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狂った針は戻らない  作者: 暦海


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大切な話

 ――それから、二週間ほど経た10月中旬。



「……すみません、由良ゆら先生。卒然、呼び出してしまって」

「ううん、気にしないで。そもそも、まだ学校にいたからわざわざ来たわけでもないし」



 鮮やかな夕焼け照らす、ある放課後のこと。

 教壇の辺りにて、言葉の通り申し訳なさそうに告げる蒔野まきのさん。だけど、気にする必要なんてない。業務のため、まだ学校にいたのは事実だけど……それ以前に、蒔野さんからの呼び出しを嫌なんて思うはずないし。



 ともあれ、用件は大切な話があるとのこと。尤も、前回とは違い今回はこの呼び出し自体もある程度想定していて。と言うのも――ここ一週間ほど、彼女の様子が目に見えて違ったから。だから……こう言うと思い上がりになってしまうかもしれないけど、いつか話してくれるんじゃないかと心の準備はしていて。


 ……いや、もしかしたらあの時も目に見えて違ったのかもしれないけど……うん、だとしたら本当に申し訳な――



「――それで、早速本題なのですが……卒然、父が倒れてしまったんです」


「…………え?」






「――ありがとう、由良くん。こうして、わざわざお見舞いに来てくれて」

「いえ、どうかお気になさらず。それよりも……その、お身体の方は……」

「うん、もう随分と良くなってるよ。心配をかけて申し訳ないね、由良くん」

「……そうですか、それは本当に良かったです」


 それから、およそ40分後。

 地元の総合病院、その一室にて。

 そう、穏やかな微笑で話すのは丸眼鏡の似合う知的な男性。そして、その雰囲気は僕のよく知る女子生徒と何処か重なるものがあって……うん、回りくどい説明なんていらないよね。彼は、蒔野哲徒(てつと)――僕の大切な教え子たる、蒔野有栖(ありす)のお父さまで。



 さて、これまた説明不要かとは思うけど――あのお話の後、僕らはこうして一緒に彼のお見舞いに来ているわけで。



「ところで、折角の機会だし言っておこうかな。有栖をいつも良くしてくれてありがとう、由良くん」

「あっ、いえとんでもないです! その、僕の方こそまき……いえ、有栖さんには本当にいつも助けてもらっていて……なので、感謝を伝えるべきなのは僕の方で……その、ありがとうございます、お父さま」

「ふふっ、僕は何もしていないけどね」



 僕には勿体ないお言葉に慌て――それでも、彼の目を見つめ感謝を告げる。すると、少し可笑しそうに微笑むお父さま。……うん、その表情も何処か蒔野さんと重なって――


 その後も、しばし和やかなやり取りを交わし病室を後にする僕ら。すると、ふとお父さまから柔らかな仕草で呼び止められる。蒔野さんではなく、僕一人だけを。


 ともあれ、彼女に一言断りを入れ再びお父さまの下へと向かう。そして、先ほどの柔らかな――それでいて、甚く申し訳なさそうな微笑でゆっくり言葉を紡ぐ。



「――君には、本当に苦労をかけてしまうけれど……どうか、有栖のことをお願いします」






「――改めてですが、今日はありがとうございます由良先生。父も喜んでいました」

「……喜んでくれて、いたのかな?」

「ええ、これでも親子ですからそのくらいは容易に分かります」

「……そっか、それなら良かった」


 もうすっかり暗くなった帰り道。

 そう、柔和に微笑み話す蒔野さん。気を遣ってくれている……うん、というわけでもなさそうかな。……そっか、それなら良かった。



「わざわざ送っていただきありがとうございます、由良先生。それでは、また明日」



 その後、暫くして蒔野家に到着。そして、扉の前で丁寧に感謝を告げる蒔野さん。うん、また明日――そう答え、軽く手を振り再び夜道を歩いて行く僕。



 ――そう、本来ならきっと。



「――ねえ、蒔野さん。僕の勘違いだったら申し訳ないけど……まだ、話したいことがあるんじゃないかな?」



 そう、じっとしたまま尋ねる。そんな、なんとも唐突な僕の問いに対し――



「……やはり、気付いていたのですね」


 そう、淡く微笑み答える蒔野さん。その言葉からも察せられるように、そこに驚いた様子はない。むしろ、尋ねられるのを待っていたという印象さえ窺えて。……まあ、流石に僕でも気付かないはずもない、何故なら――



「――由良先生」



 ポツリ、僕の名を呼ぶ蒔野さん。そして、ガチャリと鍵を開き扉を開ける。そして――



「――卒然ですが、上がっていただけませんか? お話は、家中なかで致します」






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