そのお願い、たぶん一人分のシフトじゃないです(4)
全4回構成の最終回です。
その夜、悠真は家に帰った。
台所には、仕事帰りの母と、夕飯を待つ弟がいた。
悠真は布をほどき、分掌盤を食卓に置いた。
「今週の家の用事を、これで一緒に見たい」
母は怪訝な顔をした。
「何、それ」
弟も身を乗り出す。
「タブレット?」
悠真は、灯里の言葉を思い出した。
AIです。
今は通します。
「AIの家事見える化ツールらしい。一週間だけ試す」
母が「勝手に予定を読むの?」と聞く前に、分掌盤の面へ五つの欄が浮かんだ。
『悠真』
『母』
『弟』
『未割当』
『外に聞く』
今週の様々な予定が、次々と空中で札になる。
祖母の通院、薬の受け取り、洗濯、買い物、弟の夕食、母への連絡、学校と家の予定調整。
札の多くは、迷わず悠真の欄へ吸い寄せられた。
母の欄には仕事の札が重なり、弟の欄には空白が残った。
母が「明日の薬の受け取り」と言いかけた瞬間、その札も悠真の欄へ飛んだ。
けれど、貼りつく前に赤い光が弾ける。
『これ以上、悠真欄には貼れません』
台所が静かになった。
沈黙に耐えられず、弟がつぶやいた。
「え、これ、何?」
「AIらしい」
「AI…?AIってこんなのなんだっけ…」
母も弟も怪訝そうな顔で、赤い文字を見ていた。
「俺の欄、空白多くない?」
弟がつぶやく。とりあえずAIのことはOKらしい。
母は、薬の札を見たまま言った。
「こんなに、悠真は頑張ってたのね…」
その夜、弟は洗濯物を引き受けた。洗濯物の札が弟の欄に移動した。
母は薬局に連絡し、受け取り方を確認すると言った。薬の受け取りと書いた札が、「外に聞く」に移動した。
祖母の通院が消えたわけではない。
家が急に完璧に回るわけでもない。
けれど、「今日だけお願い」は、当然の決定ではなくなった。
家族で見る仕事札になった。
そのまま、一週間が過ぎた。
返却期限の日、悠真は分掌盤を相談所へ返しに来た。
悠真の目の下の疲れは、まだ残っている。
それでも、椅子に座ったときの背中は、最初に来た日より少しまっすぐだった。
「返却、ありがとうございます」
灯里が言うと、悠真は布に包んだ分掌盤を机に置いた。
「冷蔵庫に、普通の表を貼りました。悠真、母、弟、未割当、外に聞く、って欄を作って」
「普通の」
悠真は少し笑った。
「はい。僕の欄に貼る前に、一回止まるようにはなりました」
「家族を責めなくても、表にして見せるといいんですね」
「見えていないと、助ける側も気づけないからな」
有瀬はそう言うと真面目な顔で、分掌盤を棚へ戻した。
悠真は、棚に戻された分掌盤を見て、深く息をした。
「僕、家族を捨てたいわけじゃなかったんです」
「はい」
「でも、家族の一人だからって、全部僕の欄に貼らなくていいんですね」
灯里はうなずいた。
「それを、家族みんなで見れたのが大事なんだと思います」
悠真が帰ったあと、相談所は少し静かになった。
灯里は相談記録ノートに、今日の結果を書いた。
『家族仕事表を作成』
『冷蔵庫に掲示』
『未割当と外に聞く欄を残す』
書きながら、スマホが震えた。
大学からではなかった。
数週間前、学費のことで焦って求人検索をしていたとき、登録だけした高額バイト紹介アカウントだった。
『学生歓迎』
『今日だけ高額』
『本人確認だけ』
『荷物の受け取り確認』
灯里は最後の一文を見て、すぐに画面を伏せた。
「灯里」
有瀬の声がした。
灯里は顔を上げる。
有瀬は、何も聞かなかった。
ただ、分掌盤の棚の横に、小さな付箋を貼っていた。
『えーあい』
「それ、何ですか」
「現代の強力な説明札であろう」
「違います。少なくとも、貼って覚えるものじゃないです」
「ならば、口伝か」
「そういうことでもないです」
灯里はため息をついた。
けれど、伏せたスマホを表に戻すことはできなかった。
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