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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第77話:空間を裂くもの、地を揺るがすもの


 建物の扉が、音もなく開いた。

 円筒状の都市を吹き抜ける風が、冷たく乾いた空気を連れてくる。

 金属と古い石の匂いが混ざり合い、肌を刺すように鼻腔を撫でた。


 遠くでは上下逆さまに吊るされた街の灯りが揺れ、歪んだ影が壁に長く伸びている。

 どこかで時間がずれているような、世界の縫い目がほころびかけているような気配があった。


 私は一歩遅れて、仲間の背中に隠れるように進んだ。

 胸の奥が小さく震え、足先まで冷たさが伝わる。

 呼吸が浅くなり、鼓動が耳の奥で固く鳴る。

 目の端に映る仲間たちの表情が、いつもより硬く見えた。


「……魔物ね」


 メグーちゃんの一言が、空気を裂いた。全員の背筋が伸び、緊張が走る。


 オーグさんは唸るように鼻を鳴らし、拳を握りしめた。

 ケビンさんは恐怖に震えながらも、仲間の背中に隠れることなく周囲を見渡していた。


 私は唇を噛み、唾を飲み込む。

 前髪の奥で揺れる瞳は怯えに満ちていたけれど、その場に踏みとどまっていた。


 交差点の中心で、空間がぽっかりと裂け、まるで世界の縫い目がほどけたように、そこだけが重力も時間も拒絶しているかのようだった。

 沈黙を破るように、空間が震え、ガラスのように砕け散る。


「……空間を操る魔物」


 メグーちゃんが面倒そうに呟いた。


 砕けた空間の裂け目から、黒く節くれだった巨大な蜘蛛の脚がゆっくりと這い出す。

 やがて、土蜘蛛がその全貌を現した。


 八本の脚は、樹齢千年の老木の根のように太く、地を這うたびに地鳴りが響く。

 苔と土に覆われたその脚は、山が意思を持って動き出したかのような威容を放っていた。

 胴体は黒曜石のように艶やかで、背には無数の目が並んでいる。

 顔にはかすかに人の面影が残り、裂けた口元からは鋭い牙が覗いた。


 白銀の糸が空中の石畳に絡みつき、都市の空を蜘蛛の巣のように覆っていく。


「で、でけェな……おい」


 オーグさんが思わず声を漏らす。

 普段は豪胆な彼の声に、わずかな震えが混じっていた。


「地龍……いえ、天龍をも上回る魔物よ」


 土蜘蛛の顔がオーグさんに似ていることに気づいたが、さすがに誰もツッコミを入れる余裕がない。


「え、天龍よりも……ええぇぇぇっ!?」


 ケビンさんの叫びが交差点に響く。


「メグーちゃん」


 私は震える声で名を呼びながら、空を指した。

 さっきから視界の端に引っかかっていたものが、どうしても気になっていた。


「お母さん?どうしたの?」

「……あ、あっちの……魔物も?」

「え?」


 メグーちゃんが空を見上げた瞬間、空間が再び震えた。

 轟音が響き、交差点の端のビルの階段が崩れ落ちる。

 その瓦礫の向こうから、もう一体の魔物が姿を現した。


 牛鬼──それは、人と獣と妖が交わった、禍々しき異形の存在だった。

 濡れた岩肌のように黒く光る巨体が、地を踏みしめるたびに地面が軋む。

 頭部は牛のような形をしていたが、異様に大きな目が赤く爛々と輝き、ねじれた角が鋭く天を突いている。

 その咆哮は雷鳴のごとく空気を震わせ、私の心臓を鷲掴みにするような恐怖をもたらした。


「そうね。あっちの魔物も同じぐらい脅威かしら」


 メグーちゃんが、どこか諦めたような様子で呟いた。


 土蜘蛛と牛鬼──二体の巨獣が交差点を挟んで、まるで睨み合うように立ちはだかっていた。

 空は血のように赤黒く染まり、人工太陽の光さえ魔の気配にかき消されていた。


「分断されるぞ、気をつけろ!」


 オーグさんの怒鳴り声が鋭く空を裂いた。


 その瞬間、土蜘蛛が動いた。

 八本の脚が石畳を砕きながら跳ね上がり、白銀の糸を放った。

 糸は空中で鋭く弧を描き、まるで死神の鎌のように私とケビンさんの頭上へと迫った。


(躱せない──盾を出す!)


