第16話 町家
彼女の視点、自分のことを話します。
……かわいい?
あのひと、さっき言ってたよね。どうかしてる。
やっちゃんに「おまえって、そういうところがかわいいよな」って、ふざけて言われたことあるけど。そういう感じでもなかったし。
だけど、嫌な気はしなかった。あのひとだからと思うけど……。
「おい、なにしてんだよ、人のパンツで」
突然の声にビクッとした。どうやら私は手元の洗濯物に顔をうずめていたようだった。それが、昨日あのひとが身に着けていたパンツか。
「ああ~、柔軟剤の具合をみていたんです。決して変態ではありませんっ」
「だからって、俺のパンツじゃなくてもなぁ……干すの手伝おうか?」
「おお、お願いします」
なんか顔が熱い。あのひと困った顔してるし。どうしよう、私の生い立ちも話した方がいいのかどうか考えてしまう。
こんなにくたびれたパンツよりも、そっちの方が気になって仕方がない。
ベランダに洗濯物を干し終えて、私と彼は再びテーブルの前で対峙していた。
「おまえ、自分の下着まで外に出して平気なのか。丸見えだぞ」
「心配いりません。あなたのパンツが一緒ですから」
目の前に座る彼は、私の意味不明な説明に首をひねった。
当然だろう。私もなぜそんなことを口走ったのか分からないのだから。
「今度からは、中で干せよ。危険だぞ」
「ああ、もう。乾いたら、すぐ取り込みますから……だから、今度は私の話、聞いてもらえますか?」
「え? 話してくれんの」と、彼は驚いたように目を見開いて私を見た。
なんだよ、そんなに驚くようなことかと思いながらも、私は自分自身のことを話し始めた。
「私は、ごく普通の家庭に生まれて、今は両親とは疎遠です。私より年上の従兄を実の子どものように可愛がっています」
「それ、普通なのか」
従兄の兄ちゃんは有名大学に通い、そこそこの大企業に勤めている。
それに比べ、私は高校を卒業したあと、就職に失敗し、在学中からしていたバイトを地道に続けていた。頑張れば社員になれる、の言葉を鵜呑みにしたのが間違いだった。
「悪質なバイトだったのか?」
「そうでもないんです。でも、他の仲間は何人か正式採用されていましたね。私にはコネもなにもなかったから」
そのバイトを辞め、放浪していたとき、ふと目に入ったのが『ニャーン』だった。
「ニャーン?」
「ええ、『ネコチャーン』の前身のマンガ喫茶です」
「ネコチャーン? なんか聞いたことあるような……」
マンガ喫茶・ニャーンを、ネットカフェ・ネコチャーンに改装するための臨時のバイト募集の張り紙。少々、怪しいとは思いながらも、まあいいかと思った。
「あ、思い出した。5年前に開店予定とかなんとか。チラシで見たな」
「ご存じですか。まあ、パソコンが少し増えただけなんですけどね。臨時のはずが、なんだか居心地よくて、そのまま居ついちゃって。で、そこで知り合ったのが、友人のやっちゃんです」
「ああ、電話の?」
やっちゃんは、私より少し遅く入って来た。最初はチャラチャラしているように見えたが、接していくうちに芯の通った人間だということが分かった。
「腹を割って話せる仲、なんだな」
「そうですね。大抵のことは相談したりしてますね。今回ことも……あの、あなたと暮らすことも」
「あー、そう」と、彼は少し複雑そうな顔をしてみせた。
5年ほど経ったある日の朝、店長の夜逃げで状況が一変。
それから、やっちゃんと健康ランドで働いていたところで話は終わった。
「特に、大したことはなかったですね。学生時代もあんまり記憶がないですし。誰かと交際することも交友関係もほとんどなかったし。健康だけが取り柄ですね」
「夜逃げは結構大したことだと思うが。じゃあ、特技とか趣味は、なんかあるか」
「これといって、ないですね。あ、でも、知らないじいちゃんばあちゃんに話しかけられることはよくあります」
「それは、俺もあるな。よく知らない道とか聞かれるわ」
こんな話、やっちゃんともしたことないかもしれない。親ともまともに話した記憶がないし、元々、期待されてもいなかったしな。
「……あの、思い出したんですけど、学生時代に誰もいない教室で待ち伏せされて、急に抱きつかれたんです。同級生の男子だったんですけど、身の危険を感じました」
「そんなに危ないことだったのか?」
「はい。後ろから両腕をロックされて。そのあと、どうやって逃げたのか覚えていないのに、いまだにその抱きつかれたときの感触は覚えています」
「何か変なこと言われたり、されたりしなかったのか」
「いいえ。無言で、首筋のあたりに鼻息かけるだけで。だいぶ興奮しているようでしたね」
「うわあ、キモいな」と、彼は嫌そうな顔で身震いした。
本当に気持ちの悪い体験だった。次の日も、普通にそいつは授業を受けていた。話しかけられることも謝ることもなく、ただモヤモヤと毎日が過ぎていった。
「そのこと、今まで誰にも言えなくて。でも、話したら少し楽になりました」
「俺でよければ、いつでも聞くよ。助言とか偉そうなこと言えないが、聞くだけならできるから」
彼の自然な笑顔が嬉しい。こんなひとが兄ちゃんだったら良かったのに。
「ありがとうございます。あ、最後に何か質問とかありますか?」
「あー、じゃあ、聞かれるとマズいことってある?」
「まずいっていうのは、つまり私が処女っていう……あっ、いや、そうじゃなくって。まあ、実際そうなんですけど……」
彼の顔が一瞬にして固まった。
そんなこと言うつもりなかったのに、おかしな質問するから。
「俺は聞いてないぞ、何も。聞いてねえからな。いいな?」
私の思いもよらない失言に、彼は真っ赤な顔でうろたえた。
次回は、俺の視点です。




