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外伝2:Moments/03

 願い事は一つだけ。

 あなたに想いを寄せることを、許して欲しい。



「……藤原さん、昨日より落ち込んでどうしたんですか?」

 翌日昼過ぎ、今度は薫が通う大学構内にて。

 昼食を買うために立ち寄った大学近くのコンビニですっかり生気をなくして茫然自失の千佳を発見した薫が、とりあえず話を聞こうと思って「彼」を大学図書館近くのベンチへ誘い、缶コーヒーを手渡しながら先ほどの質問。

 まだ2限目の途中なので、周辺に人はほとんど見当たらない。薫の授業は昼からなので、午前中大学にいる都と一緒に昼食を食べようということになり、この場所で落ち合うことになっているのだ。

 その途中で出会った千佳は、両手で缶コーヒーを包みながら、世界の終わりが来たとでも言わんばかりの表情でうつむき、重苦しいため息をつくばかりである。

「俺に話せないことかもしれませんけど、そこまであからさまに落ち込んでると余計心配ですよ」

 ごもっともな薫の意見に、千佳は苦笑を浮かべながら顔を上げて、

「新谷君があたしの心配をしてくれるなんて、ありがたいなぁ。都ちゃんに浮気とか思われても、責任取らないからね?」

「俺も藤原さんには随分話を聞いてもらいましたから。これでも一応、感謝してるんですよ?」

 綺麗な顔で真っ直ぐに言い返され、思わず、気張っていた肩の力が抜けた。

「新谷君は、さ」

「何ですか?」

 聞いてみよう。これは多分、彼にしか聞けない質問事項。

「その……都ちゃんを無理やり抱いたことって、ある?」


 想定外の質問に、薫は膝の上においた自分のコーヒーをひっくり返しそうになる。


「……ちょ……ちょっと待ってください藤原さん。もしかして、昨日……」

「まぁ、何というか、そのー……未遂ではあるけど、ね」

 思い出すだけで、深いため息をつくしかない。

 どうしてあんなことになってしまったのか、どれだけ自分を叱責しても時間は戻らない。

 結局昨日、あれから……二人が一線を越えることはなかったのだが。

 真雪の怯えたような表情と、目じりに浮かんだ確かな涙、そして……。

「千佳、やだ……私、こんなの……嫌……」

 震えながら呟いた、彼女の拒否を表す言葉。

 それらが千佳の暴走を止める抑止力として働き、結果として二人の関係に未曾有の気まずさをもたらした。

 一夜明けた今日も、まだ、真雪とまともに会話をしていない。出来ない。

 ただ、薫にこんなことを聞いても無意味であるように思う。

 薫と都の良好すぎる関係と、何よりも薫の性格を考えて……彼が無理やり彼女を組み伏せる姿など、想像できないのが正直なところだ。

 ただ、

「俺は……ありますよ。未遂じゃない方」

 ぽつりと呟いた彼の言葉に、軽く目を見開いてしまった。

「まぁ、実は……初回も結構似たようなことになってしまったんですけど……でも、最近、それよりも都を傷つけるようなことを、俺がやらかしてしまったんです」

「新谷君が?」

 自嘲気味に続く意外な告白に顔を上げて彼を見つめる。薫はそのときのことを思い出したのか、複雑な表情で言葉を続けた。

「宮田……都に好意を持ってた奴のことは知ってますよね? 俺がそのとき、すっかり余裕なくしてて……俺は都のことが好きだから一緒にいる、そう思っていても、彼女の口から聞いても、信じられなくて」

 それはまだ、遠くない過去のエピソード。

 薫が都に二度目の告白をして、林檎との関係にも一応の決着をつけることで終幕した物語。

「あの時の俺は、最低でしたよ。都が嫌がらないのをいいことに、自分をつなぎとめるために彼女を利用したんです」


「……薫。私は薫のこと、大好きだよ」

 泣きながら呟いた彼女の表情は、まだ、鮮明に残っている。


「俺は、沢城都が好きです」

 結局残ったのは、シンプルな感情だけ。


「俺は都に嫌われて当然のことをしたのに……都は俺の間違いを指摘して、抱きしめてくれた。我慢しなくていい、無理しなくてもいいって……その言葉にどれだけ救われたのか、今はまだ本人には伝えませんけど、いつか、俺が同等のものを返せるようになったら、ちゃんと伝えます」


