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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第78話:瓦礫の空で踊る影


 最初に戻ってきたのは、痛みだった。


 頭の奥が鈍く疼く。

 後頭部から首筋にかけて、熱を帯びた重さが広がっている。

 石畳の冷たさが頬に触れていて、そこで初めて自分が倒れていたと気がついた。


 体を起こそうとしたが、腕が言うことを聞かない。

 視界がぐらぐらと揺れ、上と下の区別がつかない。


(私は……何があったんだろう)


 爆風か。吹き飛ばされた。足を引っかけて転がった。頭を打った。

 記憶がそこで途切れている。


 世界が音を取り戻した。


 耳をつんざくような咆哮が空を裂く。

 直後、巨大な何かが激突する振動が地面を通じて伝わってくる。

 崩れていくビルの音。

 鉄骨が軋み、ガラスが砕ける音。


「な、なんだァ!?仲間割れか!?」


 オーグさんの驚きの声が聞こえた。

 しばらくして、混乱した轟音が遠ざかる。


 体を引き起こして、ようやく目を開けた。

 二体の魔物が絡み合いながら瓦礫の中へと沈んでいくところだった。


 腕に力を入れ、膝を使って、なんとか立ち上がる。

 足元がまだふらつく。それでも、立てた。


 オーグさんがこちらを見ていた。

 険しい顔に、僅かな安堵が混じっている。


「大丈夫かァ、チンチクリン!」


「ご心配をおかけ……しました」


 顔が熱くなった。

 心配させてしまったことの申し訳なさと、心配された嬉しさだろうか。


「まだよ!上!」


 メグーちゃんの鋭い声が空気を裂く。

 見上げると、空中に浮かぶ牛鬼がいた。

 その瞳は地獄の業火のように燃え上がり、怒りと殺意を滾らせていた。


「来るぞ!構えろォ!!」


 オーグさんが拳を握りしめながら前に出る。


「メグーはよォ!土蜘蛛を警戒してくれェ!」


「その必要はなさそうよ」


 メグーちゃんの言葉と同時に、崩れた瓦礫の山が爆ぜ、土蜘蛛の巨体が飛び出してきた。

 その黒曜石のような胴体には、牛鬼の突進による凹みが生々しく刻まれている。

 だが、その目は怒りに燃え、向かう先は私たちではなく、空に浮かぶ牛鬼だった。


 牛鬼が再び咆哮を上げる。

 だが、土蜘蛛はそれを無視するかのように突進する。

 まるで、牛鬼の攻撃を裏切りと受け取ったかのように。


「怖い魔法ね……」


 メグーちゃんが小さく呟いた。


 牛鬼は土蜘蛛に向かって何かを伝えようと咆哮するが、土蜘蛛は応じない。

 その口から放たれた糸が、まるで高圧水流のような勢いで牛鬼を襲う。


 寸前で顔を逸らした牛鬼の頬に、緑の血が滲む。

 背後の高層ビルに糸が斜めに走り、次の瞬間、轟音と共に崩れ落ちた。


 牛鬼の瞳が私たちから土蜘蛛へと向けられる。

 甲羅から伸びる無数の触手が鋭く変化し、まるで生き物のようにうねりながら土蜘蛛へと襲いかかる。


 土蜘蛛は空中で一回転し、触手をかわすと同時に糸を吐き出し、高層ビルの壁に付着させる。

 糸を立て続けに吐き、ビルの間を縫うようにしなやかに、そして不気味に移動していく。


「……い、今の内に、逃げられますかね」


 ケビンさんの声には希望と不安が入り混じっていた。

 だが、オーグさんが首を横に振る。


「……背後を見せた瞬間によォ、俺達に標的を変えるかもしれねェ」


 私はその会話を聞きながら、二体の魔物が睨み合う空を見上げていた。

 このまま、どちらかが倒れるまで待つしかないのだろうか。


「……見てください!」


 ケビンさんが低く呟いた。

 瓦礫の影から、地を揺るがすような重々しい足音が響き始める。


「こ、こっちに向かってきます……!」


 ケビンさんの声が震える。

 だが、その視線は別の方向を見据えていた。


「……牛鬼がいねェ」


 その一言が、場の空気を凍らせた。

 空にいたはずの、あの禍々しき巨影が、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。


「どこにいきやがったァ」


 その瞬間、オーグさんの足元の空間が波打ち、音もなく裂けた。

 そこから現れたのは、ねじれた双角と、血のように赤く爛々と輝く瞳──牛鬼。

 怒りと殺意を孕んだその眼差しが、真っ直ぐにオーグさんを射抜く。


「オーグさん、危ないっ!!」


 声が出ていた。

 だが間に合わない。


 牛鬼の拳がオーグさんを直撃した。

 轟音。

 巨体が弾き飛ばされ、石造りのビルの壁に激突する。


「オーグさん!!」


 足が動いていた。

 壁に激突したオーグさんの元へ、瓦礫を踏み越えながら走り寄る。


「オーグさん、立てますか!」


「……ハッ、余裕だァ」


 口端から血を滲ませながらも、オーグさんは壁を手で押してゆっくりと体を起こした。

 その逞しさに安堵したのも束の間、足音が迫ってくる。


「アニーさん!」


 ケビンさんが駆け寄ろうとした瞬間、メグーちゃんの腕が横に伸びてそれを遮った。


「私達は、こっちよ」


 その眼差しは既に、瓦礫の向こうへと向いていた。

 地響きが近づいている。土蜘蛛だ。

 牛鬼との激突で傷を負いながらも、その巨体はまだ健在だった。


「……わかりました」


 ケビンさんが静かに頷き、メグーちゃんの隣に立つ。


 ──私はオーグさんの肩を支えながら、牛鬼へと向き直った。


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