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決戦の魔物

 モネは小屋で目を覚ました。いつもと同じ天井が見える。

 むくりと起き上がると、隣に敷き詰められた毛布を眺めた。その毛布の中には、まだ寝息をたてているラウルがいた。さらにその奥にはソルムス、さらにさらにその奥にはエルドリアスも寝ている。


 昨晩襲ってきた男たちは捕まったが、主犯がまだ野放しということで、みんなで食事をしたあと護衛として三人が小屋に泊まってくれたのだ。

 モネは護衛など不要だと説得したのだが、三対一で説得されては勝てるはずもなく、こうして四人で寝ることになってしまったのだった。

 モネは静かに毛布から抜け出すと台所へ向かった。

 彼らが起きてくる前に、朝食でも用意しておくとしよう。



 モネたちは支度を整え、試合会場に入った。

 開会式ではたくさんいたパーティも、今となっては二組だけだ。

 モネたちの近くには、同じく決勝戦を戦うもう一つのパーティがいた。

 レティーシャ・トゥーリ率いる六人のメンバーは、半分が女性だ。ラウルに聞いた話では、レティーシャは故郷のモルタルで聖女に選ばれた才女で、エルドリアスと同じく補助魔法のエキスパートらしい。


(今日は直接戦うわけじゃないから)


 相手パーティの特徴はそれほど重要ではないが、昨日のこともあってレティーシャたちのことはやはり気にかかる。


「ちょっとソルムスさんガン飛ばしすぎっすよ。審判がめっちゃこっち見てるっす」

「いいだろこれくらい。こういうのは最初が肝心なんだ」

「こらこら、減点されるから辞めなさいって」


 ソルムスなどあからさまにレティーシャたちへ喧嘩を売るので辞めさせるのに一苦労だった。

 時刻になると、モネたちの前に総合審判が現れた。


「えー、今日はいよいよ決勝戦となりました。試合を開始する前に、決勝戦のルールをご説明したいと思います」


 審判の声に、ざわついていた会場が静かになる。


「決勝戦では、二組のパーティそれぞれに魔物が用意されます。魔物が討伐された時点で照明弾が打ち上げられ、先に魔物を倒した方が優勝となります」


 審判の話を聞いていたモネに、ラウルがこそっと耳打ちしてきた。


「決着がつくまでの最長記録知ってるか? 一ヶ月らしいよ」

「本当なんですかそれ」


 モネが怪訝な目を向けると、ラウルは悪戯っぽく笑った。


「えー、また魔物には特殊な首輪が取り付けられており、試合会場からは出られないようになっておりますので、観客席のみなさんもどうぞご安心ください」


 総合審判の話が終わると合図があり、両パーティの代表、ラウルとレティーシャが前に出た。


「今日はお互い正々堂々、頑張りましょうね」

「ああ。お互い悔いのないように」


 二人が握手を交わす。

 決勝戦は二つの会場にて行われることになっていた。

 相手パーティがもう一つの会場へ移り、モネたちはこのままこの会場で魔物と対峙する。


 モネはそわそわしていた。


(ああ、どんな魔物が出てくるんだろう)


 さっき首輪をつけているという話があったから、少なくとも首のある魔物なのは間違い無いだろう。たったそれだけの情報でも色々と妄想が膨らむ。

 もちろん昨日の犯人のことも気にはなっているが、やはり魔物が関わるともうそのことしか考えられない。


(早く倒した方が勝ちということは)


 いかにその魔物の攻略法を早く見つけられるか、が勝敗を決するということ。


「さあ、来るぞ」


 会場に大きくて真っ黒な箱が運ばれてきた。

 ピーと合図が鳴る。

 と同時に黒い箱が溶けるように消失した。中から出てきたのは。


「トロール!?」


 トロールというのはゴブリンと並んで数の多い下級魔物である。知能が低く、動きも鈍臭いので討伐初心者向けの魔物だ。


「何だトロールかよ」

「ちょっと拍子抜けっすね」

 

