↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/7

第二章:Hello world

 その子は、微笑みながら駆けてくる。


 それに合わせ、黒髪はさらさらと揺れた。




「どうしたんですか? 方士《ほうし》様」




 小さく首を傾げて、こちらを見上げる大きな目。


 夏の日差しの下にいるとは思えないくらい、透き通るほどに白い肌。


 耳の奥をくすぐる、かわいらしい声。




「な、なんで心晴《こはる》が……」




 声が震える。


 頭の中に浮かぶ、病院で見た傷だらけの姿――


 白い肌に、額から伝う一筋の汗が流れた。柔らかそうな肌には、傷一つ見られない。




「あ、もしかして……忙しかった?」


「いや、そんなことは……」




 不安そうに尋ねる少女に、声を絞り出して答える。




「心晴……なんだよな?」


「そうだよ。どうしたの? 私の顔、忘れちゃいました?」




 悲しそうな顔を浮かべる心晴に、ぶんぶんと頭を振る。


 確かに見た目は心晴だ。だけど、違和感がある。


 俺が知っている心晴と比べると、少し若い。高校生の頃のような、あどけなさがある。


 それにこの子は、俺を『方士様』と呼んでいた。




「あ、そっか……」




 まじまじとこちらを見つめるその子は、不安そうに眉を顰《ひそ》める。




「もうすぐ『禍津時《まがつどき》』だもんね……」


「え?」




 状況が飲み込めず、混乱する。


 一体、何を言っているのだろう。そもそも、本当に心晴なのだろうか。




「あ、あの!!」




 考え込んでいると、突然大きな声をあげる。


 心晴……と思われる少女は、目を潤ませ、ジッとこちらを見上げていた。


 何だろうと訝《いぶか》っていると、頬が僅かに赤くなる。


 ギュッと目を閉じると、意を決したように一歩前に出た。




「あ……」




 こちらに伸びてくる細い両腕。


 それは腰に回され、控えめに体を寄せてくる。




「頑張って……」




 耳元で囁かれる声。


 身体に感じる柔らかな感触。懐かしい匂いが、鼻孔《びこう》をくすぐる。


 すぐ近くにある、心晴の頭。


 そこに、手を伸ばそうとして……




「そ、それじゃ……またね!!」




 慌ててこちらから離れ、背を向ける。


 胸の中で僅《わず》かに早くなる鼓動。それと同時に覚える、安らぎ。


 呆然としていると、心晴は階段を駆け下りて行ってしまった。




「心晴……」




 確信が持てず、胸に手を当てる。


 似てはいるが覚える違和感。だけど、胸に感じる思いは、彼女を心晴だと認識している。


 あの子が身を寄せた時感じた、桃のような甘い香り。それはとても懐かしく、胸の奥がふっと軽くなる。




「俺を方士様と呼んでいたけど……」




 俺の名前は、式神英優《しきがみえいゆう》。


 似つかわしくない、大層な名前だ。心晴には優くんと呼ばれていた。


 両手を広げて、自分の身体を確認する。




「なんだ、これ……?」




 よく見ると、おかしな格好をしている。




「なんかの、コスプレか?」




 神職の人が着ている、着物のような白い狩衣《かりぎぬ》。


 本来なら長いはずの袖は、洋服と同じくらいに絞られている。


 下に着ているのは、黒いシャツにスマートなスラックスだ。


 現代や未来を舞台にしたゲームに出てくる、魔法を使うキャラのような姿。


 少なくとも、手は見慣れた自分のもので、声も馴染みのあるもの。




「だとしたら、この状況は一体……」




 話を聞けるとしたら、先ほどの心晴しかいない。


 その姿を追いかけようと、一歩踏み出す。


 その刹那、辺りにサイレンが鳴り響いた――


 眼下に見える、役所のような建物についた、スピーカーから流れるけたたましい音。


 同時に、ズボンのポケットの中でスマートフォンが震える。


 手に取ると、緊急速報メールを受信した時と、同じアラームが流れている。




「これは……」




 地震が来るのかと身構えると、鳥たちが一斉に空へと羽ばたいた。




『間もなく禍津時です。住民の皆様はシェルターに避難してください』




 そして、町全体に流れる機械音声によるアナウンス。




「禍津時……?」




 確か、心晴も同じことを言っていた……。


 階段の縁に立ち、街の様子を窺う。


 遠くには海が見え、日が落ち、空は少しずつオレンジ色に変わろうとしている。


 俺が住んでいた町とは違い、高いビルがほとんどない田舎街。




「なにかが、来る……」




 けたたましいアラームを聞きながら、なぜだかありありと感じ取る予感。


 根拠はないが、なんとなく悪いことが起きそうな……胸騒ぎ。


 それを示すように、大地が揺れる。




「くっ!?」




 遠くで衝撃音が聞こえ、両足を踏ん張る。


 びりびりと震える大地。


 顔を上げる――




「なんだ、あれは……?」




 街の北東に見える、黒い霧のようなもの。


 土地勘はないはずなのに、方向はすぐに理解できた。


 それは、建物を覆い隠してしまうほどに濃くなり、台風のように渦巻く。


 激しく姿を変えるその霧は、やがて四足動物のような形を取り……


 長い両手足を交互に伸ばして、進撃する。




「な……」




 質量があるようで、一歩踏みしめるたびに、大地が揺れる。


 足音は地響きとなって内臓を揺らす。


 近くに立つ二階建ての家より高いので、7~8メートルの高さがあるはずだ。


 その霧の前方にあるのは、二つの赤い光。本当に、生き物のようだ。




「ば、化け物か……!?」




 思わず、後ずさる。




「現れたか」




 その瞬間、自分以外の声が辺りに響いた。


 気配を感じ隣に目を向ける。


 そこには、白い毛並みのほっそりとした狐が、両足を揃えて座っている。


 目元は、紅化粧をされているかのように赤い。




「狐が喋った!?」




 驚き、たじろぐ。




「失礼なやつじゃのう、これでも神様じゃぞ」




 しっぽを振りながらこちらを向く狐の顔は、笑って見えた。


 その声は、少女のように高い。




「あれは『禍津《まがつ》』じゃ。陰の気が強くなる酉《とり》の刻《こく》になると、たまに現れる」




 前足を上げ示したのは、ゆっくりとした動きで迫ってくる黒い霧。


 喋る狐の存在を訝しげに思うが、この状況で話が聞けるのは、こいつだけだ。




「ば、化け物なのか?」


「ちがう。あれは自然災害」


「生き物のように見えるが……」


「人の住む場所に出現する、陰の気によって発生する現象じゃよ。鬼門から現れ、裏鬼門へと侵攻し、土地を枯らせる」




 言われて改めて街を見るが、やはり方角は理解できる。


 鬼門は北東。そして裏鬼門は南西。


 つまり……




「あいつは、ここに向かってる……?」


「その通りじゃ。お主は地方の法師陰陽師《ほうしおんみょうじ》、禍津の対処のために派遣されておる」


「は?」




 陰陽師に、禍津……一体、何なんだ?




「それより、よいのか?」




 混乱していると、狐は再び前足を上げて、地上を示す。


 そちらに視線を移すと、懸命に走る心晴の姿が見えた。


 さっきのアナウンスから察するに、シェルターに向かっているのだろう。




「もしかして、逃げ遅れたのか!?」




 視線を禍津と呼ばれた霧へと移す。


 ゆっくりした動きだが、手足が長い分進む距離は長い。


 このままでは……




「くそっ!! 行くしかない!!」




 そう考え、地面を蹴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。