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狙われたモネ

 モネの腕が光った。いや正しくは、腕につけたブレスレットが眩い光を放っていた。その直後、モネは薄い皮膜のような光に包まれていた。


「ラウルさんの防壁……」


 男が光の幕に攻撃魔法を放つが、光の幕は無傷だ。


「これが言ってた防壁か。ほんとに破れねえ」

「おい、やめろよ。派手にやって人が来たらどうすんだ」

「そうだぞ。見つかったらお前のせいだからな。ったくこれをもらってきた意味ないだろバカが」


 言いながら男の一人が、短剣を取り出した。モネを包む光の膜に、その短剣を突き刺す。しかし剣でラウルの防壁が破れるわけがない。

 はずなのだが。

 剣が防壁に触れた瞬間、防壁が乱れた。


(この剣、ただの剣じゃない!)


 剣が防壁に触れるたび、防壁が明らかに乱れている。こんなことができるのは。


(魔石?)


 しかも、ラウルの防壁を中和するように魔法が仕込んであるようだ。

 

(まずい)


 モネがポケットに手を入れようとした瞬間、光の膜がまるでシャボン玉のように弾けた。


「残念だったな。これでもうあんたを守ってくれるものはないぜ」


 モネは他の男たちが魔法の詠唱をしていることに気づく。しかし走り出そうとしたときには、体を魔法の縄で縛りあげられていた。叫ぼうとしたが口にも猿ぐつわをはめられる。


「あんたが素直に従わないからだ」


 モネは男の肩に担ぎ上げられた。


「んーんー!!」


 もがいてみるが、男の腕はびくともしない。

 男はモネを担いだまま歩き出した。


(なんなんだこいつら)


 試合の妨害と言ったってこれはやりすぎだ。ここまでして自分を試合に出したくないのか。しかもこの匂いからして、あの短剣は相当密度の高い魔石だ。そんなものどこで手に入れたのだろうか。


(いや今はそんなことどうでもいい)


 とにかく何とかして逃げなければ。そう思ってもう一度ポケットを探ろうとしたとき、腕につけているブレスレットがまだ光っているのを目の端にとらえた。


 ――相手が解析してる間に俺が駆けつける。


 まだブレスレットが機能しているなら、魔力を辿って来てくれるかもしれない。

 モネは自分の魔力をわざと乱れさせる。担いで運ばれながら耳を澄ませた。遠くでかすかに声が聞こえた気がした。モネは必死に言葉にならない声を出す。すると、急にふわっと体が浮いた。と思ったらまた魔法防壁に包まれていた。しかしさっきのブレスレットのものとは違う。これは。


「モネ!」


 ラウルの声が聞こえた。その直後、うおおおおおお!という唸り声と何かが猛烈な勢いで迫ってくる音が聞こえてきた。


「おまえらぁ! モネに何してやがるー!!!」


 怒号とともにソルムスが突撃してくる。


「やべえ! 逃げるぞ」


 モネは地面にほっぽり出された。縄で縛られたまま地面に落とされる。そんなモネを置いて逃げていく男たちを、そのままソルムスが追いかけ乱闘の後に捕らえた。


「モネ! 大丈夫か!?」


 ソルムスと一緒にやってきたラウルが縄を解いてくれる。


「何をされた! ケガは!? 痛いところは!?」

「大丈夫です。ちょっと擦りむいたくらいですから」

「そう……か」


 と急にラウルにぎゅうと抱きしめられた。そのあまりの力強さに思わずカエルの潰れたような声が出てしまったモネは、息も絶え絶えにラウルの背中を叩く。


「ああ、ごめん……つい」


 そう言って体を離したラウルの手が、震えていた。


「ラウルさん?」


 ラウルはひどく思い詰めた表情をしていた。こちらの声が聞こえているかも疑わしい。

 こんな様子のラウルは初めてである。いつも飄々としていて、何があっても落ち着いているのがラウルだと思っていた。確かにやや心配性なところはあるが、それでも……。

 

(ああ、そうか)


 心配症、なのだ。ラウルはきっと誰より仲間想いで、だからこそ仲間のことが心配でたまらない。

 モネはいつか聞いたラウルの言葉を思い出す。


『誰かを守れる力があったら……』


 あの言葉が誰に向けられた言葉なのかは分からない。でもこれだけは分かる。ラウルは親しいものが、仲間が傷つくことをひどく恐れている。普段、完璧なまでに"天才"を演じているから誰も気づかないだけで、本当は――。


「ブレスレットありがとうございました。ラウルさんの防壁のおかげで助かりました」

「こんなときまで気を遣わなくたっていい。防壁は突破されたんだろう」

「気を遣ってるわけじゃありません。ブレスレットのおかげでラウルさんたちが来てくれたんだから、これがなければ今頃私はどうなっていたかわかりません。それに防壁のことは、あいつら最初から知っていて準備してきていました」

