第17話 躊躇い
俺の視点、永田と電話で話します。
「ちょっと電話してくる」
気まずくなった俺は、自分の部屋に逃げ込んだ。
今は彼女の顔を見られない。あのことを聞いてしまったから。
電話をかけようとスマホを触ったとき、ちょうど永田からかかってきた。
「どうしたんだ。今、かけようと思ってたんだが」
「あらっ、彼女とケンカでもしたんですか」
「ちげーよ。お互いに自分の生い立ちを話したら、なんか気まずくなっちまって」
「え~、言ったんですか童貞だって」
「お、おい、おめえ、何で知ってんだよ、そんなこと」
永田はいつも核心を突いてくる。やはり超能力者だな。
「え? 当たったんですか。長い付き合いだから、なんとなくわかりますって、経験なさそうなの。ああ、でも、だからって馬鹿にはしませんよ。なんたって、野中さんは純潔そのものですからね」
「そのものってなんだよ。いや、まあ、そういう機会がなかったってだけで」
「で、それを聞いた彼女はどんな反応しました?」
「いや、特には。そのあと、あっちの生い立ちも聞いたんだが、俺が余計なこと聞いてさ。それで、なんか変な空気になって逃げてしまった」
「わっ、ひどい。どうして逃げるんですか」
「だって、あの子、口滑らせたんだか知らんが……しょ、処女だって。なんだか悪い気がして、俺は何も聞いてないからって言って……」
永田は「あぁ~、もう」と呆れたような声を出した。
「性に関しては人それぞれですから。でも、良かったじゃないですか、お互いに純潔で。もしも、どちらか経験豊富だったら、それはそれで気まずいでしょうよ」
「それもそうか? うーん、でも困ったな。これから、どうすりゃいいんだ。あの子の顔を真正面から見る自信ないわ」
「まぁだそんなこと言ってるんですか。いいかげん、大人になってくださいよ。彼女だって、わかってくれますって」
「そうだよな……あ、ところでお前、なんで電話かけてきたんだ」
「……いえ、なんとなく気になったんです」と、永田は珍しく言葉を詰まらせた。
「その、彼女さんのことが」
「は? どういうことだ。俺がなんかするとでも思ったか」
「いえ、その反対です。なにもしないんじゃないかと心配で」
こいつ、なに言ってるんだ? 俺より彼女のことが心配ってか。
「突然ですけど、彼女さんに代わってもらえますか」
「はあ? そんなことしてどうするつもりだ」
「助言ですよ。なにかと言いにくい野中さんの代わりにオレが言っときますよ」
「いいって、そんなの」
「それを決めるのは彼女ですよ。いいから、聞いてみてくださいよぉ」
電話の向こうで永田が少し怒っているような気がした。
何か悪いことをしたとでも言うのか?
俺は仕方なく部屋を出ると、彼女はまだ、そこにいた。
居間のテーブルの前に座り、外を眺めている。
「電話、代わってくれって。同僚の永田っていうやつなんだけど、出てくれるか?」
「……私が、ですか」と、彼女は首を傾げた。当然の反応ではあったが、彼女は差し出したスマホを受け取ってくれた。
「もしもし、代わりました。あの、町家と申します。はい」
永田、余計なこと言うなよ。
「え、はい。まだですけど、ええ。でも、私、彼の、野中さんの口から聞きたいんですけど」
俺の口から、何を聞きたいんだよ。
「……あ、はい。そうです、忍です。ほんとに、あの永田さんですか? わあ、お久しぶりです」
彼女の顔が一瞬にして明るくなった。もしや、永田と知り合いなのか?
「突然、店がダメになっちゃったから大変でしたよ。永田さんは、お元気でしたか」
彼女はニコニコと見たことのない笑顔で話している。
たぶん、従業員と客の間柄なんだろうけど、なんか感じ悪いわ。
「はい。いますよ、目の前に。でも、いいんでしょうか、本人から聞かなくて」
「おおーい、永田。変なこと吹き込むなよっ!」
俺の大声が届いたのか、電話の向こうから永田の笑い声が聞こえた。
そのあと、続けて彼女がクスクスと笑い出した。こいつら、何がおかしいんだ?
「ちょっと、子どもっぽいところあるみたいですね。ふふっ。でも、そういうのっていいですよね。あ、永田さんも分かります?」
なんだよ、話が弾んでんじゃねえかよ。いいかげん、早く終われよ。
そのあとも談笑が続く。俺だけ蚊帳の外かよ。
ふいに、彼女と目が合った。その顔には、自然な笑みが浮かんでいる。
あいつは一体、何を言ったんだ。
「あは、わざわざありがとうございます。いえ、こちらこそ。久しぶりに声が聞けてよかった。ええ、お元気そうで。では、野中さんに代わりますね」
彼女は、心なしか満足そうな顔で俺にスマホを渡した。
「おい、変なこと言ったら承知しねえぞ。休み明け覚悟しとけよ」
「まったく、子どもみたいなこと言わんでくださいよ。彼女に笑われますよ?」
彼女は口を押え、必死に笑いを堪えている。そんなにおかしいか。
「……もう、笑われてるよ。切るぞ」
「はっはは。仲良いですね。では、休み明け待ってますからね」
電話を切ると、自然と深いため息が出た。彼女はまだ、クスクスと笑っている。
「何がおかしいんだ」
「いえ、別に。あの、今日はあなたのこと教えてくれてありがとうございました」
なんだ、急にかしこまって。気味悪いな。
「こちらこそ、おまえのこと教えてくれて、どうもありがとう」
「はい。ありがとうございます、佐一郎さん」
なんだと? その名前を聞き、全身から汗が噴き出した。
彼女は頬を赤くしながら俺を見ている。
永田め、やりやがったな。
次回は、彼女の視点です。




