第七章:for
母屋の前の階段近くに立ち、眼下の街を見下ろす。
アナウンス前にシェルターに避難済みなのか、街には人の姿が見えない。
街に点在する地下シェルターは、戦時中の防空壕のようなものだろうか。
「静かじゃな」
隣に立つ明の姫が、顎に手を当て呟く。
あれだけ賑やかだった街からは人の声が消え、通りには風が吹き抜けていく。
時折、役場のスピーカーから淡々としたアナウンスが流れるのが、不気味だ。
改めてあの化け物と相対するのだと思うと、緊張する。
「ここの標高は33メートル、鬼門までは大体一キロ……」
手にしたスマートフォンで地図を開き、距離を測る。
禍津が裏鬼門であるこの場所を目指しているのなら、知っておいた方がいい情報だ。
「決められた場所に敵が出現し、拠点に攻めてくる……まるで、あれみたいじゃのう」
「あれ?」
明の姫の視線が手元に向けられ、スマートフォンの画面をまじまじと見る。
切り替わったメニュー画面に表示されるのは、いつの間にかインストールされているゲームアプリ。
「お前、いつの間に……課金してないよな?」
「安心せい。初心者スタートダッシュパックを三千円で買っただけじゃ」
「おい……」
なぜ、異世界で子供をもった親の気持ちを味わわなければならない……。
後でフィルタリングの設定をしておこう。
それはともかく、このゲーム……拠点を護るタワーディフェンスというジャンルだ。
「なるほど、似てるかもしれんな」
戦う上で、イメージするにはちょうどいい。
もちろん、このまま禍津が現れないのが一番なのだが。
「いや、来たか……」
街に顔を向け直した瞬間、あの時感じた不安が心をざわつかせる。
それとほぼ同時に、スマートフォンからけたたましいアラームが鳴り響く。
『強力な陰の気の発生を確認しました。間もなく禍津が現れます。住民の皆様は速やかに避難してください』
役場のスピーカーから流れる、昨日とは違うアナウンス。
それが二回繰り返され、耳障りなアラームが鳴り響き続ける。
鬼門に目を向けると、緊張で額から汗が流れた。
その刹那――
「くっ!!」
どぉんと、大地を揺らす衝撃。
それは腹の奥まで響き渡り、遅れて強風が辺りの木々を揺らす。
鳥たちが羽ばたき、数匹の獣が山の奥に駆けていくのが見えた。
「現れおったな」
鬼門で竜巻のように渦巻く、黒い霧。
それは激しく形を変え、昨日と同じく四足動物の形をとる。
その大きさは、やはり二階建ての家より大きい。
身体の前に赤い目のような光が灯り、長い前足が一歩踏み出される。
大地が、悲鳴を上げた。
「だが、対処法は分かっている!!」
そう言って、顔の前で両手を合わせる。
しかし――
「あれは……?」
頭の中で理を編もうとした瞬間、禍津の隣で新たに黒い霧が発生する。
「ほう、そうくるか」
隣で、楽し気に声を上げる明の姫。
それに合わせるようにして、霧は渦巻き、新たな形を作り上げる。
身体の長い四足動物。先に生じた禍津と比べ、足は太く短い。
まるで、トカゲのような姿。
「――!!」
大きな口から吐き出される空気が、辺りをひりつかせる。
奏上しようとした言葉が、喉の奥に詰まった。
「おいおい、嘘だろ……」
赤い光がこちらを睨み、揃って侵攻する。
高さはないが、身体の長さは先に現れた禍津の二倍はある。
さながら、巨大な狼とワニの行進だ。
スピードは時速30キロくらいだろうか。速くはないが……
「二分もあれば、ここに到着するのう」
にやりと明の姫が笑う。
呆けている場合じゃない。時間がないのなら、やはり速攻だ。
手を合わせ――
「南方、火……」
叫ぼうとした瞬間、嫌な予感を覚えた。
禍津が現れる時と同じ、陰の気の激しい高まり。
ぞっと、頭から全身に向かって、悪寒が駆け抜ける。
「英優、守れ!!」
硬直していると、叫び声が聞こえる。
それに合わせ、ワニ型の禍津がゆっくりと口を開けるのに気付く。
やばい……!!
