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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第80話:見抜く瞳、轟く雷


 ──時はわずかに遡る。


 アニーとオーグが牛鬼と対峙していたその頃、高層ビルに囲まれた交差点に、二つの影が立っていた。


 ケビン、メグー。

 彼らの息は荒く、衣服は泥と返り血にまみれ、戦いの激しさを物語っている。


 その視線の先に、土蜘蛛の巨体があった。

 黒曜石のように艶やかな胴体が、ぐらりと揺れる。

 地鳴りのような音が交差点に響き渡り、空気が一瞬、凍りついた。


「た、倒せました!?」


 ケビンが戸惑いの声を上げたその瞬間、メグーが静かに呟いた。


「……見て」


 土蜘蛛の胴体の裂け目から、ぬるりと何かが這い出してくる。


 最初は一匹、次に二匹。

 やがて、数えきれないほどの小型の土蜘蛛たちが、地を這いながら広がっていった。


 苔と泥にまみれたその姿は、まるで地そのものが命を持って蠢いているかのようだった。

 アスファルトの隙間から湧き出すように、無数の脚が交差点を覆っていく。


「な、なんだ!これ……!」


 ケビンの喉がひゅうひゅうと鳴り、心臓の鼓動が耳の奥で爆音のように響く。

 冷たい汗が背筋を伝い、足元がぐらつく。


「分体……」


 メグーの声は、静かでありながら鋭かった。

 銀の瞳が、群れを成して迫る分体たちを冷徹に見つめている。


 彼女の表情には焦りも恐れもない。

 ただ、観察者としての静謐な集中があった。

 まるで、戦場の喧騒が彼女だけを避けているかのように。


「ど、どんどん溢れてきますよ!」


 ケビンの声は、恐怖と焦燥に満ちていた。


 数の暴力。

 それが、土蜘蛛の真の恐ろしさだった。


「いくわよ!燃えろ!」


 炎が群れを包んだ。

 正面の分体が一瞬で燃え上がり、焦げた煙が交差点に立ち込める。

 だが、その炎をくぐり抜けるように、新たな分体たちが這い出してきた。

 倒しても、倒しても、終わりが見えない。


 ケビンは震える手を胸の前に突き出し、必死に声を張り上げる。


「放て閃光!鳴らせ雷鳴!轟け!!サンダーボルト!!」


 雷撃が放たれ、前列の分体を吹き飛ばす。

 閃光が夜を裂き、轟音がビルの谷間に反響する。

 土煙が舞い上がり、その中から、返り血を浴びた分体たちが雪崩のように迫ってくる。


「と、止まらない!?」

「手を止めないで!!」

「はい!!」


 雷と炎が交互に交差点を裂く。

 轟音、閃光、焦げた煙。

 それでも分体は増え続け、屍の上を踏み越えて押し寄せてくる。


 ケビンの呼吸が乱れ始めた。

 魔力を注ぎ込むたびに腕が震え、詠唱の声に焦りが滲む。

 メグーの表情にも、わずかな陰りが見え始めていた。


 そのときだった。

 メグーが一歩、前に出た。


 戦場の中心に立ち、分体たちの動きをじっと見つめる。

 彼女の呼吸は浅くも深くもない。

 まるで、世界のすべてを見通すかのような静けさだった。


「……あれ」


 小さく呟かれたその一言に、ケビンははっとして振り向いた。


「え?」


 彼の声には戸惑いが滲んでいた。

 戦いの緊張と恐怖の中で、思考は鈍り、目の前の状況を理解しきれずにいた。


「右から三番目。あれだけ、他の個体から守られている」


 メグーの銀の瞳が、群れの中の一体を射抜くように見つめていた。

 その視線は鋭く、冷たく、まるで獲物を見定める鷹のようだった。


「ど、どういうことですか!?」


 ケビンの声が裏返る。

 焦りと混乱が入り混じり、胸の奥がざわつく。

 彼はただ、何かをしなければという衝動に駆られていたが、何をすべきかが分からない。

 その不安が、言葉となって口を突いて出た。


「うるさいわね!説明なんかしている暇はないわ!」


 メグーの語気が鋭くなる。

 だが、それは怒りではなく、緊迫した状況を打破するための一喝だった。


 彼女の中には、確信があった。

 今、迷っている時間はない。

 判断が一瞬でも遅れれば、全員が飲み込まれる。


「え、えっと!?」


 ケビンは一瞬たじろぐ。

 だが、メグーの言葉に込められた緊張感が、彼の中の何かを揺さぶった。

 恐怖に縛られていた心が、少しずつ解けていく。


「良いから!あれ!魔法!」


 その叫びは、命令ではなく信頼だった。


「は、はい!」


 ケビンは震える声で返事した。胸の奥に、小さな炎が灯る。その熱が手に魔力を集めさせた。

 雷鳴の詠唱が、戦場に新たな希望の音を響かせた。


「天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!ヴォルト・ストライク!!」


 詠唱が終わると同時に、雷の矢が放たれる。

 メグーが指差した分体に命中し、轟音が大地を揺るがす。

 閃光の中で、その個体は木っ端微塵に砕け散った。


「と、止まった?」


 ケビンが呟いた時、目の前の分体の群れはその動きをぴたりと止めていた。


「その時、仲間がやられても無関心だった子蜘蛛が、あの子蜘蛛だけ守るように庇ったのよ」


 メグーの声は冷静だったが、その瞳には確かな確信が宿っていた。

 まるで戦場の中で真実だけを見抜く目を持っているかのように。


「なるほど……よく気付けましたね」


 ケビンは感嘆の声を漏らす。

 自分には到底見抜けなかったことを、彼女は静かに見抜いていた。

 ただそれだけで、十分だった。


「ええ、どうなることかと思ったけれど、結果オーライね」


 メグーは肩をすくめながらも、口元にわずかな笑みを浮かべる。

 その言葉には皮肉が混じっていたが、どこか安心したような柔らかさもあった。


「そ、それよりも!アニーさん達の応援に向かいましょう!」


 ケビンが話題を変えるように声を張り上げる。

 声は上ずっていたが、目には決意があった。


「それなら大丈夫よ」


 メグーがぽつりと呟く。


「え?」


 ケビンが目を見開くと、メグーは静かに道路の向こうを指差した。


「お母さん達は牛鬼を倒したみたい」


 その言葉と同時に、夜の闇を裂くように、アニーとオーグの姿が街灯の下に現れた。

 二人の姿を見つけた瞬間、ケビンの胸に溜まっていた緊張がふっとほどけ、思わず息を吐いた。


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