 ソルムスとエルドリアスがボヤく。ラウルも首を傾げていた。同じくモネも不思議に思う。


(決勝戦では上級の魔物が出てくるんじゃなかったのか)


 仮に上級の魔物を用意できなかったとしても、さすがに決勝戦でトロールを出してくるのはお粗末すぎる。そう、あまりにお粗末すぎて違和感がある。


(普通のトロールじゃないってことか)


 モネはみんなに早口で伝える。


「決勝戦で用意されるのは上級魔物というのが通例、と考えるとおそらくあの個体、何か特殊能力を持った変異種か何かだと思います。私にあれを分析する時間をください」


 それを聞いたラウルは満足げに微笑む。


「よーし、モネが奴の正体を暴くまで、俺たちで時間を稼ぐぞ」

「しゃぁねー今回もオレ様が囮になってやるぜ」

「ソルムスさん援護は任せてくださいっす!」


 頼もしい限りである。

 とそのとき、一瞬、トロールがニヤリと笑った気がした。


(まさか……私の見間違いか?)


 トロールは人語を解さない。そこまでの知能はないはずなのだが。

 

「おーし! 行くぜー!」


 ソルムスが先陣を切って駆け出した。その背中にモネが叫ぶ。


「ソルムスさん、奴の右手を攻撃してください!」

「お? おう分かった!」


 ソルムスは得意の体術でうまくトロールの右手に攻撃を当て――。

 トロールはソルムスの攻撃を見事に避けた。


「くっ、すばしっこい奴だな」

「ソルムスさん、次は左足をお願いします!」

「あいよ!」


 しかし次の攻撃も同じく避けられた。

 ソルムスの体術はギリギリまでどこへ攻撃するのか全く分からない。あそこまで完璧に攻撃を避けるためには、事前にどこへ攻撃されるか分かっていなければ不可能だ。

 つまり。


(あのトロールは、私たちの言葉を理解している)


 モネはラウルに作戦の相談をするため近づこうとした。すると急に地面が揺れた。立っているのがやっとなほどの揺れである。


(地震?)


 いや違う。これは。

 トロールに目を向けると、奴は不気味に笑いながら、地に手をつけている。地面に向けて衝撃波を送り揺れを発生させているのだ。


(魔法まで使えるとは)


 しかもこの揺れは、こちらにダメージを与えるためというより、自分たちが仲間同士結託するのを妨げるためのもののように思える。


(私たちの連携を切ろうというのか)


 やはりこのトロールは普通のトロールとは明らかに違う。高い知能を持つ特異個体だ。


「なるほど。また厄介な魔物を用意してくれたな」


 トロールの特異個体なんて探そうと思ってもそうそう見つかるものじゃない。それをこの決勝戦のために用意するとは恐れ入る。

 モネはそんなことを考えながらも、トロールとソルムスが戦っているのを注意深く眺めていた。

 一般的なトロールは皮膚がとても頑丈で、物理攻撃に耐性がある。このトロールもソルムスの物理攻撃はほとんど効いていないようだ。となると弱点は他のトロールと同じく属性攻撃か。


「エル君、何でもいいから属性補助下さい」

「おっけーっす!」


 エルドリアスが詠唱をはじめると、トロールがソルムスを振り切りエルドリアスの方へ突進してきた。振り上げたこん棒はラウルの魔法防壁に跳ね返されるが、それでもトロールは攻撃の手を緩めない。これほど必死にエルドリアスの詠唱を邪魔するということは、やはり弱点は属性攻撃なのだろう。


 ただトロールがどれだけ力いっぱいこん棒を振り回したところで、ラウルの魔法防壁を突破することは不可能だ。エルドリアスもそれを分かっているから詠唱をやめることはない。属性攻撃ができればそうそうにかたがつく。モネがそう思った次の瞬間、モネは自分の目を疑った。


