期末試験1
期末試験の前日、モネとエルドリアス、ソルムスは図書館で一緒に勉強をしていた。
「ぬあー! おれもう無理っす。絶対無理、絶対落ちる」
「泣き言いうなエル。あきらめなけりゃな、なんとかなるんだよ。なんとかな!」
「試験は気合いでなんともなんないすよ。それにおれもう頭爆発しそうっす」
「だったら試験に出そうなところだけにしぼって勉強しましょう。魔物学はこのあたりさえ最低おさえておけば合格点は取れると思います」
「モネさん、神」
「おいでもそれヤマが外れたら終わりじゃねえか」
「大丈夫っす。モネさんのヤマは当たるんで。前の小テストもモネさんに教えてもらったところ全部出てたし」
「まじか。だったらオレにも教えてくれ」
ソルムスは一年生の途中で留学したので、モネたちと同じく一年の期末試験に合格しないと進級できないらしいのだ。
モネが二人に試験のヤマ予想を伝えていると、クラスメイトが二人、モネのところへやってきた。
「いたいた、ルオントさん」
モネが顔を上げると、はいと紙を渡される。それは手紙だった。
「セイヴンからあなたに渡してって言われたの」
「セイヴン君から……?」
「彼ね、お父様が亡くなられて急遽実家に帰ることになったのよ」
「え?」
「今日荷造りして、明日の朝には発つんだって。あなたを探しても見つからなかったからって、私たちが手紙預かってきたの」
モネは驚いた。今日は一日、自習に当てられていたので、セイヴンには会っていなかった。しかしこんなときに親が亡くなるとは彼もかわいそうだ。
「明日発つってことは、試験はどうするんでしょう」
モネがつぶやくとクラスメイト二人は顔を見合わせた。
「そうねえ。セイヴン、実家はモルタルって言ってたから、試験までに戻ってくるのは無理よね。留年になっちゃうのかしら」
「というかもう学園には戻ってこないんじゃない? お父様が亡くなられたんじゃ、お家を継がないといけないでしょ。セイヴンて確か一人っ子らしいし」
「そっかあ。セイヴンがもう帰ってこないなんて寂しいわ。その手紙も、お別れの手紙なのかもね。セイヴンあなたのことすごく気にかけてたから」
じゃ試験頑張ろうね、と言って二人は行ってしまった。
「セイヴンって、たしか学年成績トップの人っすよね。モネさん仲良かったんすか?」
「仲が良いってわけじゃないけど、最近よく話しかけられるようになって」
「とにかく手紙読んでみろよ」
モネはうながされ手紙を開ける。ソルムスとエルドリアスが遠慮のかけらもなく両側からモネの手元を覗いた。
『急だけど、僕は学園を離れなくてはならなくなりました。だけど学園で僕がやれるだけのことはやったから、もう思い残すことはありません。ただ君に会えなくなることだけが心残りで悲しい。もし最後に一目、君に会えたら……。明日の朝六時に、西門で待ってる』
「おまえ呼び出されてんじゃん」
「おおお! これってもう、こくは……」
バシッとソルムスがエルドリアスの頭をしばいた。
「バッカそういうのは他人が言っちゃいけねーだろ。この手紙の男はな、直接言いてーからわざわざ手紙で呼び出してんだよ。気づけ」
「え、どうしたんすかソルムスさん。そんなロマンチックなこと言って……。なんか似合わないっすよ」
「ああ? おまえこそ何言ってんだ。オレ以上にロマンチックな男、そういねーだろうが」
「ええ~そういうロマンチスト的なのは、ラウルさんの担当っていうか」
「あほう、あいつのはな、ロマンチストなんて言わねえ。ただのナルシストだ」
「誰がただのナルシストだ」
その声にモネを含めた三人全員が顔を上げた。
「あ、ラウルさん」
「仲良く勉強していると思えば、まったく。ソルムスは遊んでる余裕ないだろ。今年受からないと三年も留年することになるぞ」
