第六章:コーディング
役場に顔を出してから、家に戻る。
扉を開けると、明の姫がこちらに駆け寄ってくる。
「英優、腹が減った。何か食べさせて?」
おちょくっているのか、ウインクしながら首を傾げる。
ぴょこぴょこと揺れる狐の耳を見ながら、ため息を吐く。
「ほら……」
手にした取っ手がついた白い箱を押し付けた。
「なんじゃ、これは?」
「街で買ってきたケーキだ」
明の姫はその箱を不思議そうに見つめながら、ソファに歩いていく。
机に置いた箱から中身を取り出して、目を輝かせた。
「おお、西洋菓子か!! むふふ~」
ご満悦な表情を浮かべる姿は、心晴と同じ年頃の女の子と変わらない。
「お前、ここに住む気か?」
「当たり前じゃ。お主とわしは相棒みたいなもんじゃろ?」
「相棒ね……」
むしろ、契約者と雇い主という方が正確な気がする。
「コーヒーでいいか?」
「キャラメルマキアートが飲みたいのじゃ」
「あるか、うんなもん……」
セットしたフィルターにコーヒー粉を入れ、水をそそぐ。
コーヒーのパッケージは、見たことがないものだった。
心晴も、その両親も存在しているが、住民は見知らぬ顔が多い。
全てが鏡写しの世界というわけではないようだ。
「ほらよ」
「くるしゅうないぞ」
「ありがとうと言え……」
シロップとクリームを入れたコーヒーを机の上に置き、対面に座る。
二つ買ってきたショートケーキだが、自分一人で食うらしい。
「んー、おいしい……」
和服でケーキを食べ、唇の先にクリームをつけている明の姫を、あきれ顔で見やる。
こんな姿なのに、和食より洋食を好むようだ。
昼ごはんも、ハンバーグをねだられた。
「なんじゃ、ジッと見て。わしの柔らかな唇がそんなに気になるのか?」
朱色の唇を右手の人差し指で示して、妖しく微笑む。
夏だというのに、心晴よりも白い肌。切れ長の目は大人っぽく見えるが、顔の輪郭は丸く幼さが残る。
美少女だとは思うが、どこかうさんくさい雰囲気。
こいつのことは気になるが、まずは禍津だ。
「なぁ、昨日の禍津は普段より大きいサイズだったのか?」
過去のレポートは読んだが、一ヶ月分だけ。
確証を得るなら、訳知り顔のこいつに聞いた方が早い。
「ほうじゃな……ふぁらふぇふぇらふへら……」
「飲み込んでから話せ……」
リスのように口いっぱいケーキを頬張る姿に、頭が痛くなる。
性格は大人びているのに、行動は子供っぽいのが、アンバランスで理解に苦しむ。
「うむ。お主の言う通り、あの禍津は特別大きなサイズをしておる」
黒い霧に包まれ、手足が生えた姿。それは獣というより化け物と形容されるものだ。
「ってことは、レポートにあった通り、普段は三メートルくらいの大きさなんだな」
それでも害獣よりは大きい。ヒグマですら体長は二メートルほど。
「なぜ、そんな禍津が突然現れた?」
コーヒーにシロップを足している明の姫が、口を開く。
「陰の気が強くなれば、災害は大きくなる」
「なぜ陰の気が強くなる? 誰かがコントロールしているのか? それとも禍津の意思か?」
「違う。あくまで自然災害と言ったじゃろ。海面温度が上がれば、強力な台風が生まれるのと一緒じゃ」
何かの意図があるわけではなく、禍津にも意思はない。
ますます分からなくなる。
「新月が近づけば陰の気は強くなるし、冬至の時期も同じじゃ。しかし、それは地形や星の動きによっても変わる」
日報の中に天体の配置があったのは、そのためか。
「この地域は、本来なら昨日の禍津の襲撃で滅ぶはずだった」
「は?」
コーヒーを飲みながら、とんでもないことを言われ、驚愕する。
「陰の気が強まっておる。必然的に、禍津は強力になる。しかし、ここに派遣されたのは新人でへっぽこな法師陰陽師じゃ」
カップを傾け、手に持ったフォークでこちらを指される。
あまりいい気はしない……。
「陰の気は人が増えれば強くなる。ど田舎に強力な禍津が生まれるとは思わんかったんじゃろ」
住民の言葉が思い返される。
俺は、おじさんから見ても頼りない仕事をしていたらしい。
「だから、お主を連れてきた」
口の端についたクリームを舌でなめとって、こちらを見据える。
「いやいや、まてまて……。なぜそこで俺になる」
この体はこの世界の俺のものらしいが、別世界の俺が来たところで何も変わらない。
むしろ知識も力もない俺の方が、陰陽師なんて向いてない気がする。
「謙遜する必要はない。お主、昨日すらすらと術を奏上できていたじゃろ」
ソファに背を預け、明の姫は足を組む。
