第15話 野中
俺の視点、自分の生い立ちを話します。
部屋中にウインナー臭。
換気をしても、いくらか残っている。
彼女は、テーブルの前で俯いたまま、何も言葉を発しない。
ロールパンはケツからマーガリンがこぼれるし、ウインナーは裂けて無残な姿に。おまけに白湯が熱すぎて舌をヤケドした。
自ら進んで食器を片付けたが、食べている間、彼女はずっと無言で、俺は何を食っているのか分からないぐらい味がしなかった。
「さっきは悪かった。別に秘密にしてたわけでもなかったんだが、タイミングが分からなくてな」
「だからって、食べる前に言わなくてもいいじゃないですか。せっかくのロールパンもウインナーも味がしなかった。白湯だって……」
彼女はムッとした顔で俺を見た。大層ご立腹のようだった。
「すまん。あ、でも訳ありって言っても、ヤバいやつではないから……たぶん」
「たぶん? 確認しないまま住んでるんですか、私たち」
「不動産屋のおやじも、大家さんも教えてくれなかったんだ。一応、他の住人にも聞いて回ったけど、聞いたことないって言うし」
怪奇現象か何かあるのではないかと身構えたことはあったが、特に何も起こらず(気づかないだけかもしれないが)普通に生活していた。
彼女も納得がいかないのは当然のことだが、こちらも説明のしようがない。
「話はそれだけですか。訳ありの件は、あとで大家さんに聞いてみますから」
「あ、いや、本題はこれから。ちょっと、俺の生い立ちを聞いてくれないか」
「なぜ、あなたの? 生活する上で必要なことなんですか」
彼女はまだ怒っているような口ぶりだが、俺は気にせず話し始めることにした。
自己中で少々強引なのは分かっている。大げさであるが、今この瞬間を逃すと、いつまでも話せないような気がしてならなかった。
「必要でないかもしれないし、いつか使えるかもしれない。途中で不快、不愉快なこともあるかもしれんが、聞いてくれないか?」
彼女は怪訝そうな顔で「わかりました」と小声で言った。
「まずは、そうだな。俺は、両親と血のつながりがない、もらいっ子なんだ。実の親の顔も知らない赤ん坊のときに、もらわれてきたらしい」
彼女は少し驚いたような表情をした。無理もないか、しょっぱなからこんな話聞かされて、平気なわけねえや。
「いや、そんなに苦労はしてない。今の親とも仲良くやってるから。盆や正月にも顔出してるし」
「そういうこと、私に言っても大丈夫なんですか」
「ああ、おまえだからな。おまえなら馬鹿にせず聞いてくれると思った」
俺の言葉を理解してくれたのか、彼女は黙って頷いた。そして、ほんの少し笑みを浮かべてくれた。
小学生のとき、俺が養子だということをどこで聞いたのか、考えの足りない一部の保護者が噂していた。でも、俺も両親もまったく気にしてはいなかった。初めて仲良くなった同級生には「それがどうした」で特に何も言われなかった。
それから中学、高校と通わせてもらい、進学はせず現在の会社へ入社した。
俺が悪いことをすれば叱り、良いことをすれば褒めてくれる優しい両親だ。
そして、俺が両親の元へ来る前からいた犬の五郎さん。見た目はほぼ柴犬の雑種だった。高校生のときに老衰で死んだが、面倒見のいい兄貴のような存在だった。
「心強いお兄さんですね」
「ああ、俺がドブ川に落っこちたとき、必死になって引っ張ってくれたことがある。それ以来、足を向けて寝ることはなかったな」
新卒で入社、その二年後、たちの悪い先輩に連れられて風俗に行った。
俺を含め、無作為に選ばれた若いやつが何人かいたが、事前に知らされてはいなかった。
「……それは、会社としてはまずいことですよね?」
「もちろん。その若いやつのひとりが告発して、悪い先輩はクビになった。告発したやつも自主退職してな。しなくてもよかったんだが、まわりからそういう目で見られるのが耐えられなかったんだろうな」
二十歳やそこらの若い衆、血気盛んなのもいれば、俺みたいに萎縮しているやつもいた。俺を含め、数人は未経験だった。
拒否すればどうなるか、口には出さなかったが皆がそう思っていたに違いなかった。
「そこで、俺の担当してくれたお姉さんがいい人でさ、性教育みたいな感じだったんだよな、それで……」
「あの、わざわざ言わなくてもそういうの、なんとなくわかりますから」
彼女は、気まずそうな顔で目を伏せた。やっぱり、気分のいいもんではないわな。
「だから、その、行為はしてない。話しただけなんだ。でも、それ以来、女性が苦手っていうわけでもないけど、交際とか、もちろん行為もないから、俺は童貞……」
「……私は、私のことは平気なんですか」
俺をまっすぐ見つめる彼女の目には、うっすらと涙が見える。怒っているようにも見える複雑な表情をしていた。
「ああ、うん。どういうわけか。だからって、異性として見えないってことではないから。いや、ほんとに、かわいいから……あっ」
俺はハッとして、思わず口を手で覆った。ほら見ろ、彼女がきょとんとしているではないか。やばい、ついに言ってしまった。
妙な空気になっているところに、調子っぱずれな洗濯終了のブザーが鳴った。
「……洗濯物干してきますね」
彼女は無表情のまま、脱衣所の方へと行ってしまった。
次回は、彼女の視点です。