 今はまだ、彼女の側にいることしか出来ないかもしれないけど。

 でもいつか、彼女の全てを支えられるように。


「上田さんさんもきっと、都と同じなんだと思いますよ」

「真雪が?」

「藤原さんが自分らしく生きていけるように、支えてくれている。それって絶対、相手のことを好きじゃないと出来ないことだと思うんです。

 ……話、してみたらどうですか? 俺が言うのは簡単だけど、俺も都と話すことで救われてきた種類の人間なので、この方法は結構お勧めです」

 綺麗な顔で笑う彼には、前とは違う自信があった。

 一瞬見とれた千佳は、すぐに表情を崩してため息をつき、

「まさか、新谷君にアドバイスされる日が来るとはねー……」

 残っていた缶コーヒーを飲み干して、一度、空を見上げる。

 流れる雲は、世界が動いている証拠。同じところに留まり続けられない、そろそろ……結論を出して、次に進まなくてはならない。進みたい。

 そんな気がして、無意識のうちに空き缶を握り締めた。

「少しでも参考になればと思ってますよ。それに――」

「――薫!」

 瞬間、正面から手を振って駆け寄ってくる都に気がついた薫が、同じく手を上げて彼女に合図を送る。

「授業が思いのほか早く終わって……って、千佳さんまで、どうしたんですか?」

 二人の前に立った都が、交互に見比べて首をかしげる。

 千佳は改めて、彼女を――都を見つめてみた。

 飾り気のない服装に、特別整ったわけでもない容姿。一般的といってしまえばそれだけなのだが、彼女を見つけた瞬間に頬を緩めた薫の姿を見れば、彼が彼女を溺愛していることなど一目瞭然。

 ただ、彼女にそれだけの価値があることは、千佳も何となく分かっていた。都の正直な、自分の思ったことをそのまま口に出す性格は、時に偏見を恐れた自分を驚かせ、上っ面しか見られなかった薫の心を掴んで離さないのだから。

「都ちゃん心配しないでね。新谷君と浮気してたわけじゃないから」

「心配してません。今日は真雪さんと一緒じゃないんですね」

「あらつれない。真雪は今日、朝から図書館で缶詰。レポートが終わらないんだってさ」

 軽口を叩きつつ、親指で後ろにある図書館を指差す千佳は、釈然としなかった感情が綺麗な水になって流れていく、そんな気になっていた。

 多分、今なら……きっと、大丈夫。

「じゃあ、邪魔者は退散しますかっ!」

 勢いよく立ち上がり、都に場所を譲る千佳。話の展開についていけなくてきょとんとする都の肩を叩きながら、すれ違いざまに、

「新谷君、結構野獣なんだねー☆ 都ちゃんもこれ以上教われないように、気をつけてね♪」

「はいぃっ!?」

 聞こえなかった薫は疑問符を浮かべ、心当たりのある都は赤面して千佳を睨み。

 そして、

「……話、か」

 二人が何やら言い合っている喧騒を背中で聞きながら、記憶の糸を手繰り寄せ、

「真雪とまともに話したのは、いつだったけな」

 出会った頃、時間が許す限り語り合ったことを思い返しては、口元を緩めてしまう千佳なのだった。


 夕方、結局一日図書館にいた真雪は、少し疲れた表情で自動ドアをくぐった。

 周囲に人影はなく、点在する研究室からもれる明かりが妙に眩しい。

 ……正直、今日はほとんど集中できなかった。昨晩のことが鮮明に残っていて、思い返すたびに混乱してしまう。

 千佳の真意が分からない。「彼」の症状は完全に回復した? だから、誰でもいいから欲求不満を解消したかった?

 「彼女」の笑顔がフラッシュバックしては、昨日の表情に切り替わっていく。


「……だから言っただろ? あんまり近づかないほうがいいと思うって」

 普段より低い声と、引き締められた表情。

 「彼」の手が触れるたびに緊張した。心臓の音が外にもれているんじゃないかって思うくらい、頭の中で激しく響く。

 自分の知らない「彼」が目の前にいて、怖かった。

 今の関係を崩してしまうことが、怖かった。

 ……「彼」に流されてしまいそうになる自分が、流されても構わないと思った自分が、怖かった。


「何を今更怖がっているかしら。覚悟なんて……とっくの昔に決めたと思ってたのにね」

 ぽつりと自嘲気味に呟いてから、資料などが入っているトートバックを持ち直して、家に帰ろうと一歩踏み出した瞬間、


「――真雪っ」


 図書館前のベンチ――昼間、薫と話していた場所――に座っていた千佳が、真雪の姿を発見して駆け寄ってきた。

「千佳? どうしたの? 今日、バイトじゃ……」

「いや、違う。今日はバイトじゃないから、だから……」

 千佳は一度呼吸を整えると、真っ直ぐに真雪を見つめて、

「あたしの……いや、違うな。俺の話、聞いてほしいんだ」

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