思うのと同時、頭の中で理を再構築する。
「西方、金徳巡り――」
手を組んで、親指と人差し指を伸ばし、印を組む。
焦りで、指は震えていた。
禍津の口が完全に開き切り、そこに陰の気が集まるのを感じる。
「金を生む赤土の相生!!」
奏上した瞬間、身体の前で感じる熱。
禍津の口に黒い稲妻のような球体が完成する。
博物館で見るような、ガラス球の中心に電気を発生させる、プラズマボール。
それが、不気味に紫色に発光した。
「時は満ち、理ここに在り!!」
俺は銃を向けるように、右手で足元を指さす。
それと同時、黒い稲妻球がこちらに向かって打ちだされた。
空気を切り裂き、正確にこちらへと飛来する球。
「急々如律令!!」
叫んだ瞬間、光が俺と明の姫の顔を照らし、視界が濃い紫で覆われる。
それが着弾する直前、目の前に金属の壁がせり上がる。
どんっと、鼓膜を劈く音。
強い衝撃に、両腕を前に出して顔を覆う。
視界が白で埋め尽くされ、風が砂埃を舞い上がらせた。
「ぐっ……!!」
両足を踏ん張って耐えていると、熱い金属の壁が薄く透明になっていく。
肌に僅かに感じる、ピリピリとした痛み。
「なんとか耐えたのう」
隣に立つ明の姫が、ため息を吐く。
ばちばちと空気を帯電させる音が聞こえた。
「あいつ、遠距離攻撃できるのか……」
周りを見ると、太い木々が何本か黒く炭化している。
当たっていたら、間違いなく死んでいた。
「街に攻撃がいったらまずい……シェルターを護った方がいいか!?」
「落ち着け。禍津は裏鬼門を目指すだけの自然災害じゃ。手を出さなければ、ここしか狙わん。だから、拠点を護るたわーでぃふぇんすなんじゃ」
「そ、そうか……」
意志を持っているのならば、街を焼けば一瞬で済む。
あくまで裏鬼門に侵攻し、それによって陰の気を広げて、土地を枯らす存在。
しかしだ。炭化した木を見る限り、ここに来れば街が全滅するのは間違いない。
「あやつは砲撃型の禍津じゃの。威力は高いが、連発は出来ん。陰の総量は決まっておるしの。じゃが……」
「あの攻撃を防ぎながら、昨日みたいに対処していたら、間に合わない……」
「陰陽術は万能ではないからの」
あくまで、理に沿って一時的に現象を起こしているに過ぎない。
せり上がった金属の壁も、数秒で消える。
土であればもう少し長く維持出来るが……。
「――」
声を上げることもなく、ただ淡々と近づいてくる姿に、身震いする。
とにかく、次の術を放とうと考えていると……
「しかし、じゃ……」
明の姫がこちらに一歩近づき、肩に手を乗せる。
「理の構築次第では、威力を上げることも広げることもできるぞ」
そう言って、口の端を吊り上げる。
「なに?」
迫りくる禍津の位置を確認し、少しだけ考える。
到達まで約90秒――
タワーディフェンスで言えば、拠点を落とされてゲームオーバーだ。
術の範囲はそこまで広くない。一体一体処理していれば、時間はかかる。
それを、構築次第で広げられるということは……。
「コーディングか?」
「その通りじゃ」
声を高くして、明の姫が嬉しそうに頷く。
二体で迫りくる禍津。
土の術で壁を作り上げれば止められそうだが、せいぜい一体分。
一体を止めたとしても、もう一体のために術を唱えているうちに、もう一体が動き出す。
その繰り返しで、ジリ貧だ。
だが……
「例えば、一度の術で二体分の壁を作れれば……」
「そのように理を編めば、できるぞ」
「なんだと?」
言われて、プログラム的に考えてみる。
壁を作るというプログラムは、どれだけ変数を変えても、一つの壁しか作れない。
じゃあどうするか。
「for文に、while文……」
一度の記述で、複数の出力を実行する『ループ処理』――
それに対応する奏上は……
「ある!!」
記憶の中に刻まれた、五行思想の知識。元の俺は、相当勉強したらしい。
目を閉じる。
頭に浮かぶのは、普段使っているプログラム用のテキストアプリ。
「土の壁を、2×2の形で四つ設置……」
漏れる声が、思考に合わせて自然と早口になる。
防御オブジェクトのインスタンスを多重生成。
横に二つ、複製して後ろに二つ。
テキストの中に書きあげられていくプログラム。
「座標をオフセット……」
10メートル間隔で横に並べるから、posXにside * 10を代入。
さらに5メートル間隔で後ろにも並べるため、posZにdepth * 5を代入。
そして、それを術として発動するために、奏上する言葉に変換……
コンパイルする。
目を開き……
「構築完了――」
そう言って、手を合わせた。