 ラウルの魔法防壁が粉々に砕けたのだ。

 パーティメンバー全員が一瞬動きを止める。

 一方、トロールはその口を歪にゆがめて笑い、大きくこん棒を振りかざす。

 モネはトロールのめがけて矢を放った。わずかにこん棒の軌道がずれて、エルドリアスはすんでのところでトロールの攻撃をよけられた。ソルムスも素早く動いて、トロールとエルドリアスの間に滑り込みトロールをエルドリアスから遠ざけた。


(あり得ない)


 普通のこん棒で魔法防壁を破ること自体ほぼ不可能であるのに、ましてや今のはラウルの防壁だ。ミノタウロスの斧でだって砕けなかったものを、こんな簡単に破れるわけがない。

 ということは考えられるのは一つ。あれは普通のこん棒ではないということ。あのこん棒には。


(魔石が含まれている)


 しかもラウルの魔法防壁を破壊するために調整されたものだ。そしてこれは事前に相手がラウルだということを知っていて、彼の防壁突破のために準備してきたことを示している。だが、そんなこといくらこのトロールの知能が高くてもできるはずがない。

 誰かがラウルの防壁を中和できる魔石を用意し、あのこん棒に仕込んでトロールに持たせたのだ。


(犯人は昨日私を襲わせたのと同じ者か)


 試合の中断を申し出て調査を依頼してもいいが、犯人が誰か分からない以上、もし学園関係者なら揉み消される可能性もある。それならこのトロールを倒して、自分たちの目でこん棒を確認してからの方が確実だ。それに。


(こんな面白そうな獲物を倒さずにリタイアなんて、絶対嫌だ)


 ラウルたちもおそらく魔石の存在には気づいているだろうが、みな試合を途中放棄する気などさらさらない顔だ。


(そうなれば)


 今はこのトロールに勝つことだけを考える。

 そのためにはエルドリアスの詠唱時間を何が何でも稼ぐことが必要。


「ソルムスさん、全力でトロールの動きを抑えてください。私も援護します」

「おう! そろそろ奴の動きにも慣れて来たとこだ! 絶対止めてやるぜ!」


 これでエルドリアスの詠唱時間をかせげたら、あとは属性攻撃を奴にぶちかますだけだが、問題はあの衝撃波だ。あれが来たら正確にトロールを狙えない。


「ラウルさん、あれお願いします」

「ああ、俺も同じこと考えてたよ」

 

 二人の会話を聞いていたらしいトロールは、さっそくラウルに攻撃を仕掛けようとしてきた。こちらの企みを阻止しようというのだろう。しかし、ソルムスがトロールに攻撃モーションを取らせない。トロールの動きを完全に読んで封じている。トロールの方は煩わしそうに暴れるがソルムスのほうが一枚上手だ。奴の動きに慣れてきたというのは誇張でもなんでもない。突撃がソルムスの取り柄のようになっているが、彼は本来体術の専門家。異国にまで留学して手に入れた彼の体術は本物だ。トロールに大きなダメージを与えられずとも、動きを封じる手腕は見事。


 モネは矢でソルムスを援護しながら、ラウルの方を見る。彼と目が合う。彼との間にもう言葉は必要ない。

 モネの目の前に魔法防壁が現れた。ただ、その魔法防壁はいつもと違っていた。宙に浮かんだ防壁を見て、会場にいる全員が首を傾げている。

 それもそのはず、本来地面に対して垂直に浮かぶはずの防壁が水平に浮かんでいたのだ。

 周囲の困惑をよそにモネはその防壁に飛び乗った。すると目の前にもう一つ、斜め上に魔法防壁が現れる。モネは迷いなくその防壁に飛び移る。そうしてまた次の防壁が現れ飛び乗ってと、防壁はまるで天へと続く階段のようにモネを天空へと誘う。 


『おうっ!? なんてこった、魔法防壁を階段に? 未だかつて防壁をこんな風に使った者がいたでしょうか! ラウル・アルバーンのつくる防壁階段をモネ・ルオント、戸惑うことなく駆け上がっていきます! いったい何をするつもりなんだ!?』


