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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第85話:沈黙の街、蠢く影


 夜が明けた。

 焼け焦げた血と魔力の残滓が、まだ衣の繊維に染みついている。

 仲間たちは朝の光の中で目を覚まし、昨夜のことを少しずつ確かめ合うように口を開いた。

 誰も直接は言わなかったが、言葉にできない違和感が、じわじわと胸の奥を侵していた。


「……昨日の魔物たち、やっぱり、どこか普通じゃありませんでしたね」


 ケビンさんが、恐る恐る口を開いた。

 声はかすれていたが、その一言が、皆の胸に巣食っていた不安を明確な形にした。


「牛鬼も土蜘蛛も、あんな魔物は見たことがねェ。ありゃァ普通の魔物じゃなかったぜェ。……アニーが言ってた霧の魔物も、だがよ」


 オーグさんが唸るように言い放つ。


「……そうね。あの子たちの気配、歪んでいたわ。まるで鏡を捻じ曲げたみたいに、あるべき形じゃなかった」


 メグーちゃんが静かに続けた。


「魔力の波と言えば良いのかしら、それが他の魔物とは明らかに違っていたわ」


 メグーちゃんの言葉に、私は思わず顔を上げた。


「メグーちゃん、魔力の波が見えるの?」

「うん。私がコンテクストマジックを使う時もね。その波に指示するのよ」

「魔力に……波なんてあるんですね」


 ケビンさんの声には、驚きと羨望が混じっていた。


「おう、ケビン、おめェ、魔法を使うくせによォ、うんなこともしらねェーのか?」


 オーグさんの嘲笑に、ケビンさんは肩をすくめて俯いた。


「そ……それは……すみません」


 ケビンさんはしゅんと首を縮めた。

 私はそれを見て、少し話を変えようと口を開く。


「メグーちゃんが魔法を使う時、魔力の波と塊を意識するの?」

「うん、それは同じ」


 メグーちゃんがさらりと答える。

 ケビンさんが目を瞬かせた。


「か、塊?」


「魔法使いの塾頭から聞いたことがある。詠唱ってのァ、言葉の意味に応じた魔力の波を乗せて、空気中の塊を動かすためのもんだってな」


 オーグさんが腕を組みながら言う。


「発する言葉に、その意味に応じた魔力の波が宿る。その波を空気中に漂っている波に乗せて、塊を動かすことで魔法が発動する、ってことだろォ」


 初めて聞く説明だった。

 詠唱がただの呪文ではなく、魔力を乗せる"型"だとすれば——農民スキルの詠唱も、同じ理屈なのだろうか。


「なるほど……詠唱にはそんな意味があったんですね」

「まァ、それが魔名になってくると、さらにややこしくなるらしいがな」


 その瞬間だった。


 メグーちゃんがピタリと足を止めた。

 銀の髪が風に揺れ、瞳が鋭く細められる。


「……空気が変わった」


 私は反射的に足を止めた。

 視線を足元に落とすと、石畳に黒ずんだ何かがこびりついている。

 血ではない。苔でもない。

 まるで地面そのものが病んでいるかのような、赤黒く滲んだ染みだった。


「……見て」


 メグーちゃんが指差した先、崩れかけた壁の陰に、小さな動物の死骸が横たわっていた。


 毛並みは黒く変色し、目は空洞のように落ちくぼみ、口元には赤黒い泡が固まっている。

 まるで内側から腐り落ちたような、異様な死に様だった。


「……なんだ、こりゃ」


 オーグさんの声が低く沈んだ。


「この辺だけ……空気が変」


「はい……そ、それは、僕にもわかります」


 ケビンさんの声は震え、その肩が小刻みに揺れていた。


 皆が歩みを止めていた。


(程度の低い連中)


 その言葉が、頭の中に浮かんだ。


 ……え。


 自分でも驚いた。そんな言葉、私は絶対に思わない。

 でも確かに、誰かがそう言った気がした。頭の奥から。


 足が、勝手に動いていた。


「アニー!?待てェ!!」


 オーグさんの叫びが響く。

 でも、止まれなかった。

 いや、止まりたくなかった──どちらなのかも、自分では分からなかった。


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