久谷彩香
「……それで、三夜連続で逢瀬が続けば結婚成立。新郎は新婦の両親と対面することとなり、その際に三日夜の餅という――」
それから、数日経て。
三限目、壇上にて生徒達を見渡しつつ授業を進めていく。有り難いことに、多くの子達が耳を傾けてくれているように思う。もちろん、それは本当に有り難いのだけど――
「――どうかした? 先生。なんかキョドってるけど」
「あ、いや……ごめん」
一人の生徒から指摘を受け、面映ゆく謝意を口にする僕。キョドってるとは、僕が急にさっと顔を逸らしたことを言っているのだろう。尤も、流石に誰から、までは気付いてないと思うけど。
もう一度、チラと視線を向ける。廊下側の、前から二番目の席へと。すると、何とも楽しそうな笑顔を浮かべたままの蒔野さんの姿が……うん、なんか恥ずかしい。
……ところで、それはそれとして――
「……あの、久谷さん。その……大丈夫かい?」
その日の放課後のこと。
廊下にて、一人で歩を進める久谷さんへ控えめに問い掛ける。すると、少し間があった後――
「……あははっ、なにそれ先生。急にそんなこと聞かれて、なんて答えたら良いの? 私」
「そ、そうだよね……うん、ごめん」
そう、パッと振り返り笑顔で答える久谷さん。……まあ、それはそうだよね。……だけど、この笑顔から判断しても、やはり以前の彼女とは――
「……ううん、分かってる。私のこと、気に掛けてくれてるんだよね? でも、大丈夫だよ。ありがと先生」
「……あ、いや、そんな……」
「じゃあ先生、また明日!」
「あ、うん、また明日……」
すると、感謝の意を告げた後、別れの挨拶と共にさっと手を振り去って行く久谷さん。そして、たどたどしく答えつつ彼女の背中を見送る僕。
……さて、どうするべきか。大丈夫と言っていたものの、このまま放っておくわけにもいかない。だけど、現時点で僕に何が出来……うん、教師としては情けないんだろうけど、ここは頼ってみようかな。
「――おや、久谷さんのことがたいそう気になると。それはそれは、是非とも詳しく理由をお聞かせ願いたいものですね、由良先生?」
「……あ、いや、その……」
翌日、昼休みのこと。
屋上のベンチにて、僕の問いに満面の笑みで尋ね返す蒔野さん。だけど、心做しか瞳が笑っていない気が……うん、何処かで……それも、わりと最近見たような笑顔で――
『――あの、蒔野さん。ちょっと、久谷さんのことが気になってて――』
これが、つい先ほど僕が掛けた問いなのだけど……うん、言ってから気付いた。流石に、言い方がまずかったなと。
「……なるほど、そういう事情ですか。確かに、以前とは些か様子が異なるようですね。尤も、ご存知の通り私には一ヶ月の空白があったのでその期間に関しては何も申せませんが」
「うん、そうなんだよね。それで、蒔野さんならなにか分かるかな、なんて思って」
それから、数分経て。
僕の話を聞き終えた後、納得といった表情でそう口にする蒔野さん。彼女の言うように、久谷さんの様子が以前とは違う――具体的には、以前にはほとんど見受けられなかった暗い表情を見ることが、ここ最近多くなった気がして……いや、単に僕がちゃんと見てなかっただけかもしれないけど。そもそも、今だってちゃんと見ているなんて自信を持っては言い難いし。
ただ、それにしても……やっぱり、気付いていたんだね。それも、一ヶ月も休んでいたはずなのに……やっぱりすごいなあ、蒔野さんは。
ただ、それはそれとして……今更ながら、この問いは無神経だったのではないだろうか。それは……まあ、そういう理由もあるけれど……そもそも、それ以前に久谷さんは――
「……先生が今、何を懸念なさっているのかおおかた察しているつもりです。ですが、ご心配には及びません。私としてはむしろ、今となっては彼女に感謝しても良いくらいなのですから」
「……蒔野さん」
「……ですが、ご期待に添えず申し訳ありません。様子が異なることまでは察せても、その理由までは今のところ判然とは……」
「……そっか。ううん、こちらこそごめんね。それと、ありがとう蒔野さん」
すると、僕の懸念に対しては穏やかな――そして、僕の問いに対しては言葉の通り申し訳なさそうな微笑で答える蒔野さん。でも、当然ながら彼女が申し訳なく思う必要なんて何一つないんだけどね。
ところで、それはそれとして……感謝、か。やっぱり気付いてたんだね、蒔野さん。まあ、それでもあのことをそんなふうに言えるのは本当に凄いと思うけど。
「……ところで、由良先生。その、色々とありがとうございます」
「ん? 急にどうしたの蒔野さん?」
すると、食事を終えた辺りで不意にそう口にする蒔野さん。まあ、その色々というのは流石に察せられるけれど……でも、どうして今――
「……それで、お礼……というわけでもないし、お礼だとしても全然足りないと承知していますが……その、もし宜しければ、お弁当を……」
「……蒔野さん」
そう、目を逸らしつつ話す蒔野さん。心做しか、その白い頰が染まっているように見受けられて。
……まあ、流石に分かる。彼女が、何を言おうとしているのか。なので――
「……うん、ありがとう蒔野さん。楽しみにしてるね」
「……っ!! はい、是非!」
そう答えると、パッと弾けた笑顔でそう口にする蒔野さん。お礼なんていらない……と言うか、そもそも僕の方こそ彼女に感謝してるくらいなんだけど……でも、ここで断るのもそれはそれで違うと思うし……それに、本当に楽しみだしね。