「いや、それはこの体に身に付いた力だろ?」
五行思想というこの世界の理なんて、知りもしない。
陰陽師の知識も、歴史でちょっと触れた程度だ。
「知識自体はへっぽこのものじゃが、術を編む力はお主自身のものじゃ」
「編む力?」
「陰陽師は、魔法使いのように万能な存在ではない。MPを消費して、炎を放つなんてことはできん」
「そうなのか? 昨日、似たようなことをしたと思うが」
手から生まれた炎の熱と、打ち出した時の衝撃は、今も覚えている。
「五行思想に基づく理に沿って、正しく印を結ばなければ、術は使えない」
あの時口にした奏上。
方向や属性、それから木は燃えて火を生じるなどの、言葉が含まれていた。
あと、指の動きも。それを、なんとなく再現する。
「それじゃ。それを一つでも間違えれば、何も起こらない。新人であれば、たどたどしくもなる」
禍津の動きを見ながら、この手順を全て行うのは確かに大変そうだ。
「いやでも、昨日はすんなりとできたぞ?」
示すべき方向も、使うべき属性も、印を結ぶために曲げる指も、順番通りに頭の中にすらすらと浮かんできた。
「お主、特技はなんじゃ?」
そう聞かれ、考える。
勉強は得意というほどでもないし、趣味もこれといってない。
仕事では役立たず扱いされてはいるが、一つだけ思い浮かぶことがあった。
「コーディングだ」
プログラミング言語を用いて、仕様書通りにソースコードを記述すること。
俺はプログラマーになりたくて、今の仕事に就いた。
しかし、やっているのはエンジニアチームに入って文書を作ること。
プログラムとエンジニアでは、求められるスキルも違ってくる。
「それじゃ。術を組み立てる理論は、こーでぃんぐと同じなんじゃ」
右手の人差し指と中指を立て、こちらを示す。
「はぁ? 全然違うだろ。コーディングってのは、決められた言語を使って、コードを作成することで……」
そこまで考えて「あれ?」と思う。
昨日、五行思想を閃いた瞬間、パズルが組み上がっていく感覚があった。
例えばコーディングで使う言語が、五行思想に出てくる方向や属性。
その工程を一つでも間違えれば、発動しないというのを、エラーと考えれば……。
「あながち、間違ってはいない?」
あの時、炎を打ちだす方法はすぐに頭に浮かんだ。
プログラム的に考えるならば……
東という方向と火という属性を指定し、変数として箱に入れる。
それとは別に、印を組むという箱を作って、薬指と中指を入れる。
そして、それを言葉として奏上するのがコンパイル。
「考え方としては、似ているな……」
プログラムと同じで関数部分は固定なので……
雨を降らせたければ、変数に入れる文字列や数値を変更してやればいい。
「適任じゃろ?」
顎を上げて、得意そうに腕を組む。
「じゃあお前は、俺ならこの街を救えると思って、この世界に連れてきたのか?」
「うむ。わしの見立て通り、しっかり街を守ってくれたな。救世主様」
琥珀色の瞳が爛々と揺れる。
もっと何か裏があると思っていたのだが……。
「本当にそうなのか? 何か狙いがあるんじゃないか?」
「冷たいのう。相棒じゃというのに。それに、わしのことは信じられなくても、住民の言葉は信じられるじゃろ?」
小さく首を傾げられ、考える。
確かにさっきの言葉を聞く限り、元の俺が巨大な禍津に対応できたとは思えない。
一体の禍津を倒すのに、何度も術を使っていたようだし……。
「お前は、何のためにこの街を守るんだ?」
「この世界は陰と陽のバランスで成り立っておる。陰の気が強すぎれば、世界はあっという間に破滅する。わしは神として、その管理をしている。本当じゃよ?」
わざとらしく目を潤ませるのが怪しい。
しかし、街の人たちが困っていて、それを俺が何とかしたのは事実だ。
「だけどな……そんな都合よくいくか?」
完全には腑に落ちない。
ただ、頭に浮かぶのは心晴とおじさんとおばさんの姿。
明の姫は信用できないが、あの存在は嘘じゃない。
「情報が欲しい……」
スマートフォンに過去のレポートを表示し、読んでいく。
「真面目じゃなー」
そんな俺を、明の姫は退屈そうに見つめていた。
『間もなく禍津時です。住民の皆様はシェルターに避難してください』
レポートを読むのに夢中になっていると、そんなアナウンスが聞こえる。
昨日のようなアラームは鳴っていない。
禍津は酉の刻に出現するが、毎日というわけではないらしい。
ただ、記録上出現頻度は多いので、警戒するに越したことはない。
「外に行くか」




