第11話 好意
俺の視点、出前を取ります。
笑うとかわいい。
言いそうになって、顔が固まった。自分の性格からして、決して言わないだろうという自信すらあった言葉。全身に鳥肌が立った。
彼女は照れるかもしれない。いや、気持ち悪がられて終わりってこともある。
どんな反応をするか気にはなったが、今は言わない方がいいような気がした。
「……昼、カップ麺だけだったから腹空いたろ? 出前でも取ろうぜ。俺がおごるから、好きなの頼めよ」
俺は、靴箱の横に吊るしてあった中華料理店のお品書きを渡した。
「え~、だから夜はちゃんとしたの作ろうと食材買って来たのに」
彼女は残念そうな顔をしたが、いくらか疲れが出ているようにも見える。
「まあまあ、それは明日にして。買いもんして疲れたろ。それとも、どっか食いに行くか。また、さっきの服着ていくぞ。いいか?」
「嫌です」と彼女は即答した。そんなに嫌かよ、あの服。永田に文句言ってやろ。
近所にある中華料理店、店構えは小さく店内は汚い。でも、安くてウマい。
最近は、ほぼ出前専門らしく、天気が悪くても迅速対応で評判もいい。
「ここ、よく頼むんですか。久しぶりなんですよ、中華」
彼女はお品書きを見て、子どものように目を輝かせた。
またその顔と言ったら、なんともかわいらしくて……だめだって。
「ああ、まあ、給料日とか、残業の日とかだな」
「へえ、いいですね。値段も安いみたいですし。ほんとになんでも頼んでいいんですか?」
目をキラキラと輝かせ、彼女は俺を見る。そんな目で見るなって。
「き、気にしないで食いたいの頼め。俺はいつものチャーハンとレバニラ」
まっすぐな瞳に耐えられず、俺は思わず顔を背けてしまった。
「……じゃあ、私も同じので。あと、エビチリもいいですか」
なんで同じなんだ? 他にもあるのに。
「いいけど。それなら、全部大盛りにして分けて食うか」
彼女は「いいですね、そうしましょう」と嬉しそうに頷いた。
だが、まだ時間が早いな。開店まで一時間以上はあるか。
「その前に、荷物片づけようぜ。俺になんか買ってくれたのがあるんだろ」
「あっ、忘れてました。今、出しますね」
彼女は袋とリュックの中身を全部出し、それらをすべて床に並べていった。
紺色のスウェットの上下セットが2個、洗面用具、衛生用品……。
リュックの中は保冷できる仕様らしく、野菜やその他の食品は無事のようだった。そして、なぜか弁当箱がふたつある。
こんだけ買えるなら、家賃払えるよな? と言いそうになって、のどの辺りで止めた。別に、それを頼りにしているわけでもないしな。
「あの、これ寝間着でもいいし、部屋着としても。サイズがわからなかったので、とりあえずLで。それと、色が無かったので、私とお揃いなんですけど、嫌ですか?」
スウェットを見せながら、わざとなのか無意識なのか、彼女は少し上目遣いで言った。あらぁ、まつ毛が長いこと。
「別に、気にしないけど。俺に似合いそうなのが、それ?」
「いえ、それはこっちです」と言って、彼女は黄色いヒヨコがでかでかとプリントされたトレーナーを差し出した。
貴様、俺にこれを着ろと言うのか。これを着て出歩けと?
「えっ、かわいくないですか。似合うと思ったんですけど、色が」
「……あ、色がね。ヒヨコじゃなくてね、そうね……いいと思うよ」
彼女は満足げにニコニコとしている。
でも、さすがにこれ着て出歩く自信ねえわ。部屋着確定だな、こりゃ。
「じゃあ、片づけ手伝おうか」
「いえ、結構です。ひとりでできますので、出前のお電話、お願いできますか」
「おう……わかった」
なんか、ちょっとさみしい。断られるのは慣れているはずなんだがな。
まあ、いいさ。電話しておこう。しかし、大盛りは初めてだな。
電話から40分、岡持ちを持った顔なじみの学生が来た。
「今日はちょっと遅かったな」
「大盛りなんか頼むからですよ! あっ、彼女さんですか」
その見るからに利口そうな学生は、店のせがれで家の手伝いをする偉い子だ。
本人は後を継ぐ気満々のようだが、親父さんは反対しているらしい。
「違う。遠い親戚の子だ。ジロジロ見んな」
「え~、いいじゃないですか、少しくらい。いつもオッサンばっかり相手にしてるから、目の保養になりますって」
うわぁ、いやらしい子。さすがに目のつけどころが違うな。
「いいから、早く出せ。冷めるぞ」
「お客さんはあったかそうでいいですね」と嫌味ったらしくブツブツ文句を言いながらも、せがれは岡持ちから素早く皿を取り出した。
大盛りを注文したということもあって、三品とも皿からこぼれ落ちそうなほど腕白な盛り方だった。
「お金はちょうどいただきます。いつもちょうどで助かります。ありがとうございました。またお願いします」
せがれは代金を受け取り、チラッと彼女の方を見た。彼女はそれに応えるかのように、軽く微笑んで会釈した。やめろよ、やつが勘違いするだろ。
「親父さんによろしくな」と言うと、せがれはニヤリとして「やくのは焼き飯だけにしてほしいですよねぇ?」と彼女を見た。
すると、彼女の方も「ふふっ、そうですね」と返した。
なんだよ、俺がこいつらにたいして妬いているとでも言うのか?
次回は、彼女の視点です。




