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外伝2:Moments/04

 キミがこれ以上、怖い思いをすることがないように。

 私が側で、支え続けよう。



 無言で自室に戻ってきた二人は、そのままダイニングテーブルに向かい合って座った。

 昨日の今日で、いきなり平常心で接することが出来るわけではない。だから多少、空気が普段よりも気まずくなってしまうけど。

「あのさ、真雪……あたし、真雪にはすっごく感謝してるんだ」

 一度呼吸を整えて切り出した千佳の言葉と笑顔に、構えていた真雪の方が面食らってしまう。

「真雪がいたから、あの時、真雪があたしを受け入れてくれたから……あたしはここまで頑張ることが出来た。

 本当に、真雪と出会えたことには感謝してる。上田真雪っていう理解者に出会えたことが、あたしの人生の大きな転換点だったことに違いないんだ」

 何も信じられなかった自分を、ここまで引き上げてくれた。

 それは間違いなく、千佳の理解者が真雪だったから。

「でも、いつまでも真雪の優しさに甘えるわけにはいかない。あたしは自分で問題を解決しなくちゃならないんだ」

 強い決意を秘めて断言する千佳に、今まで黙っていた真雪が口を開く。

「……これから、どうするの?」

「とりあえず勉強して、専門学校かな。まぁ、金が足りないから、もうしばらくフリーターだけど」

「千佳が勉強? 想像できないわ」

「ふふん、本気になったあたしは凄いわよ」

 腰に手を当てて胸を張る千佳に、真雪は苦笑で嘆息しながら、



「――あ……」



 涙が、こぼれた。



 役目が終わった、その表現が正しいのかどうか分からない。

 だけど、千佳はようやく未来へ向けて大きな一歩を踏み出そうとしているのだ。

 私が手伝えるのは、ここまで。ココから先は彼女の――いや、「彼」の根性が試される。だけど、もう、心配要らないだろう。

 だから、余計、


 笑顔で「頑張ってね」って、言ってあげたいのに。


「ごめ……なさい。どうして、涙なんか……」

 溢れて止まらない涙は、真雪を余計に混乱させていく。

「どうして……かしらねっ……嬉しいはずなのに、千佳に……がんばって、って……言って、あげたいのに……っ!」

 ただ、真雪にはこの涙の理由が分かっていた。

 放っておけない危うさを持っていた親友を支えるつもりが、いつの間にか支えられていて。いつも自分の近くにいて、自分に笑顔を向けてくれた親友がいなくなるかもしれない、その事実が怖いんだ。

 初めて自分を理解してくれた人が、いなくなる。

 ――大好きな人が、私の前からいなくなってしまう。

「偉いよ、千佳は……ちゃんと、向き合ってたんだね。もう、私がいなくても……大丈夫、なんだね」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔をタオルで覆いながら、真雪はずっと、あることを考えていた。

 千佳は、真雪がいなくても大丈夫になったかもしれないけど。

 ――私は、どうだろう。


「……うん、「あたし」は、もう、真雪がいなくても大丈夫だよ」

 千佳の落ち着いた声が、真雪には死刑宣告のように思えた。

 嬉しいことなのに、真っ先に喜びたいのに。

 願望と反比例するように、胸が、締め付けられていく。

 ――私は、もう、千佳がいなくなることなんか考えたくないんだよ?

 大声で叫びたい思いを必死に自制した。ここで千佳の足かせになりたくない。自分の我侭な感情で、千佳を振り回したりはしたくない。

 タオルを握る両手に力がこもる。膨らみすぎた想いを、制御できない。


「――でも、「俺」は、真雪がいなくちゃ生きていけないんだ」


 声は不意に、真後ろから聞こえてきた。


 いつの間にか真雪の背後に移動していた千佳が、びくりと肩を震わせた彼女を包み込むように抱きしめる。

「ち、か……?」

「前に言ったことがあるよね? 真雪以外なんかいらない、あたしは、真雪がいてくれればそれでいい……って」

 それは、千佳が真雪に対する想いを自覚した瞬間のこと。

 その日から、千佳は……世界を恐れず、自分の足で踏み出すことを決めた。

「それは嘘じゃない。藤原千佳にとって、上田真雪は……誰よりも大切で、尊敬できる人間だから」

 あの時差し伸べてくれた手が、今の千佳の始まりだった。

 あの手を握り返した勇気は、今でも自分の誇りだから。

「白状すれば、最近は特に……真雪とどう接すればいいのか分からなかった。真雪の優しさに甘えていいのかって葛藤もあったけど、でも、それ以上に……真雪、すっげー無防備だからさ」

