モネの策略
「整列!」
モネたちの目の前には、準決勝の相手が一列に並んでいた。彼らは研究科三年のシューマン・ベイ率いる、七人構成のパーティだ。聞いた話ではみんな成績上位の優等生だという。彼らの表情からも、全員が自信に満ち溢れている様子がうかがえる。
「君たちの戦いは見せてもらったよ。ここまでは運が良かったようだけれど、付け焼き刃の技は僕らには通用しないからそのつもりで」
「そう、びっくり戦法だけでは、私たちの洗練された魔法技術には敵わなくってよ」
昨日、彼らが戦っているところを見た限りでは、あくまでもセオリー通りな戦い方をするパーティだった。相手の裏をかくことは最初から考えていないのだろう。そんなことより、いかに隙なくミスなく攻守を展開させるかに重きを置いている印象だった。
(けっきょくこういうのが一番手強いよな)
攻守のバランスがよく、連携が崩れることもなく、終始相手に隙を見せることはない。だけど――。
(隙というのは待つものではないよね)
ピーと試合開始の合図が鳴った。
「いきます」
モネは合図と同時に駆け出した。
『おっと試合開始直後にモネ・ルオントが飛び出しました!』
『今回は彼女が前衛になるのかな』
そう、司会の言うとおり今回モネは自分とソルムスの役割を逆にすることにした。
モネは走りながら相手パーティ目がけて矢を放つ。相手パーティは一箇所に固まってモネの攻撃を防いだ。
「小手先の戦術は意味ないと言っただろう! どっちが前衛になろうが一緒だよ!」
相手からの反撃が来る。モネに魔法攻撃が降り注いだ。
(さすがだな)
こちらを無力化するのに過不足ない攻撃だ。魔力の消費をちゃんと考えて打ってきている。
ただ、相手が予測していなかったであろうことが一つあった。
「なんだあの防壁」
ラウルの魔法防壁が、モネがどれほど動こうとピッタリついてきていた。相手パーティが七人固まって魔法防壁に隠れているのに対し、モネはどこへでも自由に動ける。
『機動力のあるモネさんに、ラウル君よく合わせてますねえ。あんな防御見たことないな』
『ええ、さすが天才ラウル・アルバーンといったところでしょうか』
しかし、相手のシューマン・パーティが狼狽えている様子はない。
「ちょこまかと。だったらこれはどうかしら!」
モネへの攻撃も継続したまま、今度はソルムスやエルドリアスの方へ攻撃が飛ぶ。
「舐めてもらっては困るな」
相変わらず美しい魔法防壁が、ソルムスたちを敵の攻撃から守る。もちろん前衛として走りまわるモネにも防壁はしっかりついてきていた。
「化け物かよ」
相手パーティもこの守備には驚いている様子だ。しかしそれでも焦る様子はない。攻守が乱れることもない。淡々とした攻撃が続く。向こうもこちらが隙を見せるのを待っているのだ。
モネの陽動に加えて、ソルムスも拳に乗せて魔法を放ちはじめた。しかし。
「はっはー! どこに向けて打ってるんだい?」
ソルムスの攻撃は全く相手に当たらない。
「前衛と後衛を入れ替えて驚かせるつもりだったのかもしれないけど、失敗したようね!」
「うっせー! オレの攻撃を舐めるなあ! 絶対かあつ!」
「はいはい。その前に子犬ちゃんの体力が切れそうだけど?」
確かにモネの体力が残り少ないのは事実だった。ソルムスが攻撃を当ててくれなければこちらに勝機はない。相手パーティはそのことをよく分かっている。だから焦ることもなく、ジリジリとこちらが自滅するのをせせら笑いながら待っている。
そんななか相変わらずソルムスは的外れな攻撃ばかりをバカのように繰り出していた。
仲間がこんなバカみたいな攻撃しかできないなんて、普通なら心が折れてもおかしくない状況だが。
(順調、順調)
モネは相手を見据えたまま、ニヤリと笑った。ちょうどそのときエルドリアスの詠唱が終わった。