 人は空を飛べない。人を魔法で飛ばそうとすると、体の方が強い拒絶反応を示してしまうからだ。だから空を飛ぶためには魔物に乗るのだが、ここで別の魔物を呼ぶことは許されない。


「飛べないなら、飛ぶ方法を工夫するまで」


 モネは上空、トロールのはるか頭上まで駆け上がっていく。


「モネさん!」

 

 地上からエルドリアスの声が聞こえた。と同時にモネの矢がバチバチと帯電しはじめる。それに気がついたらしいトロールがソルムスの攻撃をかいくぐり、こん棒をモネめがけて投げつけてきた。モネは魔法防壁から飛び降りる。こん棒は先ほどまでモネの足下にあった魔法防壁に当たり、防壁を粉々に砕いた。周囲に防壁の欠片が降り注ぐ。


「モネ!」


 ラウルの声を遠くで聞きながら、モネは真下を見つめていた。


「残念。もっと遊びたかったよ」

 

 モネの放った矢は帯電しながらトロールの頭上に吸い寄せられるようにして落ちた。同時に耳をつんざくような雷鳴が轟く。

 トロールの体はズシンと音を立てて倒れた。

 モネの体は走ってきたラウルの腕にすとんとおさまる。


 会場がしんと静まりかえった。

 ピ、ピィイと情けない笛の音が鳴り、照明弾が打ち上げられた。直後、わあっと会場中が歓声に包まれる。


「うおおおおおお!」


 会場の歓声にも負けない声で叫びながら、ソルムスとエルドリアスがモネのもとへ駆け寄ってきた。


「おっしゃあ! でかしたモネ! オレたちが先だぞ。勝った!」

「や、やや、やった優勝っすよ。ほんとに優勝しちゃったっすよぉ」


 モネはラウルの腕から降ろしてもらい、ソルムスとエルドリアスにもみくちゃにされた。ラウルが笑う。


「うまくいったな」

「ええ。会場のみんな、度肝を抜かれた顔してましたね」

「観客の顔を見る余裕があったのか」

「せっかくの眺めですから。会場の隅々まで見ましたよ」

「ははっ。まったくおまえには敵わないな」


 ラウルが愉快げに笑う。


「そういえば、トロールのこん棒に魔石が含まれていたようですね。ラウルさんも気付いてましたか?」

「やっぱりそうか。昨日の男たちが持っていたのと同じということだな」

「ええ、おそらく。なので調査してもら――」


 と、モネがトロールの方を見ると、奴が持っていたと思われるこん棒はまっ黒焦げの木片になっていた。


「やってしまった……」


 ついトロールを倒すことに夢中になって大事な証拠まで木っ端みじんにしてしまった。


「あー、まあ成分分析に回してもらえばなんとかなるだろう」


 ラウルはぽんと肩に手をのせて慰めてくれる。


「そんなことより、せっかく優勝したんだ。今は勝利を味わおうじゃないか。ほら顔を上げてごらん」


 とラウルにうながされモネが顔を上げると、観客席でロスカがモネの名前を書いた扇を振っていた。


「モネちゃーん! みんなー! おめでとー!」


 モネはロスカに向かって深々とお辞儀した。

 とロスカの近くで、なぜかコティ教授がゴリラのように胸を叩いているのが目に入った。


「珍しくコティ教授も喜んでくれてるなあ」


 隣でラウルがのんびりつぶやく。


(あれ喜びの表現なんだ)


 やはり頭の良い人というのは変わった人が多いようだ。


 一向に静まる様子のない会場。その中で、モネの耳は歓喜ではない声をひろった。


(悲鳴?)


 その直後、もう一つの会場から信号弾が打ち上った。しかし試合終了の照明弾ではない。赤い煙幕の信号弾。それが意味するのは不測の事態。

 

「緊急信号だ」

「どこ?」

「ほらあそこ、第二会場の方」

 

 周りの観客たちがその信号弾に気づいた頃、会場のゲートが轟音とともに吹き飛んだ。

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