第二章 ポーション騒動 その5
決めたが早速、サザキたちは皇子の元を訪れていた。周りにキャンプを張る者たちに尋ねて回ると目立つ一団のようですぐに情報は集まった。
サザキたちが尋ねたのは、皇子たち一団が自前の馬車に荷物を詰め込み撤収の準備をしているところであった。
「お前らは……どうかしたのか」
作業をしていた一人がサザキたちに気づき作業の手を止める。
「皇子に話があり伺いました」
取り合ったのはルーネイ。こちらの作法に疎く、王族との接し方など分からないサザキはこの件に関してはルーネイに丸投げしていた。
「なんだ、奴隷の件なら少年らはもう街へ送ったぞ。あいつらは歩きになるからな」
別の男がルーネイに答え、最初の男の肩をたたき作業へと戻らせる。
「いいえ、そちらでは無くポーションの事で伺いました」
「どういう事だ?」
「ポーションを用意できるかもしれません」
先ほどとは違う事を言うルーネイに男は訝しんでいた。
「入手先にでも思い至ったのか」
「いいえ、違います。私どもの製法を用いれば上級ポーションを作れるかもしれないのです」
金に釣られて適当な情報で褒賞でも期待しているのだろう、男はそう考えて対応をしていた。そしてルーネイの言った「作れるかもしれない」それは無理だというのに可能性があるかのように語り失敗すれば運が無かったと言い放つ詐欺の常套句だ。
「そうか、ならば製法と必要なものを記してくれ。こちらで試して成功したなら謝礼を払おう」
「すいません。方法が特殊なので製法の記述は難しいです」
ルーネイの言葉にやはりなと男は落胆した。製法など出鱈目なので記述できるわけがないのだ。秘術だから教えられない、自分がきちんと作るというのは定番の言い逃れであった。けれどルーネイの言葉は続いた。
「ですから実際に教える薬師と、それに魔法を使えるものを集めてほしいのです。また霊草は中級を可能な限り、実験を行える場所もお願いします」
詐欺と断じた相手の、あまりにも大掛かりな要求に男は呆気にとられた。
「人数はどれくらいなのだ」
男がなんとか絞り出した言葉は実際に訊ねたかったというよりも何か言わなければと思っての一言であった。しかしそれに対してのルーネイの言葉が余計に混乱させることになる。
「多ければ多いほど作業は捗ります」
ルーネイの表情は少なくとも男が知る限りは詐欺師などという卑小なものでは無く、まるでこれから戦に臨む偉丈夫のような勇ましさと熱が籠っていた。
「伺いを立ててみるから付いてこい」
自分には判断出来かねると男は皇子に判断をゆだねるのであった。
案内されたのは箱馬車であった。
二頭立てのそれは装飾こそついていないものの造りのしっかりとした一目で手がかかっていると分かる。
「皇子、先ほどの薬師が尋ねてきております」
扉をノックするとかなりの間があってからようやく聞こえるほどのかすかな声で返事が返ってくる。
馬車から身を乗り出した皇子は先ほどより明らかに憔悴していた。
「お前たちか。奴隷の件ならカノブに聞いてくれ」
サザキたちを案内した男を指してそのまま戻ろうとするのを、指されたカノブが押し止める。
「皇子、彼らはポーションを用意できるかもしれないとのことです」
「ほんとうか!!」
皇子が無気力だった目をぎらつかせる。視線を向けられたサザキはとっさにルーネイの顔を見る。つられるように視線を移した皇子に見つめられてルーネイがおずおずとうなずくと皇子は馬車から転がり落ちるように飛び出し、体を密着させるほど近くでルーネイの手をひしとつかんだ。
「その話は本当なのだな」
「はい。あくまで可能性ですが本当のことです」
しどろもどろに答えながらもルーネイは対応を押し付けたサザキを睨みつけていた。他人事のように見ていたサザキはルーネイに睨まれて身をすくめるだけで助けようとはしなかった。サザキとしては可能な限り関わりたくないのだ。
「どうやって手に入れるのだ。俺にできることならすぐに言え。早馬ならすぐにこの馬車をひかせている馬を出すことも出来るぞ」
「落ち着いてください皇子」
皇子を押しのける訳にもいかず、手で押さえながら自分から離れることでようやくルーネイは距離を取ることが出来た。
「ああ、すまない」
その様子を見て幾分皇子も冷静さを取り戻す。
「詳しく話を聞かせてくれないだろうか」
「分かりました。他人には伏せておきたい内容なのですが」
「分かった。そういう事なら馬車の中で話そう」
案内された馬車の中はサザキとルーネイ、皇子とカノブがそれぞれ隣り合い向かい合ってもまだ余裕があるほど広かった。
「理屈は分かったが信じられんな」
一通り遠心力を用いた分離方法をルーネイが説明したところで皇子が発した言葉だ。
「それに作られたポーションは本当に効くのか」
「一般的な検査ではポーションと判定されました。効果に関しても実際に使って確かめてはいます。ただ…」
効果に関しては主にサザキが実験台となり確認されていた。試した限りではサザキが市販品と新製法のポーションの違いを感じることは無かった。