「いやオレは留年してたんじゃねえ留学してたんだ。てかお前こそ、そんなこと言ってる余裕ないんじゃねーの? ラウル。もたもたしてたらお気に入りが取られちまうかもしんねーぞ」
「何の話だ」
「なあモネ。おまえもこんな男いい加減、飽き飽きしてるだろ。おまえの人生なんだから遠慮するこたねえ。誰を選んだっていいんだぜ?」
「え! そんな! モネさんいなくなったらおれも嫌っすよ。モネさん学園やめたりしないっすよね」
モネはそこで立ち上がった。
「私、ちょっと用を思い出したので先に失礼します」
「具合悪いのか?」
「いえ、そういうんじゃないので大丈夫です」
モネは手早く荷物をまとめると、そそくさと図書館を出た。歩きながら手紙の内容について考える。
「思い残すことはない……」
セイヴンは首席でこの学園を卒業するために頑張っていたはずだ。実際、彼はとても勤勉で試験はいつも学年トップ、おまけに生活態度もすこぶよく先生たちからも気に入られている様子だった。そんな人間が、突然実家に帰ることになってもう学園に戻って来られないとなれば、普通は嘆きたくなるところではないのか。
(ただの強がりで、思い残すことはないなんて書いたのか)
でも首席で卒業するため、自分にラウルのことを尋ねてくるほど必死だったのに、そんな簡単にあきらめられるものなのだろうか。
(それとも)
首席で卒業したいというのがウソだった……とか。
モネは立ち止まった。
「学園でやれるだけのことはやった」
学園でやれることとはなんだ。普通に考えれば学業だろうが、それだと思い残すことはないというのはおかしい。
(ひょっとして)
セイヴンには他にこの学園で果たしたい目的があったのではないか。
モネは男子寮へ向かった。
女子は男子寮へは入れないので、出てきた学生をつかまえて尋ねる。
「あの、セイヴン君て中にいますか?」
「ああ、あいつならさっき先生のところへ行ったよ」
モネはクラス担当の先生のところへ向かった。
「セイヴンなら旅支度に必要な物を買いに行くって言っていたよ」
逃げられているのだろうか。これはもう大人しく明日を待つしかないかもしれない。
モネは宿舎もとい小屋へ帰って、セイヴンのことを考えた。
「どうか予想が外れていますように」
翌朝。モネは身支度を済ませると、急いで西門へ向かった。約束の時間よりずいぶん早かったが、セイヴンはもう西門で待っていた。
「おはよう。モネちゃん」
セイヴンはモネがやってきたのに気づくと、いつもどおりの調子であいさつした。
「なんか疲れてるね。昨日あまり眠れなかったのかな?」
「あなたの方は元気そうですね」
「そう?」
「ええ、お父様が亡くなったと聞いて、てっきり目が腫れているかなと思いましたが」
「ああ、まあ僕の父は、もうずっと前に死んでるからね」
セイヴンの声は天気の話でもするような調子だった。そんなセイヴンを、モネはじっと見つめる。
「あれ、意外と驚かないんだな。やっぱり君にはバレちゃってたか」
「バレるように仕向けたのはあなたでしょう。あんな手紙までよこして。あなたはこの学園を卒業する気なんて最初からなかったんです。あなたがこの学園に入学した目的は、ラウルさんの命を奪うことだったんですね」
「お、どこで気づいたの?」
「最初は、私が狙われているのかと思いました。でもあなたはラウルさんのことを執拗に気にしているようでしたし、それに校内に侵入したゲスタランテラは研究棟を目指している様子だった。魔石だってラウルさんの防壁に対するものばかりでした」
「さすがだねえ、モネちゃん。きっと気づいたのはそれだけじゃないよね」
「人魚たちを脅したのもあなたでしょう。あなたは薔薇貝の入手を困難にするため、人魚たちを学園から遠ざけようとした。薔薇貝は魔石と相性が悪いですから」
