第11話【 真夏の夜のクーラー戦争と、冷やし中華の帳尻合わせ 】
祖母の家(父親の実家である古本屋)の
2階で暮らす
主人公のヒュッゲ満喫した暮らしぶりです。
主人公は、
作家志望(夢みてるだけ?)の無職。
祖母が
外出する時だけ店番しているだけの
居候。
古本屋の1階。
祖母が温めてくれたシュウマイを
ハフハフと頬張りながら、
零はふと天井を見上げた。
「……暑いな」
8月の真夜中、
東京の熱気は
古びた木造の店舗をも
容赦なく包み込んでいる。
2階の自室に戻ると、
そこはまるで
サウナのようになっていた。
零は慌てて壁のリモコンに手を伸ばし、
エアコンのスイッチを
「18度・強」に設定する。
ブオーッと
頼もしい音を立てて冷気が吹き出し、
一瞬で
部屋が天国のような涼しさに包まれた。
(生き返る……。
この冷気、プライスレス。だが、待て)
零の脳内電卓が、
冷たい風に刺激されて
カチカチと音を立て始める。
【今日の相殺案件】
罪悪感
無職の身分でありながら
エアコンを文字通り
「最強寒波」の如く稼働させ、
電気代の高騰に
多大なる貢献をしてしまったこと。
経済的マイナス80。
相殺ポイント(プラス)
涼しい環境を手に入れたことで、
脳の回転数が急上昇。
さっきまで「5文字」で止まっていた
小説のプロットが、
なんと脳内で1行進んだ!
生産性向上によるプラス100!
「よし、差し引きプラス20。完全勝利だ」
一人でうなずきながら、
零はベッドに寝転がり、
スマホをいじり始めた。
すると、またしても
実家の都営アパートにいる妹から
LINEが飛んできた。
『ねえ、親父が
「東京の夏は熱帯雨林だ、北海道に帰る!」
とか言い出して、
マジで一週間で
また北へトンボ帰りしたんだけど。
バカなの?
あと母さんが沖縄から
「今度マンゴー送るからタネ植えてみて」
って連絡してきた。
私の部屋、
植物育てるスペースないんだけど』
画面を見た零は、大きくため息をついた。
北海道が寒くなると
東京へ逃げ込んできて、
東京が暑くなると
また北海道へ逃げ帰る父・恭太郎。
そして沖縄から
謎のマンゴーのタネを送りつけてくる母・
めぐみ。
相変わらず我が家の気候不適合者たちは
動きが激しい。
(父さんは暑さに負けて逃亡、
母さんは南国でマンゴー栽培……。
それに比べて、俺は神保町の2階で、
涼しい風に吹かれながらじっと
耐えている。
いや、耐えているというか、
ただグータラしているだけか)
零が返信に困っていると、
今度は胃のあたりから
「キュルルル」と別の音が響いた。
さっきシュウマイを食べたばかりなのに、
冷房で冷やされたせいか、
妙にお腹が空いてきたのだ。
(……やばい。
この深夜の空腹感は、夜食の魔王だ。
ここで何かを食べたら、
これまでの
エアコンによる電気代の赤字と相まって、
人生の決算は大暴落する)
しかし、零の視線の先には、
祖母が「夜食用にでも食べな」と
冷蔵庫に入れておいてくれた、
キンキンに冷えた
「冷やし中華(錦糸卵と紅生姜つき)」
のパックが光っていた。
(冷やし中華……。
この真夏の深夜に、酸味の利いた
醤油ダレとツルツルの麺。
これは誘惑ではない、
気象条件に対する生存戦略だ!)
零の脳内会計システムが、
フル回転で正当化の理由を編み出す。
【深夜の冷やし中華相殺】
罪悪感
真夜中の炭水化物摂取による体重増加、
マイナス60。
相殺ポイント(プラス)
冷やし中華を食べることで
「夏の暑さを内側から冷やす」
という冷房負荷軽減エコ活動。
さらに、
妹からの意味不明な
マンゴーLINEで受けた精神的ダメージを、
酸味でリフレッシュする効果。
あわせてプラス110!
「圧倒的、黒字……!」
零は迷わず
冷蔵庫から冷やし中華を取り出し、
タレをぶっかけ、一気にすり込んだ。
ツルッとした喉越しと、
紅生姜のピリッとした辛みが、
真夏の夜の火照った体に染みわたる。
「うまっ……。最高だな、人間、
生きているだけで丸儲けだ」
冷やし中華の器を綺麗に洗い、
ベッドに戻った零。
エアコンの効いた部屋で、
満たされた胃をさすりながら、
彼はスマホの画面に
ポツポツと文字を打ち込み始めた。
『むかし、あるところに、
北海道と沖縄を
渡り鳥のように生きる両親を持つ、
無職の男がいました』
それは、
昨日までの5文字から大きく進んだ、
記念すべき第1行目の物語だった。
外の東京の夜気は
相変わらず蒸し暑かったが、
神保町の古本屋の2階だけは、
謎の相殺理論と冷やし中華の奇跡によって、
完璧な平穏に包まれていたのだった。
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明日、20:40 に、第12話を投稿します。




