↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
PR
81/282

第81話:森と海の声を食む


 牛鬼と土蜘蛛の討伐を終えた後、一行は高層ビルの一角に身を寄せた。


 テーブルの上には埃ひとつなく、床には磨き上げられた木目が柔らかく光を返している。

 まるで、ついさっきまで誰かがいたかのような、あるいは誰かが来るのを待っているかのような、整然とした静けさが漂っていた。


 壁際には観葉植物が並び、棚には色とりどりのカップや豆の瓶が整然と並べられている。

 どこか都会的で洗練された空間だったが、今はその全てが、深い夜の帳に包まれていた。


 人工太陽は、つい先ほど静かにその光を落とし、今はただ黒い輪郭だけを残して沈黙している。

 屋内を照らしているのは、各テーブルに置かれた燭台の炎だけだった。

 ゆらゆらと揺れる橙色の光が、木の壁や椅子の影を長く引き、まるで空間そのものが呼吸しているかのように、静かに揺れていた。


 その光の中で、メグーちゃんが椅子に腰を下ろした。

 銀の髪が燭台の炎に照らされ、ゆらりと揺れる。

 感情の波を押し殺したまま、目の前に置かれた一皿に視線を落としていた。


(何の匂いだろう)


 ふわりと立ち上る湯気が、湿った土の匂いと、朝露に濡れた山の空気を運んでくる。

 カンラ樹の実の甘く痺れる香り、ミドリ霧粉の青く澄んだ苦味──それらが複雑に絡み合い、どこか懐かしく、けれど異界の気配を孕んでいた。


 メグーちゃんは無言で箸を取り、苔に覆われた脚肉をそっと摘まむ。

 蒸気でほぐれた繊維が、老木の年輪のように柔らかそうに見えた。

 口に含んだ瞬間、彼女の表情がわずかに緩む。


「……静かで、強い」


 その言葉は、まるで自分自身に向けた呟きのようだった。銀の瞳が、わずかに揺れる。


「……これは、ただの料理じゃない。森の声がする」


 誰かが息を呑んだ気配がした。私も、思わず自分の手を見つめた。

 この食材たちは、私のスキルで生み出したもの。

 その食材が、こういう言葉を引き出すのか──と、何かが胸の奥でじわりと広がる感覚があった。


 メグーちゃんがゆっくりと顔を上げ、ケビンさんに目を向けた。

 彼の手元から、次の料理がそっと卓上に置かれる。

 深紅に染まった煮汁の中で、黒く艶めく肉塊が静かに揺れていた。


 メグーちゃんは無言で箸を取り、肉の一片をすくい上げる。

 煮汁の底には砕かれた甲羅の破片が沈み、そこから滲み出た出汁が、料理全体に濃厚な旨味を与えているのだろう。


「……これは、怒っている」


 その声は低く、けれど確かな響きを持っていた。銀の瞳が、煮汁の奥をじっと見つめる。


 添えられた黒いソースを肉に絡めると、メグーちゃんの表情が少し変わった。

 怒りが鎮まるような、深く澄んだ静けさが、彼女の目に宿る。


「……深い。これは、海の声がする」


 彼女は箸を置き、そっと目を閉じた。


「ごちそうさまでした」


 その言葉に、私もケビンさんもほっとした。


 でも、少し遅れて、胸の奥がずんと重くなった。


 あの戦いの途中で、私は気を失っていた。

 どのくらいの間かも分からない。

 目が覚めた時には、二体の魔物はまだ生きていて、仲間たちが戦い続けていた。

 それだけは分かっていた。


(私がいない間も、戦っていてくれた)


 みんなは何も言わなかった。

 責めることも、心配そうな顔を見せることも、ほとんどしなかった。

 それが、余計に胸に刺さる。


 足を引っ張った。

 倒れた。

 それでも、先を進めてもらえた。


(ごめんなさい)


 心の中で、そう呟いていた。

 声にはならなかった。できなかった。

 ありがとうも、ごめんなさいも、まだ上手く言葉にできない気がして。


「そういえば、あの魔物達、生み出せるようになったんですか?」


 ケビンさんの問いに、私はスキル一覧を確認した。


「は、はい……確かに載っていますが、天龍の3倍ぐらい……クールタイムが長いです」

「それは……気を引き締めていかないといけませんね」


 ケビンさんが眉をひそめる。クールタイムがどのくらいの脅威度を示しているのかは分からない。

 でも、あの二体がどれほど強かったかは、私の体がまだ覚えている。


 その時だった。


(——程度の低い。これが我の器か)


 ぼんやりと、そんな声が聞こえた気がした。

 外からではない。頭の奥の、深いところから。

 誰かの声だろうか——と思う間もなく、掻き消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。