第10話 誘惑
彼女の視点、公園から始まります。
「人見知りだったよね、私」
買い物帰りに寄った小さな公園で、やっちゃんに電話で聞いてみた。
自分でも分かっているはずなのに、自信がない。
「おお、そのはずだが。また、締め出されたのか」
「違うってば、買い物で外に出てるだけ。でも、いろいろあって帰りづらい。そのあと、どう接したらいいか悩んでるとこ」
ちょうど休憩中だったやっちゃんも心配だったらしく、電話しようか考えていたらしい。
「じゃあ、普段の町家忍ではない、しのぶという別のキャラを作って演じてみるってのはどうだ。なんか考えてみろ」
「なに言ってんの。おかしなマンガの見すぎじゃない?」
「いや、悪くないと思う。やってみて、相手の反応を見てみろ。ダメだったら、自分に戻ればいい」
「だけど、相手が不快に感じたらどうしよう」
「そんときは、素直に謝ればいい。あとは相手の包容力次第だ。あ、休憩時間終わるから、またあとでな」
「ごめんね、忙しいのに。じゃ、また」
電話を切って、ため息をつく。ブランコの横においた大袋を見て、さらに大きなため息が出た。自分で使うもの、あのひとに買ったものと、食材が少し。こんだけ買えるなら、家賃払えっての。
「おい、帰るぞ」
突然、あのひとの声。その声がした方には、え、あのひと?
「だれ?」
とても同じひとには見えない、とても趣味のいい恰好とは言えないひとが立っていた。桃色のパーカーに紫色のミジンコのような模様?
「俺だよ、わかんねえのか」
近づいてくる、やっぱりあのひとだ。
だけど、また嘘ついた。よそ行きあったんだ、変だけど。
「趣味悪っ」
「は? 今、なんて言った」
彼の怪訝そうな顔。でも、ここから試してみよう。
「その服、どうしたの。変だよ」
「おお、これな、会社の同僚からのもらいもん。サイズ間違えたとかで、無理やり押し付けられてな。そんなに変か?」
彼は一瞬笑ったように見えたが、すぐに呆れたような困ったような顔をした。
「桃色って、なに? 全然、似合ってない。ありえないんだけど」
「てか、おまえ、なにその喋り方。ほんとは、そんなヤツだったのか?」
明らかに不快そうな顔。やりすぎたかな。
「荷物持ってよ。重いんだから」
「うるせえな、早く帰るぞ」
足元の大袋をつかんで、彼が歩いて行った。
完全に怒っている。あの背中が、その歩き方が物語っている。
たぶん『バスで行く』って嘘ついたことも怒ってるよね。
小走りで後ろをついて行くけど、子泣き爺を背負っているかのように背中が重い。当たり前か、一度も振り向いてくれない。帰ったら、謝ろう。
数分後、部屋に着くと、彼は黙って大袋を部屋の隅に置いた。
「あの、ごめんなさい」
「なにが」
彼は壁の方を向いたまま、こちらを見ないで言った。
「バスで行くって嘘ついて。さっきの話し方、嫌でしたよね。それから……」
「心配したんだ。いい年こいて迷子になってたらどうしようかと。公園でおまえを見つけたとき、俺がどれだけホッとしたかわかるか?」
振り向いた彼の顔は、今にも泣きそうに見えた。
電話してくれたらよかったのに。……ああ、私がしなかったからか。
「なんだか帰りづらくて。怒ってるんじゃないかと思って」
彼の大きなため息が、部屋中に広がった。
「別に、なんも怒ってねえよ。でもよ、今のおまえと、さっきのおまえさ、どっちが本当なんだ?」
「今が本当の私です。これから、どう接していいかわからなくて、あんなことしてしまって。本当にごめんなさい」
「もう、謝らなくていい。接し方なんか、ゆっくり慣れていけばいい。一緒にな」
彼が微かに笑った。その笑顔に、私はホッとしたが、内心、呆れているんじゃないかとも思った。
そういえば、ちょっと前まで、あんたって呼ばれていたのに、今は、おまえか。
うれしいけど、少し恥ずかしい気もする。
お互いの名前で呼び合うなんてこと、この先あるんだろうか。
それが可能なら一度くらいは呼んでみたいとも思うけど、なんで下の名前は教えてくれないんだろう。
「……じゃあ、荷解きしますね。あなたに似合いそうなものあったんですよ」
「あー、それより丁寧な言葉遣い、やめにしねえか。タメグチでいいぞ、めんどくせえから」
年が離れているのにできるわけないし、慣れてない。
それに、まだそんなに仲がいいというわけでもないのに。
「あの、実は人見知りなんです。だから……」
「は? ウソつけ。今、普通に会話してんじゃねえか。それともなんだ、俺の前では平気とか言うなよな」
なんとなく、そんな気も。最初の電話は、しどろもどろになってしまったけど、そのあとはなぜか平気だった。
「たぶん、初めてここで会ったときの第一印象が、アレだったからかと」
「なるほど、イカす恰好だったからな!」と彼は、ガハハと笑った。そして、目を覆う間もなく服を脱ぎ出し、いつものシャツとパンツ姿に戻った。
「いきなり脱がないでくださいよ。明らかに変態ですよ」
私はフフッと笑った。この格好の方がしっくりくるような気がしてきた。
それに、彼の笑った顔と豪快な笑い声、愛嬌があってなんかいい。
「そうそう、そうやって笑ってればいい。おまえは笑うとかわい……」
と言いかけて、彼の表情が固まった。
次回は、俺の視点です。