「長期的な摂取での問題や確認できていない副作用がある可能性は当然あります」
ルーネイ一人では出来ることは限られる。長期間の経過観察や副作用の確認は実際一人で出来る様なものではなく、ルーネイが皇子の支援で一番期待している部分にもなる。
「そのための人と場所だな」
「はい。後は上級ポーションを作るための比率などの研究です」
それを聞いた皇子は難しい顔をして黙り込み馬車の中には沈黙が流れた。
カノブは警備に徹するようで話をする様子は無いがそれでも話の推移に注目しているのが分かる。
ルーネイは真剣な表情で皇子を見つめている。膝の上に置かれた手は緊張してか強く握ってはそれに気が付いては解き、また知らずのうちに握るということを繰り返していた。
サザキだけは今回の件をルーネイに任せることにしたので、どこか他人事としてこの状況を眺めていた。
ルーネイが手を5回握りしめたところでようやく皇子が口を開いた。
「報酬は何を求める」
皇子はルーネイの話に希望を見出していた。また、ポーションを手に入れるという目的以外に新しい技術という点にも魅かれていた。ここ50年で急激に増えた新技術はどれも皇子の興味を惹きつけて止まないものであった。
しかし、国として研究をするとなると皇子の権限を越えるものである。いくら王女のためとはいえ第二王女であり、まだ幼く嫁ぎ先も決まっていない。言い方は悪いが例え今回の件で身罷ったとしても国政への影響は薄いのだ。
一方、今回の対価として爵位や領土を求められればそれは国政に大きな影響を及ぼすことになる。そんな葛藤を秘めての言葉であった。
「報酬…ですか」
突然振られた話題にルーネイは返事に窮した。
ルーネイはどうすれば皇子を説得できるかのみを考えていたためにそちらの事は考えていなかったのだ。
「金貨20枚ではないのでしょうか」
人や施設を使わせてくれと言っている手前、報酬から引かれる事も覚悟しながら発した言葉は皇子にとって意外な言葉だった。
「ポーションが出来たなら当然金貨20枚で買い取らせてもらう。今言ったのは秘術に対しての対価だ」
「秘術の対価……。すいません。考えていませんでした」
ついこの間、しかもほぼサザキのアイデアで成し得たこの技術をルーネイは金貨20枚と同等に対価を要求するものだとは思っていなかったのだ。
「そもそも技術としてはサザキの担う部分がほとんどになります」
困惑するルーネイと警戒する皇子に見られたサザキはやれやれと言った様子で対応をした。
話から外れて様子を見ていたサザキには両者の考えが大体読めていたからだ。
「ルーネイ、国の下で研究員になれるとして、それでも冒険者として自分の足で薬草を集めたいか?」
「当然よ」
ルーネイは迷うことなく言い切った。
それを聞いて満足げにうなずくとサザキは皇子へと向き直った。
「報酬、対価としまして、まず研究結果の共有とこの技術の主権がルーネイにあること。特に知識の普及に関してルーネイの判断で行える事を認めていただきたい」
「それは我々が使用する際に都度許可が必要という事か?」
苦々しい顔をしながら言ってくる皇子の懸念をサザキは否定した。
「いいえ。ルーネイの目的は技術の普及とそれによる向上になります。つまり国家による独占を防ぐための措置です。ですから一定の利益が出たところで技術は無償公開を考えています」
サザキの傍らでルーネイも頷く。
「分かった。それならば詳細を詰める必要はあるが認められるだろう」
「続いて拠点です。冒険者としての活動拠点を我々はまだ持っていないので用意していただければと思います。そして最後に後ろ盾となっていただければと思います」
「それは三ツ星冒険者の称号がほしいという事か」
「三ツ星は我々にはまだ早すぎますので二ツ星が頂きたく思います」
実力も無く目立つことは望ましくは無いのだが、星が増える事による恩恵は大きく、妥協点としてサザキが選んだのが二ツ星だ。戦場で偶然大金星を挙げてなる人も居るなど二ツ星なら運の要素で取れることがあるのも大きい。
「またルーネイには王国の名誉研究員の称号など実務に縛られず協力を得られればと思います」
「それは可能であろうが、お前はいいのか?」
「はい。あえてあるなら何かの際に便宜を図っていただければそれで十分になります」
「分かった。それで後はなんになる」
「以上です」
「以上?それだけなのか?」
「はい」
それでいいよなとサザキが尋ねるとルーネイも肯定した。
あまりに吹っかけすぎると話がとん挫しかねない。また投資額が大きくなるほど回収に時間がかかるため、当然普及も遅くなる。それを踏まえての最低限の要求であった。
「その程度でいいのなら用意は出来るだろう」
あまりにあっけない要求に皇子は肩の力を抜いて息を吐き出した。
「あまりに欲が無いな。冒険者らしくないぞお前ら」
表情を柔らかくした皇子の言葉は、王族では無く先輩冒険者としてのアドバイスのようであった。




