第二章 ポーション騒動 その4
「皇子様?」
そう言われてサザキがイグリスを改めて見ると、確かに顔の線が細くこんな森の中よりは舞踏会に居そうな品があった。
「そうだ。冒険者には双牙のイグリエイスのと言った方が通りがいいだろう」
サザキはそこら辺の知識が無いためルーネイを振り返って確認すると頷いてきた。どうやら本当の事らしい。
「それは失礼を致しました」
サザキはその場にかしずく。初めて会う皇族への対応が分からず、とっさに思い浮かんだのが漫画での謁見のシーンだったからだ。
「立ち上がれ。真摯な態度には感心するが、時と場合を弁えることも必要だ。この場で膝をつくという事は俺がお前を守らなければならないだろう」
良くあることなのかサザキの行動に皇子のみでなく他の者たちも苦笑いを浮かべている。
サザキは気恥ずかしさを覚えながらそそくさと立ち上がると、恥ずかしさをごまかすために皇子に訊ねた。
「ありがとうございます。それで先ほどの責任を持つという話なのですが」
「ああ、その件だがあいつらは軍で面倒を見よう」
「軍ですか?」
「そうだ。彼女は彼らを犯罪者に落とすのに反対なのだろう」
話を振られたルーネイはうなずいて肯定する。
「襲い掛かった少年は無罪という訳にはいかないので戦闘奴隷になってもらうが、他のものは一兵卒として扱うことになる」
「皇子、わたしの我儘を聞き届けていただきありがとうございます。けれど軍になど、本当によろしいのでしょうか」
皇子の説明にルーネイが不安げに訊ねる。軍ということは国に負担を強いるという事になり、それを自分のためと言われて後ろめたさを感じたのだ。
「ああ、ちょうど人も増やす予定だったしな」
そんなルーネイに皇子は嘘か本当かあっさりと気にするなと言った。
「お前もそれで構わないか?」
「はい、かまいません」
サザキとしてはきちんと管理されるのであればそれで良かったのだ。むしろ扱い兼ねていたところがあり、国が対応してくれるというので逆に安心したくらいだ。
「ではそれで手を回そう」
お前らもそれでいいなと皇子が少年たちに聞くと逆らうなどとんでもないといった様子で頷き返していた。
「さて、ところでそちらに居るのは薬師とのことだが」
皇子がサザキの後ろに控えていたルーネイへと向き直る。忘れていたが、もともと皇子はルーネイに何か言おうとしていたのだ。
「はい。アーガルが弟子、ルーネイ・ドワルと申します」
ローブの端をつかんでルーネイは優雅にお辞儀をする。部屋でのだらしない様子や野山での見た目に頓着しない生活しか見ていないサザキにはかなり珍しい光景であった。
「おお、放浪の賢人アーガルか。ポーション、上級ポーションを持っていないか?霊草でも構わないぞ」
ルーネイの師の名が有名だったようで皇子は興奮した様子でまくしたてるようにルーネイに詰め寄っていく。
その勢いに気圧されて、頼まれてもいないのにルーネイは慌ててカバンの中まで見せる。
「すいません。今持っているのは中級までになります」
「今は!?宿にならあるか?」
「いえ、宿にもありません」
「手に入る伝手などは無いのか?褒賞はいくらでも出すぞ」
「すいません。わたしには…」
捲し立てていた皇子は返事を聞いて憑き物が落ちたかのように力を失い項垂れた。
「あの、何があったんですか?」
そのあまりの落ち込みようにルーネイが声を掛ける。
それにはゼアスが割り込むように答えた。
「ああ、ちょっと入用でな」
余計な事は聞くなというゼアスにルーネイは素直に引き下がる。
「ギルドに持ち込んでもらえればポーションは金貨20枚で買い取るから、手に入ることがあればよろしく頼む」
「金貨20枚ですか!?」
ゼアスの言葉にルーネイが驚きの声を上げる。あまりにルーネイが驚くのでそれほどの事かとサザキが聞くと、
「金貨5枚が相場です」
との答えが返ってきた。
「まぁそういう事だからよろしくな」
こちらにあまり詮索されたくないようで、落ち込んでいる皇子と、少年たちを連れてそそくさと去って行った。
「どう思う?」
あまりにいろいろなことがあったためにダンジョンから引き返してきたサザキたちはダンジョン外のキャンプ地に居た。
尋ねたのは当然皇子の事だ。
「多分身内の誰かが病気なんだと思うわ」
「まぁそうだろうな」
大金を出してまで急ぎで薬を買いたがるなんてそんな理由くらいだろう。
