凄腕の冒険者かと思ったよ」
ズキスが嫌味なくからからと笑った。
「オークの毛皮なんて王都で売れるのか?」
毛皮から衣服を連想したサザキは、オークから取れる物がそれほど高級品になるとも思えなかった。
「毛が厚くて水を弾くから水避けや荷を包むのに使われるのさ。それに鎧の裏地に使われもするぞ」
「そうなのか。他にも鎧の素材があるのか?」
「やっぱり冒険者だな。そっちが気になるかい」
答えたズキスはどこか期待していた様子でいそいそと荷台から一つの包みを取り出した。
「実は最近国がいろいろと買い集めているって話があってね」
ズキスは取り出した包みを、しかし膝の上に乗せてサザキに見せずに話し出した。
「きっと王家で何かしらあると睨んだんだ」
「何かしら?」
「分からねぇか?」
ズキスは得意げに鼻を鳴らしたあと、貯めを作ってから話を続けた。
「王族の誰かがお役目に就くとか、婚姻を結ぶとかさ。そうなると衣装やら贈り物やらで物入りになるだろう」
なるほどなとサザキがうなずくと、それに気をよくした業者が更に興が乗って話を続ける。
「問題は何が行われるかだ」
「それによって必要なものが変わるか」
ズキスが「分かっているじゃないか」と笑みを深くしてサザキの肩を叩く。
「今回行われる事をずばり予想して用意したのがこの一品だ」
そういうと膝の上に乗せた包みを叩いて見せる。
「それは?」
「そんなにすぐに飛びついちゃ商売はできないぜ」
覗き込もうとするサザキを押し止めてまだ焦らしてくる。
「サザキは何が行われると思う」
「あー、王女の婚姻とか?第二王女は最近表に出てないようだし」
突然の質問にサザキは戸惑うも、なんとか知っている知識からそれっぽく聞こえる予想を口にする。
「まだまだだな。第二王女のノーノムリン様もそろそろお年頃になるが、他国に嫁ぐ年齢の相手が居ない。国内でならもう少し後だろう」
迷いなくそう語る様子は確かな知識に裏打ちされたものであり、サザキは単に運搬役かと思っていたズキスの認識を改めた。
「今回は第二皇子のウサエイト様が軍務関係につくと睨んでいる」
言いながら包みを開くとそこにはキラキラと光を反射するものがあった。
「ウロコ?」
目が慣れるとそれは手のひらサイズの鱗がいくつも収められていた。
「すげぇだろ」
ズキスが何をすごいと言ったのかは分からなかったが、そのサイズに、そして鱗だけになった今も水から引き上げたばかりのように輝くその美しさに自然と頷いた。
「空を泳ぐと言われる飛魚の鱗だ」
「トビウオ?」
伝えられた名前が聞き覚えのある音であったため聞き返してしまう。
「お前は見たこと無いだろうけど、本当に変わった魔獣でよ。魚みたいな成りをしているがヒレが、こうぱっと広がって空を飛んでいるんだ」
ズキスが身振り手振りを交えて話してくれるが、聞けば聞くほどサザキにはそれが元の世界で知っているトビウオを大きくしたものとしか思えなくなっていた。
「それでそのウロコは防具になるのか?」
「これだけでって訳にはいかないがな。熱さを防ぐ効果と、なにより見栄えを良くする装飾に使える。大将ともなれば実用一点ってわけにもいかないからな」
その後もサザキはズキスに王都の流行やお勧めの場所を聞きながら結局ルーネイが昼食に呼びに来るまで話し込んでいた。
昼食といっても少し長めの小休止といった程度でわざわざ火を起こしたりはしない。馬を休めるのがメインで人の食事はタイミングを合わせる程度の物になる。
ナンのように広げて焼いた、しかしナンのような柔らかさは無くゴムのような食感の生地に干し肉とドライフルーツを包んだものをサザキとルーネイは食べていた。
場所はサザキが寝ようとした荷物を積んだ馬車の脇。
「皇子のところでならもっといいものが食えただろ」
今サザキたちが食べているのは手軽さを重視しており味を楽しめるものでは無い。
ルーネイはそんなサザキには答えずグデッと馬車にもたれながら口だけもぐもぐと動かしていく。
「みっともないぞ」
あまり褒められた格好では無いので注意するとルーネイは改めることはせずに睨みつける様にサザキを見てきた。
「ずいぶん楽しそうに話していたわね」
ルーネイは御者と話していたことを言ってきた。
「いろいろと聞けたぞ。王都では近く花祭りがあるってさ。町中に花が飾られて見ごたえがあるらしい」
そんなサザキの話にルーネイはつんとそっぽを向いてしまう。
昨日からルーネイは今まで見せていなかったこういう幼い仕草をサザキといるときはよく見せている。別にサザキとの仲が深まったわけでは無く、それ以上に気を使わないといけない皇子が現れたためバランスを取るかのようにサザキにこういった態度を取ってしまっているのだろう。
「午後からは俺も皇子の方に行くよ」
サザキが居なかったことで魔法に関してなどの質問もルーネイが答えたのかもしれない。必要以上に負担を掛けてしまったかと思いそう言うもルーネイは相変わらずそっぽを向いたまま答えない。
「王都でお勧めの店も聞いてきたぞ。海の魚を出してくれる珍しい所があるらしくて…」
これ以上皇子との話をしても機嫌は治らないだろうと思い、黙っているルーネイはそのままにサザキはさっき聞いた話をしていく。
ルーネイが聞いているかは分からないがその場を去るようなことはしないのでサザキは話を続けていった。
しばらくしてもたれ掛られたので見てみるとルーネイが寝息を立てていた。動いて起こしてしまうのもかわいそうな気がしたためサザキは馬車が動き出すまでのしばらくをそのまま過ごすことにした。