「知ってた? どういうことだ」

「彼ら、魔石でできた短剣を持っていたんです。その短剣に、ブレスレットの防壁を中和する術式を仕込んでました」

「ブレスレットの防壁構造が、事前に知られていたのか」

「そのようです。ラウルさん、このお守りのこと私以外に知っている人はいますか?」

「いや、いないはずだが」

「なら術式を書いた紙とかメモとかを見た可能性のある人は?」

「……研究室に入れる人間なら、可能性はあるが」


 ラウルは立ち上がるとソルムスが捕まえた男たちに近づく。


「お前たち、誰に頼まれてこんなことをした? お前たちが魔石の短剣を用意したわけじゃないだろう」

「さあ、知らないね。おれたちには関係ない」


 ソルムスが男の髪を引っ張る。


「関係ないってなんだ。おいコラ正直に言わねーとタンコブの上に、もう一つタンコブ作るぞ」 

「痛いな離せよ! 顔隠してたから分かんないんだよ! 声も知らないやつだったし」

「そんな素性も分からない奴に言われて、彼女に手を出したのか」


 ラウルが冷たい声で言うと、男は不貞腐れるように


「別に、何もしてないだろ。校内戦の間だけちょっと学外に出ててもらおうと思っただけだじゃんか」

「なーにが何もしてないだ。拉致は立派な犯罪だろうが!お前らアホなのか?」

「別に殺すわけでもないんだぜ。そんな怒鳴ることかよ。こんな簡単な小遣い稼ぎならあんただってやりたい――」


 と男たちの口が一斉に、一文字に引き結ばれた。


「んんむ!? んんっ!?!?」


 三人は自分の口を手でかきむしるようにして開こうとするが、もがくほどに口がキュッと締まっていくようだ。


「殺さなければ何をしてもいいんだな」


 ラウルが、今まで見たことのない冷たい視線を男たちに向けていた。その瞳を直視していないモネですら戦慄するほどの眼差しに、男たちのズボンがうっすら黄色に染まっていく。

 さすがに止めた方がいいか、とモネが思ったとき、エルドリアスの声が聞こえた。


「ラウルさーん! 先生呼んできたっすー!」


 エルドリアスに連れられ数人の先生がやってきて、モネを襲った男たちは連行されて行った。

 モネたちも教員室へ来るように言われ、先生たちのあとをついて行く。その道すがら、先生には聞こえないようにラウルが言った。


「依頼主が俺の研究室と関係がある者なら……同じ研究生か関わっているということだな。あるいはコティ教授もか」

「まだ分かりません。研究室に部外者が侵入した可能性もありますし」

「だが、可能性は高いだろう。それに明日の決勝戦の相手は、俺と同じコティ教授の研究室の学生がいる」

「そうだったんですか」

「レティーシャ・トゥーリ。同じ研究室の学生で、明日の相手パーティのリーダーだ。まさか彼女がこんな卑怯なことをする人間とは思えないが……。何にしてもここで話すのは得策ではないな。あとで店に行ってから話そう」


 モネたちは先生に事情を聞かれたのち、四人でラウルの行きつけの店へ向かった。


「え、じゃあ、あいつら金欲しさにモネさんを拉致しようとしたんすか」

「どうやらそうらしい」

「そんな怪しい取引信じるなんて、アホすぎだろ。ぜってー騙されてんのにな」

「ああ。ただ問題はそのアホたちにモネの拉致を依頼した者が誰か、ということだ」

「その依頼主って、何でモネさんを拉致したかったんすかね」

「あいつらにはしつこく明日の試合を棄権しろと言われました」

「なんだそれ、じゃあ犯人は明日の対戦相手じゃねーの? 確かレティーシャがいるとこだろ。おまえ研究室一緒ならなんか分かんねーのかよ」


 ラウルは先ほどモネと話した内容をソルムスとエルドリアスに伝えた。


「それもう決まりじゃんか! ぜってーレティーシャがモネを襲わせた犯人だろ」

「そっすよね。おれたちに負けるのが怖かったんすよ」

「それはまだ分からない。証拠がないからな」

「それにラウルさんの研究室の学生がやったのだとしたら、間抜けすぎる気もしてきました。絶対疑われるに決まってますから」


 コティ教授も同様だ。それに彼には動機がない。ラウルのことはとてもお気に入りのようだったし、自分のことも何かと気にかけてくれている。妨害するメリットが彼には見当たらない。


「ってことは誰が犯人かは全然分かんない、ってことっすよね」

「あー! 腹立つぜ! 誰なんだよオレたちを邪魔する奴は」

「怒ってもしかたない。今は犯人のことは先生たちに任せて、俺たちは明日の決勝戦に集中しよう。だが……」


 とラウルがモネの顔を覗き込む。


「モネはそれでいいか? もし怖かったら、俺は棄権するのもありだと思っているが」

「ここまで来たら最後までやらせてください。こんなことされて棄権するなんて嫌です」

「よく言ったモネ! 明日試合でレティーシャのパーティをボコボコにしてやろうぜ」

「そっすね! そうしましょ!」

「いやだから、まだレティーシャが犯人と決まったわけじゃないからな。それに、そもそも明日ボコボコにするのは魔物だ。いくら怪しいからって相手パーティに突撃していくなよ」

「わーったよ。魔物をボコボコにする」

「何にせよ犯人の目的が俺たちの妨害なら、明日の試合でまた何か動きがあるかもしれない。心して臨もう」


 みんながラウルの言葉に頷いたところで、モネは話題を変える。


「ラウルさん。あの魔石、かなり密度の高いものみたいでした。何か思い出しませんか」

「……エルドリアスと出会ったお菓子の家か」

「ええ、ロスカさんやエル君を餌食にしようとした犯人と同じ者かもしれません」

「それまじっすか! ロスカさんをあんな風にした奴が、今度はモネさんを? おれ、まじ許せないっす」

「そうだな。俺も許す気はさらさらないが、怒りは判断を鈍らせる。俺たちが明日負ければそれこそ犯人の思う壺だ。冷静にいこう」


 四人は一旦、今日のことは忘れ、明日に備えて食事をかきこんだ。


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