後夜祭
「モネちゃん」
モネが顔を上げるとセイヴンが立っていた。しかしそこにいたのは彼だけではなかった。クラスメイトたちがセイヴンと一緒にモネのもとへ押し寄せてきていたのだ。
「ルオントさん、すっごいわね優勝なんて!」
「準決勝の戦略ってさ、どうやって思いついたんだ? 裏話聞かせてくれよ」
「てかメガネないとけっこう雰囲気変わるんだね」
「ドレス綺麗〜。化粧は誰かにやってもらったの?」
怒涛の質問攻めに、モネは口を開く暇もない。
「そうだ、ルオントさんも向こうで一緒にご飯食べましょうよ」
色々話を聞かせて、と目を輝かせ迫りくるクラスメイトたちに、モネはただただ困惑していた。
「お誘いはありがたいですが……」
正直なところ、ここまで校内戦を戦い抜いてきて、今日はラウルたちと一緒にいたい気分だった。
ただやはりモネにとって断るというのは、する同意より百倍難しいことである。しかもこんな大勢相手に断りをいれるとなるとなおさらだ。もたもたしている間にもクラスメイトたちに連れて行かれそうになる。
と、それまで黙っていたセイヴンが声を上げた。
「ほらほらみんな。モネちゃんはこれから討伐後の打ち上げなんだから、今夜は邪魔しちゃダメだよ。話を聞くのはまた明日にしよう」
さあ行くよ、とセイヴンはクラスメイトたちを追い立ててくれる。
渋々帰っていくクラスメイトたちの背中を見つめながらモネがほっと息をついたとき、セイヴンがクルっと振り返った。モネが驚いているのにも構わずセイヴンはグッと顔を寄せてくる。
「また二人でゆっくり話聞かせてね」
彼は耳元でそう囁くと、モネの顔も見ずクラスメイトたちのあとを追いかけていった。
モネはしばらく彼の背中を見つめていたが、給仕が新しいデザートを運んできたのが目に入ったのをきっかけに再びデザート運びへと戻った。
「ラウルさんおそいっすね」
モネたちがすっかり料理を運び終えても、ラウルはまだ学生や先生たちに囲まれていた。
「ありゃ、まだまだかかるな。先に食べはじめようぜ」
モネはラウルの分をとりわけ皿にとっておいてから、自分も宮廷料理を堪能した。
おいしい料理に顔をホクホクさせていると、急に声が降ってきた。
「モネ君!!! こんなところにいたのか!!!」
見上げると赤ら顔のコティ教授と、レティーシャが立っていた。
「あ、こんばん――」
「わしは感動したよモネ君。以前は単独狩りをしていたという君が、仲間の力を信じその力をあますところなく戦術に活かそうとしたのがわしにはよーく分かった。いや謙遜しなくてよい。分かっておる。見る者が見れば言わずとも伝わってしまうものだ。あの戦術には仲間への厚い信頼が滲んでいた。以前は単独狩りをしていたという君が、仲間の力を信じ――」
「先生、同じこと何度も言ってますわ。飲みすぎです」
「馬鹿を言うな、わしは酒を飲んでも飲まれるは、ないと……%#&」
「ごめんなさいね。教授ったらお酒弱いのにシャンパンをジョッキで飲んだみたいなの。なのにモネさんを探すって言ってきかなくて。でも私もあなたたちには会いたいと思っていたから、一緒に来ちゃった。どうかお祝いの言葉を言わせて。優勝おめでとう。キメラまで倒されてしまってはわたくしたちの完敗だわ」
さあ教授あちらの椅子で少し休みましょう、とレティーシャに誘導されコティ教授は千鳥足で別の席の方へ歩いて行った。
「何だったんだあのおっさん」
「あの方は、ラウルさんの研究室の教授です」
「てか隣にいた女の人、決勝戦の相手だったすよね。お祝いって言ってましたけど、あの人が昨日モネさんを襲わせたんじゃないんすか?」
「それはまだ分かりません。他に私たちを恨んでる人がいるのかもしれませんし。ただ私を襲わせた犯人と、トロールのこん棒に魔石を入れた犯人は同じだと思います」
「何で同じって分かるんだ?」
「どちらも、ラウルさんの防壁を中和する魔石を使っていました。そんなものが二日続けて出てくるのは偶然ではないと思います。もしかするとキメラの首輪が外れるように仕組んだのも同じ犯人かもしれません」
ラウルの防御術は一部実用化されているというから、キメラの首輪にもその術式が使われていたとしたらあり得る話だ。