「うん正解。薔薇貝のことは、本当はそれほど気にしてはいなかったんだけど、念には念を入れるのが僕の信条でね。でもまさかあんな脅しが本当に効くとは思わなかったよ。人魚っていうのはバカな魔物なんだね」
セイヴンは心底愉快気に笑う。モネは思わず一歩後退った。
「どうしてそんなことまでしてラウルさんの命を狙うんですか」
「あの男が聖女さまの邪魔をするからだよ」
「聖女様?」
「レティーシャ・トゥーリ様だよ。彼女は僕と同郷の生まれでね。僕たちの故郷で、彼女は聖女様になられたんだ。この学園に来たのは中央の大聖女となるため。なのにあの男はそれを邪魔している」
「どういうことですか。ラウルさんはそんなこと――」
「本人にその気がなくても、他人の邪魔をしていることはあるんだよ。聖女様は優秀な女性だ。だけどあの男、ラウル・アルバーンのせいで聖女様は陰に追いやられている。君だって女ならわかるだろう。この社会は男が優遇されるようにできている。本当はあんな男より聖女様のほうがずっと才能があるのに、社会はそれを認めたがらない。だけど彼女は優しいから、あの男のことは絶対に悪く言わないんだ。帰郷した時だって故郷のみんなに、同じ学園にすごい才能を持った人がいるって、目を輝かせて言って……」
セイヴンの美しい顔が恐ろしい魔物のように歪んでいく。
「あの男さえいなければ、聖女様の未来はもっと輝かしいものになるはずなんだ」
「レティーシャさんはラウルさんがいなければいいなんて、思ってないのでは……」
「当たり前だろ! 聖女様がそんなことを考えるわけがない。いいかい彼女は本当に美しい人なんだ。体も心もね」
「だったら……」
「だから僕があの男を消してあげるんだよ。彼女は人を疑うことを知らない。だから僕が悪い奴から守ってあげなくちゃならないんだ。でないと彼女が穢されてしまう」
「あなたがこんなことしてるって、彼女は知ってるんですか?」
「知るわけないよ。彼女がそんなことを知ったら心が穢れるじゃないか。彼女は何も知らなくていいんだ。僕は彼女に褒めて欲しいわけじゃない。認めて欲しいわけじゃない。見返りなんてもとめてない。だって……」
セイヴンは両手を広げる。
「だって、それが愛というものだろう?」
モネはゾッとした。呪いを吐く魔物より、愛を語るこの人間のほうがよほど恐ろしい。
「さて、僕はもう行かなくちゃ。モネちゃん君も一緒に行かないかい?」
「私があなたと一緒に行くと思いますか」
「うん。だって君は僕に似ているから。この学園の学生なんかみんな馬鹿でつまらないやつらだと思ってるだろう? 君はこんなところにいるべき人間じゃない。それに君はここで頑張ったって大聖女様になれるわけでもないんだし、我慢してまで学園にすがる必要はないと思うよ。ね?」
モネは怒りよりむしろあきれてしまった。セイヴンと話すよりまだ魔物と話した方が分かりあえる気がする。
「何を言われても私があなたについていくことはありません」
「君はあの男に穢されてしまったんだね。まったく最低の男だな。こんな純粋な女の子をたぶらかして。まあでもそろそろ彼の運命もつきるころだ」
「どういうことです? あなたの計画はもう終わったのでは」
「僕がいつそんなことを言った? やれることはやったけれど、計画がすべて終わったとは言ってないよ。今頃ラウル・アルバーンは何かに襲われているかもしれないね。今度は今までのとは――」
ボフッ。セイヴンの体はピンクの粉だらけになった。
「なにをする!」
「それはこちらの台詞だ。私はあなたのことを絶対に許さない!」
モネはそう叫ぶとさっと踵を返して走り出した。
「今更行ったってもう遅いよ! 僕の勝ちだ!」
うしろで嘲るような声が聞こえていたが、モネはふり返らない。
「あの人を死なせてたまるか」
モネは息をするのも忘れ、走った。