「ソルムスさん! いけるっす!」
「おっしゃ、来いやぁ! エル!」
ソルムスにエルドリアスの補助魔法が降り注ぐ。ソルムスは左の拳に魔力を溜めて、相手パーティ目がけて一気に放出した。
強烈な攻撃が相手パーティを襲う。が、しかし。
この攻撃もまた、相手パーティに当たらない。
「ははっ!!」
相手パーティがソルムスを指差しながら笑う。ただそれは長くは続かなかった。
相手パーティは後ろから強烈な魔法攻撃を浴びる。七人全員の頭上に『脱落』の文字が浮かんだ。
会場がしんと静まりかえる。
『……っい、今のはいったい……!?』
シューマンたちが一斉に後ろを振り返る。すると七人の背後には、ラウルの魔法防壁が浮かんでいた。
『ああぁ、これは……防壁を使ったのかあ』
『どういうことでしょう? カイトさん』
『あのね今のはねえ、後ろに張ったラウル君の防壁にソルムス君の攻撃を当てて跳ね返し、相手パーティを攻撃したんですよ』
『ええっとつまり、わざと攻撃を外して、敵の後ろに張った防壁に当たるようにしたってことですか』
『おそらくずっと攻撃を外していたのも、相手の油断を誘うためだったんじゃないかなぁ。いやあ、これは参ったね。ははは』
そう、ソルムスにはわざと相手パーティを直撃しないよう攻撃を打ってもらったていたのだ。そして七人の背後にラウルの魔法防壁を張り、ソルムスの攻撃を跳ね返して後ろから当たるよう仕掛けたのである。
「やっばい! 相手パーティみんな目が点になってるっすよ!」
「言っていいか。オレ今、鳥肌立ってるぜ。よくこんなの思いついたな、モネ」
「だぁからうちの参謀は優秀だって言ってるだろ」
ラウルがモネの肩にがしっとのしかかった。
「私は何も。みなさんの力です」
「その力を引き出したのが、おまえなんだよ。俺の目に狂いはなかったってことだな」
ラウルがにっこり微笑む。
「それにしてもソルムス。よく突っ走るの我慢できたなぁ」
「ああん? できるに決まってるだろ。お前はオレを待てのできねー犬とでも思ってんのか?」
「……」
「何でそこで黙る!? おいコラなんだその目は」
「まあまあソルムスさん。誰もソルムスさんのこと止まれないイノシシみたいとか思ってないっすから」
「いや、それぜってー思ってやるやつの発言だろうがよ」
モネは耐えきれずにブフッと吹き出した。
準決勝が終わり、明日はいよいよ決勝戦だ。
今夜は四人でラウルの隠れ家へ食べに行くことになった。モネは一旦、宿舎もとい小屋に帰ろうとしたところ、もう少しで着くというところで、何かの気配を感じた。
(誰かに見られてる)
魔物ではない。この雰囲気は人間だ。
全身に緊張が走る。モネが小走りで小屋に戻ろうと駆け出した瞬間。
「止まれ」
男の声がした。と同時に肩を強く掴まれる。その手を払いのけるようにして振り返ると、仮面をした人物が三人、こちらを見下ろしていた。仮面の顔は不気味に笑っているが、明らかに仮装を楽しんでいる雰囲気ではない。
モネは胸を抑える。鼓動がうるさいくらいにはぜていた。
「何の、用でしょうか」
「おまえ明日の試合、棄権しろ」
「はい?」
「明日の試合に出るなって言ってるんだ。今すぐ棄権届けを書け」
何かと思えば、これはまた分かりやすい妨害だ。仮面で顔は分からないが声は聞いたことがある。モネは食堂で働いているので、この学園の学生の顔と声はだいたい覚えていた。一年ではない。高等科の二年生だ。
「私が試合に出るとなにか都合が悪いのですか」
「質問は無しだ。素直に従え。おまえも痛い目にあいたくないだろ?」
「そんなこと言われても。理由も分からず従えません」
「ちっ。意外と強情だな」
「なら従いたくなるようにしてやればいんだよ」
男の一人がモネに触れようとした、そのとき。