「そんなに上級ポーションって貴重なのか?」
相場の金貨5枚でも円で5千万ほどになる。薬だけの値段としては破格だが、それの4倍も出すというのだ。
「素材がダンジョンの下層の奥でないと見つからないのよ。オークションで年に数度出品されるだけ」
「効果はそれに見合うのか?」
「中級と上級は別物に近いわ。中級までは体力の回復薬だけど、上級は別物に近くて万能薬みたいな感じ」
「万能薬?」
「体力だけでなく怪我も病気も治せるのよ」
魔力の含有量が一定値を超えると変質でもするのだろうかなどとサザキは考えていたせいで、そのときルーネイが深刻な顔をしていることに気が付いていなかった。
「話があるの」
ルーネイからそう言われた時にサザキは明日改めてダンジョンに潜るかの相談だと思った。今日は結局ダンジョンを探索せずに戻って来てしまったからだ。
けれど、続いた言葉はサザキの予想とは異なっていた。
「皇子に協力したいと思うの」
「金貨20枚か」
稼げるようになってきたとはいえルーネイの薬の材料というのは安くない。調薬して売るならともかく、実験用となると回収できない分負担は大きいのだ。
「それだけじゃないわ。なんなら褒賞は全部サザキに渡してもいい」
「詳しく話してくれ」
ルーネイにどこか決意を感じてサザキは続きを促す。
「今わたしとサザキでやっているやり方、遠心分離を用いた調合を教えようと思うの。今のままわたしたちでやっても稼ぎにはなるけど調薬方法の普及にはならないわ。わたし達だけだと効果を検証するにも、調合を試そうにも人手が、数が全く足りないの」
知識を広めて精度を上げる、それは異世界にいたサザキだから理解できる事だったが、師から弟子への知識の伝達が行われているこの世界では異端のものであった。
「当然、サザキの魔法も教えることになる。その対価は可能な限り払う。だからお願い、協力して」
そう言ってルーネイは頭を下げてきた。
「なんでそこまでするんだ?今のやり方でも将来の成功は約束されているだろ」
人手が足りずに未完成とはいえ、今の時点で低くない確率で下級の霊草から中級ポーションを作ることには成功しているのだ。時間さえかければルーネイ一人でも完成にたどり着けるだろう。
「わたしはもっと上のポーションが作りたい。伝説に出てくるエリクサーを作ってみたい」
そう言い切る瞳に嘘は無かった。
「それは、助けたい人でもいるのか?」
そこまでの熱意を傾ける理由が知りたくてサザキが尋ねるとルーネイは意外な顔をした。
「えっ、何で?」
「いや、薬を作りたいっていうから。違ったか?」
ここまで熱心に助けたいと思う人が居るのなら自分の持っている医学の知識も惜しみなく使って力を貸そう。そんな思いを持ったサザキはルーネイの態度に肩透かしをくらった。
「薬を作る理由なんてないわよ。そりゃ頼まれて作ることもあるし、人を助けられればうれしいわ」
「じゃあ何で作っているんだ?新しい方法まで探したりして」
「何でって作れるから作るのよ。材料があって、知識があるなら作ってみたくなるものでしょ」
何を聞くんだといった様子のルーネイにサザキは頭を抱えそうになった。そこに山があるから登るくらいなら笑い話だが、薬を、毒薬を作れる薬師が作れるから作ってみたで調薬したがるのはかなり危ない。
「なんでそんな考えになったんだよ」
「だって今まで薬はみんな同じものを同じやり方で作っているのよ。それこそ数百年、もしかしたら数千年もよ。信じられないでしょ」
「それはすごいな」
「けれど師匠は違ったわ。今までに無い調合で薬の効果を増したし、新しい薬も造り出したのよ。わたしも師匠みたいになりたいの」
どうやらルーネイは師匠から受けたものを創るというインパクトが強すぎて、それのみが目的になっているようだ。
そこまで聞いたうえでサザキは結論を出す。
「いいだろ。協力しよう」
「ほんとう!ありがとう」
「ただしだ…」
喜びのあまり抱き着いてきそうなルーネイをせっかくだが押し止めてくぎを刺す。
「この恩は高くつくぞ。そして皇子には金貨20枚といわず吊り上げられるだけ吊り上げて売りつけよう」
口では仕方なくと言ってはいるが、サザキも技術を広めることに関しては反対では無かった。自分の魔法を見て感じたことだがこの世界は魔法にしろ薬にしろまだまだ変化の余地が多分にある。それによる世界の変化を見れたなら面白いと思ったのだ。