「……え?」

「新谷君の気持ちが分かるよ。新谷君が都ちゃんを独占したいみたいに……俺も、真雪を独占したいって思うようになったんだ」

 瞬間、抱きしめている真雪が息をのんだのが分かった。千佳はあえてそれを無視して、もう少しだけ腕に力を込めて、彼女に密着してから、

「昨日のことは……俺の忍耐力不足が招いた結果だから、謝るよ。だけど、誰でもいいわけじゃないことは知ってて欲しい」

 拒絶されたのは堪えたけど、だけどそれは自業自得。

 だから、今度は順番を間違えないように。

 自分の現状を彼女に告げてから、今後の決意を聞いてもらおう。

「要するに、俺は……真雪に惚れてて、真雪が欲しくて、独占したくてたまらなくなってるんだよ」

「……!」

「だけど、真雪を傷つけたくない。これ以上怖がらせたくないから、俺、しばらくこの部屋から――」


「――勝手なこと、言わないでよ」

 刹那、顔からタオルを離した真雪が、落ち着いた口調で呟く。


「何、一人で……勝手に私の結論を決めたような言い方してるの? 私はまだ、千佳に対して何も言ってないわ」

 少しだけ語気を強くして、千佳が反論できないようにした。

「それに……私のこと、勘違いしてるんじゃない?」

「勘違い……?」

「そうよ、だって……だって、私は……っ!」

 一旦制御できたと思った感情が、ボロボロとこぼれていく。

 驚きとか、嬉しさとか、悲しさとか……色々な想いが交じり合っては、更に真雪を混乱させようとするけど。

 その中で残る、たった一つの想いがある。

 だって、上田真雪は、

「千佳と一緒にいたいって……思ってるのよ? 同居人でもいい、親友でもいい、理解者でもいい……どんな形でもいいから、千佳の側にいたいって思ってるのよ!!」

 正直な想いを叫んだ瞬間、今度は千佳が息をのんだのが分かった。

 彼の笑顔を守るためなら、何だって出来る。

 ――彼が幸せになってくれれば、たとえ同じ時を過ごせなくても後悔しない、そう、思っていたけど。

 でも結局、笑顔をくれたのは千佳。

 側にいて欲しいと、心から願っている。

「お願いだから……いなくなる、とか……そんなこと言わないでよ。この世界で、私を……一人に、しないで……っ……!」

 最初はただ、仲間を見つけて嬉しいだけだった。

 世間が見てくれない、理解してくれない「本当の自分」を知っている、秘密を共有した仲間。飾らずに何でも言い合える関係が、肩肘をはって生きてきた真雪に本当の柔らかさを与えていく。

「初めて、だったの……「親が自分を決めることにならない」って言われたこと……。嬉しかった、私は、父さんや母さんのオマケじゃないんだって、やっと、認められたような気がしてっ……!」

 「立派な娘さん」の前置きが、「ご両親に似て」という枕詞。

 その言葉に違和感を感じ始めたのは、いつ頃からだっただろうか。

 その言葉に嫌悪感を抱き始めて、そんな自分が嫌いになりそうだったのは……千佳と出会う少しだけ前のこと。

 だけど結局、それ以上深く気にしないで生きていけるようになれたのは、押しつぶしてきた想いが爆発する前に、ガス抜きすることが出来たからだ。

「千佳は、私の話し相手になってくれた。誰にもいえなかったことを聞いてくれた、それだけで……すごく、嬉しかったの。好きになるのに時間はかからなかったけど、私の想いを伝えたら、千佳は混乱すると思って……千佳、優しいから、絶対悩んじゃうって……そう、思って……」

