第二章 幕間 サザキの冒険?
本筋には関係のないおちゃらけた話になります。
内容が苦手であれば読み飛ばしてもらって問題はありません。
視界に入った楕円の物体を何となく視線で追っていく。距離は近づいているはずなのに、よほど突き入れた角度がうまいのか見えている楕円部分はまるで止まっているかのようだ。
ガコンッと頭を圧迫するように音が反響したと思ったら空を見上げていた。
「たるんどるぞ」
外れて飛んでいった兜を手にした木刀で器用に拾い上げてトーダが近づいてくる。
「ちょっと寝不足で」
昨晩、ルーネイが帰った後、夜半に目を覚ましたサザキはそれからいろいろとあって眠ることが出来なかったのだ。
「なんだ?夜にハッスルしちまったのか」
騎士団と言っても市井の出、話を振るトーダは酒を煽っているときの冒険者と同じ顔をしていた。
とはいえ、ただの下世話なネタとして振られたこれは正にサザキが今直面している問題なのであった。昨日ルーネイに抱き着かれて、泣かれている間はそれどころでは無かったのだが、終わってしまえば事あるごとに彼女の体温や感触、匂いを思い出してしまうのだ。
そのため、ルーネイが居たベッドに入ることも出来ずにもんもんとしていたら夜が明けてしまったわけだ。サザキにとってルーネイはパーティを組む仲間であり、守るべき少女、娘とまでいかなくても親戚の子供の様に接していたので、その相手を女として見てしまう事に抵抗を感じていることも悩みが悪化している要因であった。
「客として招かれているのにそんなこと出来るわけがないだろ」
メイドにお手付けをなんてやってしまえるのは責任という言葉を知らない馬鹿貴族くらいだろう。呆れながら返すサザキをトーダはポカンと見返す。サザキは何かおかしなことを言ったのかと戸惑うが、その様子こそ呆れたものだとトーダはサザキに告げた。
「客をもてなすんだ。そういったサービスがあるに決まってるだろ」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ」
話を聞けば、娼婦を連れ込める専用の建物もあれば、王城御用達の高級娼館もあるということだ。
その話にいったんは浮かれるサザキであったが、どうしたら利用できるのかという問いに「そりゃメイドにでも言えばいいんじゃないか」と返されて絶望することになる。
ずっとサザキに付いているメイドに頼むという事は、今後ずっとそういう人という目で見られ続けるという事だ。ノーマルな性癖のサザキにとってそんな状況は耐えられる訳がない。
「無理だ」
しかしルーネイの件だけであれば抑える方向に気持ちが働いていたが、発散できるかもと期待してしまった煩悩はもう思考の修正は不可能であった。
「なんか他に手は無いのか」
すがりつくように懇願してくるサザキにトーダはどうしたものかとため息を付いた。
「それじゃあ戻りは遅くなる。もしかしたら向こうで酔いつぶれているかもしれないから」
ことさら酒を飲むという事を強調して扉の前に控えていたタバチナに伝える。
「行ってらっしゃいませ」
タバチナは特に何も言うことなく頭を下げてサザキを見送った。
表向きはトーダと今晩は飲み明かすという事にした。当然実際は違う。
静まり返った城内を足早に移動していくと、石造りから木造りに代わる場所、騎士団駐屯所の入口に二つの影があった。
「ナタカ?」
一人は当然トーダだ。むしろ居てもらわなくては困る。そしてもう一人がなぜここに居るか分からなかった。
「あ、サザキさん」
ナタカもサザキに気が付き近くに来る。
「何でナタカが?」
純朴そうなナタカは、これからの事を考えるとあまりに場違いな存在であった。
「団長が一人前になるための儀式があるって」
おどおどしながら話すその様子はこの後の事を何も知らされていない様子であった。
「おぅ、こいつも一人前にするにはいい機会だと思ってな」
トーダがにやりとサザキに向かって笑いかける。サザキも合点がいって笑みを浮かべる。
「よし、兄弟。それじゃあ行くか」
強引にナタカの肩を組みサザキは歩きだした。普段とは違う様子にナタカは目を白黒させるが、テンションの上がったサザキはそんな事お構いなしに突き進んでいく。
裏門に付けられた馬車に乗って着いた建物は想像よりかなり立派なものであった。建物というか立派な庭まで付いた屋敷だ。
「なぁ、これお金足りるのか」
その佇まいに懐具合を心配せずにはいられないのであった。酒代くらいは出してやると会計を引き受けたトーダにサザキは数枚の銀銭を渡しはしたが、とてもそれで足りるクラスの店とは思えない。
「大丈夫だ。いざとなれば付けも利く」
躊躇するサザキに心配するなと背を押してトーダは屋敷の中へと踏み込んだ。ちなみにナタカは訳も分からない様子でただトーダの後ろに付いて来ている。