「オレたちが優勝するのそんなに嫌だったのかよ。その犯人」
「何にしても早く犯人捕まって欲しいっすね」
エルドリアスがチキンの香草焼きを頬張りながら言ったとき、ようやくラウルが席へやってきた。
「はあ、やっと抜け出せたよ」
やれやれとラウルが席に座ると、ソルムスがフォークをラウルに向ける。
「そんなに疲れるなら、さっさと逃げてくりゃよかったじゃねーか」
「そういうわけにもいかないだろう。俺の美貌がみんなを狂わせてしまったのだと思うと、知らん顔をするわけには――んむっ!」
ラウルの口に、ソルムスが丸パンを突っ込んだ。
「まにふぶんだ」
「おまえがまたアホなこと言いだすからだ」
「アホなことじゃない。純然たる事実だ」
「なーにが、じゅんぜーー」
「ダメっすよソルムスさん。いくらラウルさんがうらやましいからって、そんな意地悪しちゃ」
「ばっか、ちげーよ! 誰もこいつのことなんか羨ましくねーわっ」
「いいんだエルドリアス。俺が美しく生まれてきてしまったのがいけないんだ。ああ、美しき生の、なんと罪深いことか!」
大げさな身振りで言うラウルを、モネはうす目で見つめる。
「どうするんですか。ソルムスさんのせいで余計に悪化してますよ」
「これはオレのせいなのか!?」
「いや俺の美貌が全ての元凶なん――」
「ラウルさん早く料理食べてください。こんなおいしい料理、冷めたらもったいないですよ」
モネはラウルにフォークとナイフを握らせる。ラウルがおとなしく料理を食べ始めたころ、音楽隊が出てきた。彼らの陽気な音楽に合わせて、学生たちがかがり火の周りに集まってきた。みんな思い思いにダンスを踊りはじめる。中庭はいっそう賑やかになり、さらには大道芸をする人まで現れた。
「お、あれは東の芸人だな」
ソルムスは大道芸人を見るや否や立ち上がった。
「オレ様の華麗な技も披露してやろう」
「おお、いいっすね! おれも手伝うっすよ」
ソルムスとエルドリアスは嬉々として立ち上がると、連れ立って行ってしまった。
「せっかくだから俺たちもいくか」
「え? ラウルさん大道芸するんですか?」
「違う。ダンスを踊りに行くんだよ。おまえとね」
「い、いやいや。むりですよ私は。ダンスなんて田舎踊りくらいしかできません」
「十分じゃないか」
「ラウルさん田舎の踊りなんて知ってるんですか」
「知らなくてもおまえに合わせる。この一年おまえの動きはずっと見てたんだからな」
「う、うぅん」
妙に説得力のある言葉だった。
「さあ、お嬢さん。俺と一緒に踊ってくれませんか?」
そう言ってラウルは手を差し伸べてくる。その手を、さすがに無視はできなかった。
モネはラウルに手を引かれて中央の広場に移動する。
踊っていた人たちがモネとラウルに気づいて、ちらちら二人を見ていた。
こんな大勢の前で踊るなんて恥ずかしい。けれどラウルは自分が踊りだすまでいつまででも待っているだろう。
(こうなったらどうにでもなれだ)
モネは知っている音楽がはじまったと同時に、一歩踏み出した。故郷の村で収穫祭のときに踊る踊りだ。街の洗練された踊りとはちがうが、モネはけっこう好きで部屋で密かに踊っていたりする。だから多少緊張したってステップは間違えない。
ラウルがこの踊りを知っているはずはないのだが、彼はぴたりとこちらの動きについてきてくれていた。
一歩ステップを踏むたびに、マグノリアのような甘く爽やかな香りがする。
(不思議だ)
周りにたくさん人がいるというのに、人の視線がちっとも気にならない。こんなのは初めてだ。
この時間がずっと続いてもいいとさえ思える。
でも曲はもう終盤に近づいていた。モネがひそかに名残惜しんでいると、ラウルが耳元でささやいた。
「来年も一緒に踊れるといいな」
「……来年?」
すっかり忘れていた。
討伐パーティは基本的に一年単位。校内戦が終われば基本的にその年のパーティは解散となる。
「俺は来年もまた、おまえと一緒に狩りにいきたいと思ってる」
「私は……」
「いいよ。まだ時間はあるから、ゆっくり考えて返事をくれ」
「わかりました」
ちゃんと考えて答えよう。だけど。
(答えはもう、決まっているけれど)
モネはラウルへの返事を胸に閉まって、最後のステップを踏んだ。




