第12話 厚意
彼女の視点、中華です。
当たりだ。
パラパラではない、ベチャーハン。すぐこぼす私にはありがたい。
レバーは臭くないし、エビも大きく食べ応えがある。
味もしょっぱくなくて、ちょうどいい。
「こら、こぼしてんぞ」
彼に言われて下を見ると、細かいネギがいくつか落ちていた。
急に恥ずかしくなってしまって「はあ」とため息のようなものが出る。
「おいしくないのか」
「いいえ、おいしいです。でも、食べるのが下手なのか、今みたいに、よくこぼしてしまうんです」
「それは俺もだ。だから、このチャーハン特注なんだ。パラパラしてるの嫌いでな、親父さんに無理言って、特別にベチャーにしてもらってる」
なるほど、そういう要望も聞いてくれるのか。今度、ひとりのとき、お店に行ってみようかな。あの学生もかわいかったし、もし彼について知っていることがあったら聞いてみたいけど……。
「あの、食べ終わったらお風呂の入れ方、教えてください」
「ああ、そうだな。今日は最初の日だから、おまえ先に入れよ」
「いいんですか、一番風呂」と言うと、彼はフッと笑って頷いた。
食べ終わったあと、皿洗いをしようとしたら、彼が「これは俺が」と言って譲ろうとはしなかった。ちょっと頑固な一面もあるのかしら。
その後、彼のあとについて風呂の入れ方を教わった。食べてすぐ入るのはよくないことは知っていたので、少し休憩してから脱衣所に向かった。
全身を洗って湯舟に浸かり「あぁ~」と息を吐いた。
今日買ってきた入浴剤、勝手に入れてしまったけど怒られないかな。
でも、一番風呂なんて久しぶり。健康ランドに比べたらだいぶ狭いけど、気持ちがいい。あっ、やっちゃんどうしてるかな。あとで電話してみようか。
「お風呂、お先にいただきました」
「おう、どうだった?」
「やっぱり湯舟があるといいですね。足は伸ばせないけど」
「だろ?」と彼はなぜか得意げに言って見せた。その顔は、無邪気な子どものようにも見えた。
「お、なんかいい匂いがすんな。入浴剤かなんか入れたのか」
「はい、勝手に入れてしまって。平気ですか」
「別に、気にしねえけど」と言ったあと、彼は「よっこいしょういち」と言いながら立ち上がり、脱衣所へ入っていった。
一年に一回は聞く掛け声であったが、まさかここで聞くことになるとは。
そうだ。今のうちに、電話しとこ。こそこそするのは、なんだか嫌だけど。
「あ、もしもし。今、大丈夫?」
やっちゃんに電話すると、大抵すぐに出てくれるが、今日は妙に早く感じる。
「おお、ちょうど一段落ついたところだ。さては、見てたな」
「見てないし。今ね、ご飯食べて、お風呂にも入ったよ」
「なんの報告よ。もう、仲良くなったんか」
「うん、仲は悪くはないかな」
「じゃあ、いいじゃん。あと、なにか気になることでもあるんか」
これからどうすればいい? なんて聞いたら、また怒られるだろうな。
「……ない、けど。やっちゃん、さみしくない?」
「いや、別に。こうして電話もできるし、おまえがいなくなって、その分忙しいからなぁ。ああ、常連のじいちゃんばあちゃんがさみしがってたぞ。話し相手がいないからって呼ばれっけど、やっぱおまえがいいって」
「そう。だったら、そっちに戻った方がいいかな」
「いやぁ、そこから結構距離あるからな。働くんだったら、家から近い方がいい。もし、無職を気にしてるんだったら、同居人に相談してみたらどうだ」
そうだ、私は無職だった。学生でもなんでもないんだ。
「そうね。いつまでも家にいるのも悪いものね。あとで話してみる」
「あっ、じいさんが呼んでるから切るぞ。またな」
「うん、ありがとう。じゃあ」と言って電話を切った。
その数分後、彼はシャツとパンツ姿で目の前に現れた。シャツは同じような色と形だが、パンツは奇抜な柄だった。
「あの、ちょっとお話が……」
「なんだ、あらたまって」
彼は紅潮した顔で、テーブルの前にドカッと座った。その拍子に、ふわっと入浴剤の香りが漂った。
「今、働いてないので、いずれはと思っているんですけど。それで、相談したくて」
「そんなの、明日から考えればいい。別に、そんな、すぐ家賃払えとか言わねえし。まあ、気にしてるんだったら、あれだけど」
彼は頭をガシガシと搔きむしった。トニックシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
「少し休みたいのもあるけど、就職活動も再開しようかとも考えていて。あなたが、もし、私がずっと家にいるの嫌だったら……」
「嫌じゃないっ。むしろ嬉しい……いや、なんていうか。なんだな」
彼は口をもごもごさせ、恥ずかしそうに俯いた。なんで、そんな顔するの?
「では、この生活に慣れるまで、しばらくお家にいますね。あっ、そうだ。お仕事の日、お弁当作りましょうか? よさそうなお弁当箱あったんで買って来たんです。私のお昼のついでなんですけど」
彼は「えっ!」と頭を上げた。その顔はすごく驚いているように見えたが、少し笑っているように見えた。
「そ、そんなこともしてくれるのか……ハハッ、昼食代が浮くな。いつも、コンビニ弁当か社食だからな。いいな~」
「では、月曜日からでいいですか」
「おお、頼むよ。あ、いや、月曜は急に休みになったんだった。だから、火曜日からだな。うん、そう」
「あら、そうなんですか。じゃあ、月曜日も一緒にいられるんですね」
「そうっ……だな。ハハ」
私がなんとなしに言ったことではあったが、彼は妙に嬉しそうだった。
次回は俺の視点です。




