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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第89話:選ばれし魂、拒まれし理


「スキルで生み出せるようになった……だとォ?」

「お母さん、どういうこと?」


 全員の視線が私へと向けられる。

 ビルの光が揺れ、逆さまの街の影が床に落ちる中、私は思わず視線を床へ落とした。

 逃げ出したい気持ちはあった。でも、視線は落とさなかった。

 指先が小刻みに震えているのを、自分でも分かっていた。


「え、えっと……こんな感じ……です」


 かすれるような声が落ちた瞬間、私の手に、何の前触れもなく妖刀が現れた。

 詠唱も印もない。ただ"在る"というだけで、周囲の空気がざわめく。


 刀身は漆黒。

 夜の深淵をそのまま鍛え上げたかのような刃は光を拒み、あたりの輝きを吸い込んでいく。

 まるで空間そのものが刀に引き寄せられ、わずかに歪んでいるようだった。


 刃文は存在せず、鎺元に浮かぶ黒い痣のような模様だけが、時折赤黒く脈打つ。

 その脈動は、まるで刀が呼吸しているかのようで、不気味な生命感を放っていた。


 柄を握る手が震える。

 黒革に包まれた柄からは、冷たい金属の感触と共に、心臓の鼓動のような微かな震えが伝わってくる。

 それが私自身の鼓動なのか、刀のものなのか、判別できないほどだった。


「うわ!?」


 ケビンさんが思わず声を上げ、半歩後ずさった。

 その気持ちは、分かる。

 私自身も、呼び出すたびにどきりとする。


「だ、大丈夫……なの?」


 メグーちゃんが静かに問いかけてくれた。

 銀の瞳に、年齢に似合わぬ思慮と、ほんのわずかな不安が揺れている。


 私は小さく頷いた。


「う、うん……」


 声はか細いけれど、確かにそう感じていた。

 次の瞬間、私の手の中の刀は、音もなく霧のように消え去った。


「言うこと……ちゃんと聞いてくれる……」


「……」


 オーグさんが腕を組んだまま、黙って刀のあった場所を見ている。

 何かを考えているのか、ただ飲み込もうとしているのか、その顔からは読めなかった。


 私は皆の反応に怯えながらも、勇気を振り絞って口を開いた。


「こ、この……剣?ううん、刀は……えっと、農民のスキルとは別で」


「農民の新しいスキルってわけじゃねェのか?」


「ち、違うんです」


 私は慌てて首を横に振る。

 声が上ずり、余計に動揺しているのが自分でも分かった。


「そ、そうではなくてですね……えっと……信じてもらえないかわかりませんが……」


 その言葉に、メグーちゃんが一歩前へ出る。

 銀の髪が揺れ、逆さまの街の光を受けて淡く輝いた。


「お母さんの言うことが真実よ。もしお母さんの言葉が事実と違うなら、それは真実の方が間違っているわ」


「え?」


 私は目を見開いた。メグーちゃんの声音には、揺るぎない確信がある。


「……疑う理由はないです。アニーさん、続けてください」


 ケビンさんが落ち着いた声で促してくれた。


「わ、分かりました……えっと、農民のスキルではなく、まったく……別のスキル……です」


 ケビンさんの眉がさらに寄り、目が鋭くなった。


「まさか、ロールに関係のないスキルということですか?」


「は、はい……そうみたいです」


 沈黙が、場に落ちた。


「……第2のロールってことかァ?」


 オーグさんが静かに呟く。


「ひ、人が2つ以上のロールを持つなんて……聞いたこと、ないですよ」


 ケビンさんの声は荒げていたわけじゃなかった。

 むしろ、低く、震えていた。

 私は思わず顔を上げた。

 彼の顔が、青白くなっていた。

 刀が出た瞬間から、ずっとそうだったのかもしれない。


「……ケビンさん」


「す、すみません。ただ……」


 言葉が途切れた。

 ケビンさんが言えなかった続きが、分かった気がした。

 怖い、と言えなかっただけで、怖いんだと思う。

 あの刀が私の手の中にあること。それそのものが。


「……私も、怖いです」


 声が出た。

 小さかったけど、ちゃんと届いた。


「え……」


「あの刀、怖いです。でも……言うことは、聞いてくれるから」


 ケビンさんが、少しだけ、息を吐いた。


「おう……第2のロールってわけじゃねェんだろォ?」


 オーグさんが静かに話を戻す。


「は、はい……ロール……というよりも、こ、この刀のスキルだけ……単独である感じ……です」


「つまり、農民のロールと、刀を生み出すスキルを別々に所持しているってことか」


「はい!そ、それです!」


「まァ、それなら、ただのスキルってこったなァ、ビビる必要はねェな」


 ケビンさんの顔から、さっきまでの青白さが引いていた。

 オーグさんは未だ腕を組んだままだったけれど、その目に険はなかった。

 メグーちゃんが小さく息を吐いて、静かに微笑む。


 怖かった。

 でも、指先の震えが少しだけ、収まった気がした。


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