 涙が止まらなくて、再びタオルで顔を覆った。

 千佳はゆっくり真雪から離れると、そのまま隣にある椅子に座って彼女のほうへ体を向けてから、ガタガタと椅子を近づける。

「真雪、俺の方向いて?」

「ダメよ……こんな顔、見られたく、ない……」

「いいから。でないと、実力行使に出るしかないかな」

 冗談半分で彼女のタオルを握ると、真雪がおずおずとタオルを下にずらして、

「……絶対、変な顔よ」

 上目で、千佳を見つめる。

「大丈夫。それはそれで貴重だから」

 いたずらな千佳の笑顔に促されるように、残った涙を拭きながら真雪がタオルを取り去った瞬間、


「まーゆきっ」

「え? あ……」


 名前を呼ばれて、反射的に彼の方を見た。

 千佳が立ち上がって中腰になり、気がつけば重なる影。それは、今まで支えあってきた二人の絆をより強固にするおまじない。



 思っていることは、きっと、互いに同じだったのだ。

 二人で顔を見合わせて、自然と笑顔になり……心の中で同じ言葉を繰り返しながら、もう一度、唇を重ねる。

 「キミがこれ以上、我慢して、傷つくことがありませんように」



 伸ばしていた髪を切って、過去の自分と決別した――真雪と出会った当初の自分に戻って、今度は真雪の「親友」ではなく、「彼氏」として側にいられるようになりたい。

 そんな千佳の願いは、案外早く叶いそうだけれど。

 でも、ここで終わりじゃない。むしろ、始まりはココから。


 ただ、

「真雪、今夜は……」

「私が貸してるスカートやブラウスたちを返してくれたら、喜んで千佳の部屋に遊びに行くわ」

「……へ?」

「あら、難しいことは何も言ってないじゃない。まさか、どこに片付けたのか分からないとか、あまつさえ破れたので捨てちゃいましたとか、そんなこと言い出したりしないわよね?」

 至近距離から隙のない笑顔で尋ねる真雪と、急に顔が引きつって空笑いになる千佳。

 ……そういえば昨日、バイトへ行く途中に、路上駐輪していた自転車に……。

「あ、あのさ、真雪……」

「大丈夫よ、千佳。もうすぐバイトの給料日でしょう?」

「いや、それは確かに大丈夫かもしれないけどっ!」

 言い訳を考えては自滅していく、真雪はそんな彼の様子を見つめながら、

「……大好きよ」

「へ? 何?」

「大丈夫って言ったのよ。倍返しなんて最初から期待してないから」

 この言葉は、まだ、もう少しだけ秘密にして。

 真雪はすっかり立場をなくした千佳を見つめながら、いつ頃買い物に連れ出してやろうかと考えて……頬を緩めるのだった。

『君がもうこれ以上 二度とこわいものを 見なくてすむのなら 僕は何にでもなろう』(浜崎あゆみ/Moments)


当時、この曲をずーっと聞きながら書いていました。千佳と真雪の関係は、互いを思いすぎて、大切にしすぎて、距離感を見失ってしまった2人。お互いのためなら頑張れるけど、相手を困らせたくないから現状維持……そんな関係だったと思います。

本作はとにかくキャラ先行、キャラの個性を際立たせることに全力投球だったので、良い意味で振り切っているなぁと思います。今の私なら千佳に『性同一性障害』なんて設定は入れないだろうなぁ……。

執筆した当時から20年近く経過しての再録です。手直しを始めると別物になるので、本編には手を加えていません。読み返していて新鮮でした。

さて、次なる外伝は、奈々の話を再録します。久々に読み返して「……いい話だな!!」と思ったとか。本作を更新する際は、自動更新の時刻を23時に設定していますので、そう遠くないうちに、夜も更けてきた頃にアップされると思います。見かけましたら、よろしくお願いいたします。

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