その炎上、たぶん正義だけじゃないです(2)
全3回の2回目です。燃え広がった通知から、最初に止める火元を探します。
燼導妖精アステルはスマホの上を走った。走ったと言っても、画面には触れていない。通知の上に重なる灰色の火を抜けて、赤い糸のような炎だけをつついていく。
一つ目は、比較画像だった。
完成した水上澪のイラストと、別の画像を重ねたもの。似ている部分だけが赤く囲われ、説明文は短く強い言葉ばかりだった。
二つ目は、その比較画像を最初に大きく広げた投稿。
三つ目は、澪の名前を使ったなりすましの謝罪文だった。
「私、こんなの書いてません」
澪の声が裏返った。
「申し訳ありません、反省しています、展示は辞退しますって。私のアイコンまで使ってる」
アステルは画面の端で跳ねた。
「赤いですす。ここ、火元に近いですす。名前札は食べないですす。燃えた順だけたどるですす」
「誰がやったかは分からない、ということですか」
澪が聞くと、アステルは真面目な顔をした。煤のかたまりなので、真面目な顔に見えた、というだけかもしれない。
「人間の名札、アステルのごはんじゃないですす」
有瀬玲が続けた。
「今止める火元は、人の名ではない。この比較画像と、偽の謝罪だ」
三枝灯里は手帳を開いた。
有瀬は、赤い火のそばを指で軽く示した。
「裁きも、名当てもせぬ。赤く残ったものを、札に写せ」
「違法かどうかや、誰がやったかは、ここでは調べない。いま残っているものを、相談先に見せられる形へ写す、という意味ですね」
灯里が確認すると、有瀬はうなずいた。
「アステルが赤く示したのは、比較画像、投稿のURL、投稿日時、なりすましアカウントのプロフィール、謝罪文の画面、ですよね」
「赤いですす。そこだけ、札にするですす」
有瀬が机の上の付箋を一枚押した。
付箋は勝手に動かなかったが、少しだけ震えて、澪のほうへずれた。
灯里はそれを見なかったふりして、ペンを渡した。
「この紙には、いま何を保存したかだけ書く、ということみたいです。感想は入れなくて大丈夫です」
「感想を入れたら、だめですか」
灯里は有瀬を見た。有瀬は、付箋の端を指で押さえたまま言った。
「札に涙を混ぜるな。読めなくなる」
「だめ、というより、あとで自分で読むのがしんどくなるからだと思います。事実のメモと、つらい気持ちは分ける、ということですね」
澪はペンを握った。手はまだ震えていたが、通知を開く指の動きよりは、ずっとゆっくりだった。
赤い火をいくつか机の上のメモに落とし込むと、澪はかばんからタブレットを出した。
「でも、トレースじゃないって、どう説明したらいいんでしょう。完成した絵だけ見たら、似ているって言われたら、もう」
タブレットには、展示予定の絵があった。夜の窓辺に立つ人物と、室内に沈む青い影。確かに、切り取られた一部分だけを見れば、別の絵と構図が似ているようにも見えた。
有瀬は絵をしばらく見た。
「結果は消えぬ。似て見える終点も消せぬ。だから道を添える」
「道」
灯里は、澪のタブレットに表示された制作フォルダを見た。
そこには、ラフや色指定、依頼時のやり取り、参考にした自分の写真、途中保存の画像、タイムラプスが順番に並んでいた。
「完成絵だけじゃなくて、どういう依頼で、どう作って、どの時点でどこまでできていたかを分ける、ということですか」
有瀬は満足げにうなずいた。
「火が食ったのは、経緯だ。結果だけが灰の中に立っている」
澪はタブレットを抱え直した。
「制作過程を出せば、証明になりますか」
灯里はすぐに答えず、有瀬を見た。
有瀬は首を横に振った。
「証明の印ではない。道しるべだ」
「証明になる、とまでは言えないみたいです。判断が必要なことは、専門の窓口や必要な相手に確認することになります。ただ、経緯を見せることで、少なくとも『完成絵だけを切り取られた状態』からは少し離れられる、ということだと思います」
「反論文じゃなくて」
「火の中へ投げるな。絵の隣に置け」
有瀬が言った。
灯里は少し考えてから、澪のほうを向いた。
「SNSに反論文として投げるより、展示で作品の見方として出す、ということだと思います。ラフや制作ノートの一部を、個人情報を隠して小さなパネルにする、みたいに」
澪は、スマホではなくタブレットの画面を見た。
「展示で、制作過程を見せる」
アステルが、澪のタブレットの端でくるりと回った。
「道は燃えにくいですす。足あとがあるですす」
「アステル、いいことを言っているんですが、言い方がずっと煤っぽいですね」
「煤の妖精ですす」
「それはそう」
澪が少しだけ笑った。
その笑いが消えないうちに、有瀬は立ち上がった。
「次は延焼先を見る」
「今からですか」
「燃え移った先は、机上にはない」
澪の表情がこわばった。
「舟窓に、行くんですか」
「おぬしが行く。われらは付き添うだけだ。作品の扱いを決めるのは、会場とおぬしだ」
灯里はすぐに補った。
「私たちが代わりに展示を続けてくださいって交渉するわけではありません。会場に届いたメールを保存してもらえるか、当日の連絡をどうするか、澪さんが話すのを整理するだけです」
澪は迷ったあと、帽子のつばを指で押さえた。
「行きます」




