第10話【 脳内会計システムを再起動 】
「今を幸せに生きる」をモットーに、
定職に就かず、
暴飲暴食や爆買いなど欲望のままに
日々を
謳歌する26歳の主人公の日常です。
どんなに羽目を外しても、
彼独自の
相殺処理に着想を得た「自己流相殺術」で
チャラにできる
という独特なマイルールを持って自由に
生きています。
古本屋の二階に戻った零は、
ベッドの上に
ゴロンと大の字に寝転がった。
胃袋を満たした焼き餃子のニンニクの香りが、
微かに部屋の空気に漂っている。
先ほど脳内で完璧に弾き出した
「文化保護活動という名のプラス100」
のおかげで、
無職が外食したという背徳感は
綺麗さっぱり霧散していた。
(ふぅ……。やっぱり、あの餃子は正義だ。
パリッとした食感、あふれる肉汁、
そしてビールを我慢して
ウーロン茶にした俺の自制心……。
完璧なディナーだった)
零は満足感に浸りながら、
机の上にぽつんと置かれた
ノートパソコンに視線をやった。
暗い画面のなかで、
カーソルが点滅している。
「……そういえば、俺、
作家を目指す設定だったっけか」
ぽつりと言いながら、零は起き上がり、
椅子に腰掛けた。
小説を書くというのは孤独な作業だ。
しかも無職で、
テーマもプロットも頭の中にあるだけで、
文字になっていない。
つまり、生産性は完全にゼロである。
(まずい。これでは日中の
「餃子で黒字化」の貯金が、
夜更けの無為な時間によって
一瞬で食いつぶされてしまう……!)
焦った零は、
即座に脳内会計システムを再起動させた。
【夜の相殺案件】
罪悪感
パソコンの前に座りながら、
結局YouTubeで
「地方の珍しいローカル線の車窓動画」
を1時間も眺めてしまった、
生産性マイナス80。
相殺ポイント(プラス)
動画を見ていたとはいえ、
「いつか小説のネタになるかもしれない」
というリサーチの意図(建前)を
持たせていたこと。
さらに、途中で「やっぱりダメだ」と
現実逃避せず、5文字だけ
『むかし、あるところに。』と
ドキュメントに入力したこと。
これは奇跡の執筆行動であり、プラス90!
「よし、トータルでプラス10!」
零は、画面に刻まれたたった5文字の
文章を見つめながら、
一人で大きく頷いた。
立派な第一歩である。
推敲は明日からにすればいい。
その時、1階の階段から
トコトコと足音が聞こえてきた。
ガチャリとドアが開き、
顔を出したのは祖母だった。
手に小さなタッパーを持っている。
「零、さっきの餃子が美味しかったって
言ってたから、
ご近所さんからお裾分けでもらった
冷凍のシュウマイ、
レンジでチンしてやるよ。
食べるかい?」
(シュウマイ……!
餃子の次はシュウマイだと……!?)
零の脳内で、
再び危険信号(背徳の予感)が
ピコピコと点滅する。
夜のこの時間に
炭水化物と肉のコンボを追加するのは、
健康診断の数値を跳ね上げるだけの
「致命的な大赤字」を意味する。
しかし、
祖母の好意を無下にすることは、
家庭内カーストにおける致命傷に
なりかねない。
零は一瞬の迷いの後、
キリッとした表情で祖母に向き直った。
「ばあちゃん、ナイスタイミングだ。
ちょうど今、俺の脳内会計で
『夜食のシュウマイによる
タンパク質補給は、
深夜執筆の脳の栄養として
完全プラスである』という法令が
可決されたところだよ」
「なんだか知らないけど、
温めてやるから1階に降りてきな」
祖母はあきれたように笑いながら、
1階へ戻っていった。
零は椅子から立ち上がり、
パジャマの裾をパタパタとさせながら
階段を下りていく。
北海道の父、沖縄の母、
文句ばかり言う妹、
そして神保町の古本屋の片隅。
日本列島がそれぞれの気候と事情で
揺れ動くなか、
今日も保坂零の人生は、
絶妙なこじつけと相殺術によって、
ギリギリの
黒字経営を維持していたのだった。
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明日、20:40 に、第11話を投稿します。