通されたのは豪華な一室であった。テーブルには彩りを重視した軽食が添えられ、代わる代わる艶やかな衣装を纏った女性たちが酌を、会話をしてくれる。
トーダは鼻の下を伸ばしっぱなしで、ナタカはさっきから下を向いて固まったまま「はい」としか答えていない。サザキはというとなんとか最低限の威厳は保てた、と自分では信じている。
良い感じにアルコールが回ったところで3人は別々の部屋へと案内されて別れることとなった。トーダはちゃっかり案内の女性の腰に手を這わしており、対照的にナタカはさらわれる様に連れて行かれた。
サザキが連れてこられた部屋には、先ほどより小さな部屋でそこには4人の女性が待っていた。3人は先ほどの部屋でサザキがチラチラと気になった女性であり、後の一人は他の女性と比べて年齢も接客技術も幼くて記憶に残っていた。
「お掛け下さい」
女性の一人、一番色気のある人族の女性で確かミイヤ、が慣れた様子でサザキをエスコートすると流れるように説明をしてくれる。
「私どもをお好きに選んでいただければお相手いたします。また、先ほど居ました娘で希望する者が居たら申し付けください」
その言葉に悪戯心が芽生えたサザキはそれを尋ねてみることにした。
「4人を希望すれば4人で相手をしてくれる?」
まぁと目を丸くしたミイヤは次にクスクスと笑う。
「獣人二人を相手に豪気ですね」
「そうなのか?」
「ええ、獣人の性欲は人族のそれより強いのです。店としては4人でお相手することも可能になります」
搾り取られますよ、と笑って付け加えられた。
言われてサザキは4人の女性を見る。色気がすごい人族のミイヤ、垂れた犬耳のせいかほんわかしたお嬢様っぽい犬系獣人のルルー、ゆらゆらとリズムを取るようになびくしっぽが目につくスレンダーな猫系獣人のハイチ、そして幼く紫がかった黒髪と意志の強そうな目が印象的なマイサ。
複数人相手にというロマンもあるにはあったが、忠告されたとおりに搾り取られそうなので無難に1人に絞り込んだ。
「ルルーさん、お願いできますか」
話しているときも思ったが、笑顔がぱっと咲くようで包み込んでくれる母性に魅力を感じたのだ。
「よろしければこの子も如何でしょうか」
ミイヤがそう言って一番幼い少女、マイサを一歩前に出させる。
「えっと」
ミイヤが自分を売り込むのなら分かるのだが、マイサを売り込む理由が分からなかった。更に言うなら、マイサはミイヤ達に比べるとつたない所が目立ち、何か特別な理由でここに居るのかと勘ぐってしまう。
サザキの戸惑いを知ってかミイヤが訳を話してくれた。
「マイサは今回初めてお店に出ました。当店では初物の娼婦には特別なルールがありまして」
ご存じないですよねと尋ねるミイヤにサザキは頷く。
「最初の相手のみ自分で選ぶことが出来るのです」
その言葉にサザキがマイサを見ると、こくりと頷かれてしまう。
「えっと、どうして」
かっこいい訳でも、また玉の輿でもないサザキを指名する理由が分からない。そんなサザキにミイヤが答える。
「そこは女の勘ですよ。初めてを奪うというのは男性にとって独占欲を刺激しますから、上客になったり、場合には身請けしてもらえることもありますから」
「そんなこと言われても、俺はただの冒険者だぞ。たぶん通う金にすら困る」
マイサが考えを変えないかと思って言った言葉はミイヤにバッサリと切り捨てられる。
「その時は見る目が無かっただけの事ですよ」
結局、サザキは断れなかった。無言でじっと見つめてくるその瞳からの圧力とアルコールによって気が大きくなっていたこと、何より据え膳でお預け状態だったため折れるのにそう時間はかからなかった。
マイサを抱いたのは一度だけで後はルルーさんが相手をしてくれた。そして搾り取られた。穏やかに見えたルルーさんはその雰囲気のままサザキがばてるまで事は続いた。獣人の性欲恐ろしきかな。
マイサは後二ヶ月は下働きでお客を取りませんから、帰り際にはそんなことを言われてしまったために、帰り道の馬車ではサザキの脳裏でマイサがずっとちらついて仕方が無かった。もう相手の掌の上で踊らされている気分であった。
夜明けの冷たさの中、サザキは足早に自室へ戻っていた。そして部屋の前にいる人影を見てその足が止まる。
「お帰りなさいませ」
タバチナの慇懃無礼に頭を下げて挨拶をする姿は見慣れたものだ。こんな時間でさえ無ければ、だが。
「この後お休みになられますか。それとも朝食になさいますか」
「えっと、ちょっと休みたいかな」
「承知いたしました。ではごゆっくりとお休みください」
すすっと横にずれて道を開けてくれたのでサザキは何か聞かれる前にと部屋に転がり込もうとした。
「サザキ様」
扉を閉めようとしたところで呼ばれて、思わず固まってしまう。
「直前に申されましてもこちらにも準備がございます。次からは早い目に伝えていただくようにお願いします」
それだけ言うとサザキの言葉を待つでもなくスタスタと廊下を行ってしまった。




