そのお願い、たぶん一人分のシフトじゃないです(2)
全4回構成の2回目です。
「ぶんしょうばん?」
「本来は、多人数の役目を割り振るためのものだ」
有瀬は銀の板を指で軽くたたく。
「厨房、洗濯、客間、書庫、使い走り。日ごとに要る仕事を札にし、誰の欄に載っておるかを見る」
「誰の欄に」
「命じる盤ではない。見落とした名を書き込む盤だ」
灯里は銀の板を見た。
正直、半分くらい分からない。
ただ、家の用事を並べて、誰が持っているか見るものだということだけは分かった。
「ええと……現代で言うと、スケジュール管理表、ですかね」
灯里は、自信のないまま言った。
悠真がまばたきする。
「スケジュール管理表、ですか?」
「はい。家の用事と担当者を、一枚で見えるようにする表、だと思ってください」
有瀬は満足そうにうなずいた。
「すけじゅーる、か。よい。時の欄も要る」
「その説明は増やさなくていいです」
悠真は銀の板を見つめた。
「そんなものが、あるんですか」
「壊れておる」
「壊れてるんですか!?」
灯里と悠真の声が重なった。
有瀬は平然としている。
「命令機能は死んだ。未来予測も鈍い。外部助力の探索欄はひびのせいで半分しか動かぬ」
「それ、だいぶ壊れてますよね」
「だが、今ある仕事を札にし、担当欄へ貼る機能は残っている。この相談には足る」
悠真の表情は、まだ不安そうだった。
有瀬が分掌盤を机に置いた。
銀の盤面に、手帳と家族LINEの光が映る。
白い紐がほどけた。
ほどけた紐は、空中で小さな札になる。
『祖母の通院』
『薬の受け取り』
『弟の夕食』
『洗濯』
『買い物』
『母への連絡』
『大学の授業』
『課題』
札の文字は、どれも現実のメモのように読めた。
だから余計に、灯里はぞっとした。
魔法で作られたのに、書いてある内容はまったく現実的だ。
分掌盤の上に、五つの欄が浮かぶ。
『悠真』
『母』
『弟』
『未割当』
『外に聞く』
最初の札が、悠真の欄へ吸い寄せられた。
次の札も。
その次も。
祖母の通院、薬の受け取り、弟の夕食、洗濯、買い物、母への連絡。
ほとんどの札が、何の迷いもなく悠真の欄へ貼りつく。
母の欄には、仕事を示す灰色の帯が長く伸びた。
弟の欄は、ほとんど空いている。
未割当の欄には、誰がするか決まっていない用事が残った。
外に聞く欄は、ひびの下で薄く光っているが、まだ何も書かれていない。
悠真は、声を出せなかった。
灯里も、すぐには言葉が出なかった。
分掌盤の端に、また一枚の札が生まれる。
『今日だけお願い』
その札は、当然のように悠真の欄へ飛んだ。
けれど、貼りつく直前、赤い光が弾けた。
札が跳ね返る。
分掌盤の中央に、赤い文字が浮かんだ。
『これ以上、悠真欄には貼れません』
相談所の中が、急に静かになった。
悠真は、その文字を見つめていた。
「僕の欄……いっぱいなんですね」
声は小さかった。
けれど、さっきまでの「自分が冷たいだけかもしれない」という声とは違っていた。
灯里は、胸の奥がぎゅっとした。
「はい。少なくとも、この一週間は」
悠真は赤い文字から目を離せないまま、少し遅れて息を吸った。
「それで、あの……今の、なんですか。家族LINEとか手帳とか、勝手に読んでるみたいに見えました」
灯里は、ものすごく正しい疑問だと思った。
実際、かなり怪しい。
説明すればするほど怪しい。
灯里は数秒だけ考えた。
「…AIです」
悠真がまばたきした。
有瀬もまばたきした。
「えーあい」
有瀬が小声で復唱する。
灯里は有瀬を見ないようにして続けた。
「家族の予定を読んで、家事タスクを見える化する試作品です」
灯里は、有瀬の方を見ないまま言い切った。
「そういうことにしてください」
「そういうことに……」
「正確な仕組みは私も分かりません」
灯里は、分掌盤の赤い文字を見た。
「でも、今は、家の用事を一人の頭の中から外に出すためのAIツール、と思ってください」
悠真は銀の板を見て、それから灯里を見た。
「AIって言えば、何でも通るんですか」
「通りません。でも、今は通します」
有瀬は、赤く光る分掌盤へ指を置いた。
「この盤は皆で見るものだ」
悠真の顔が上がる。
「みんなで、ですか」
「ここで見て終われば、またおぬしの胸の中だけに戻る。家の荷は、家の者が同じ盤で見よ」
悠真は、分掌盤を見た。
それから、自分のスマホを見た。
最後に、まだ赤く光っている「悠真欄」を見た。
「……これを、家族に見せるんですか」