「大地の堅き鱗と、深淵より芽吹く命よ……壁となれ、盾壁草たてかべぐさ!」


 とっさに生み出した盾壁草が私とケビンの前に展開した。

 だが、盾は小さく、一本は防げても、側面から別の糸が襲いかかってきた。


「アニーさん!こっちへ!」


 ケビンさんが叫びながら私の腕を引いた。


蔓糸草つるいとぐさ──!」


 私は反射的に蔓を射出した。

 近くのビルの外壁に刺さり、張力で横へ引っ張られる。

 ケビンさんを引き寄せながら、二人で糸の弾道から外れた。


「今です!ケビンさん!」


「は、はい!ヴォルト・ストライク!!」


 ケビンさんが雷を放った。

 土蜘蛛の前脚に命中したが、ほとんど弾かれてしまった。

 それでも一瞬、土蜘蛛の動きが鈍った。


「退いてろォ!!チンチクリン!!アンポンタン!」


 オーグさんの怒声が響き、赤い巨体が宙を舞った。

 振り上げた拳が残った糸を叩き落とし、火花のような魔力の残滓が宙に散った。

 だが、その一瞬の隙を突くように、牛鬼が咆哮と共に突進した。


「おらァ!!」


 オーグさんは一歩も退かず、大きく拳を振りかぶった。

 牛鬼の角が目前に迫った刹那、全力の拳が真正面から叩き込まれた。


 爆風が交差点を包み込んだ。

 轟音と共に瓦礫が宙を舞い──


「きゃっ!!!」


 吹き飛ばされた。

 何かに足を引っかけて転がり、頭が硬い壁を打った。

 そこで、意識が途切れた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「アニーさん!!!」


 ケビンは咄嗟にアニーを庇いながら転がった。

 震える手で彼女を抱き寄せるが、アニーは意識を失っている。


「大丈夫ですか?」


 返事はなかった。


「ボケっとしてんじゃねェ!戦闘中だぞォ!」


 オーグの怒声が飛び、ケビンが慌てて立ち上がろうとした瞬間、無表情のままメグーが彼の背中を蹴り飛ばした。


「ぐえっ!!」


 ケビンのいた場所に牛鬼の巨脚が振り下ろされる。

 石畳が砕け、破片が四散する。

 牛鬼が再び跳躍し、気絶したアニーに向かって急降下する。


「間に合わん!!」

「うぉらァ!!」


 オーグが石畳の破片を投げつけるが、土蜘蛛の吐いた糸がそれを阻む。

 絶望が迫る中──


「時の神よ、我が声に応えよ。運命の歯車を砕き、世界を凍てつかせよ!テンペスト・クロック!!」


 ケビンの叫びと共に、世界が静寂に包まれた。

 風も音も止まり、時間が凍りついた。


「アニーさん!!」


 ケビンは停止した世界を駆け抜け、アニーの元へと膝をつく。

 だが──


「う……うぅ……」


 アニーがうめき声を上げる。

 時間停止の影響を受けていない。

 ケビンの目が見開かれた。


「流石はお母さんね」

「メグーさん!?」


 振り返ると、メグーが静かに佇んでいた。

 彼女も、時間停止の影響を受けていない。

 止まった時の中、平然としていることにケビンは驚きを隠せないでいた。


「それで、どれぐらい時間を停止できるのかしら?」


 メグーは、そんなケビンの驚きを他所に尋ねる。


「あと……1分ぐらいですね」

「そう」


「……迂闊にお母さんを動かすと……時間停止の魔法のこと、勘づかれるわね」

「でも、この場からアニーさんを動かす以外に……回避方法はなさそうですよ」


 ケビンの言葉に、メグーは空を見上げる。


「牛鬼の位置を動かしましょう」

「どうするんですか?」


「こう……クイっと角度を変えれば、土蜘蛛に向かうようにできるわ」


 メグーはジェスチャーでケビンに伝えるが、彼女の意図は明確だ。


「……なるほど、同士討ちさせるんですね」


 メグーとケビンが頷き合うと、2人はさっそく行動を開始した。


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