第76話:スキルの境界と、信頼の証
「……人を相手にスキルを使えるのは最初からでした」
ケビンは、まるで胸の奥にしまっていた秘密をそっと取り出すように、静かに口を開いた。
窓から差し込む人工太陽の光が彼の顔を照らし、影が頬に落ちる。
視線はメグーの銀の瞳を避けるように、廊下にある絨毯の模様を見つめていた。
「僕のスキルは……生きているものには使えないんです。でも、人だけは例外でした」
その言葉に、メグーのまつげがわずかに揺れた。
彼女は感情を表に出すことは少ないが、興味を持ったときの沈黙には、独特の重みがある。
「使ったことがあるのかしら?」
その問いは、まるで水面に落ちた一滴のように静かだったが、ケビンの心には波紋を広げた。
「い、いえ!そ、そんな恐ろしいことできません!」
彼の声が裏返る。
肩が小さく震え、両手は膝の上でぎこちなく握られている。
スキルで人をアイテム換えることの本質を深く理解していないケビンであるが、それがどれほど背徳的で、取り返しのつかないことかは察していた。
ケビンのスキルは、植物や魔物の亡骸をアイテムに変換するものだ。
そして、そのアイテムはメグーが食せるものとなる。
人が食事を必要とするのが異質なこの世界で、その言葉の意味をあまり理解していないケビンだが、自分のスキルを人に使ったら、その人がどうなるのかは流石に見当がついていた。
「でも、どうして気付いたんですか?」
ケビンの問いに、メグーは一瞬だけ天井を見上げた。
「勘かしらね」
「勘……ですか」
「ケビンがスキルを使うときに……ううん、スキルが使えると教えてくれる時、いつも間があった。それが不思議だったの」
メグーの声は淡々としていたが、その観察眼の鋭さは、まるで鋭利な刃のようだった。
「そ、それは……アニーさんと同じで、みんなに見えないリストが出るんです。そこにアイテムに変換できるものが一覧で出るんですが……候補が多いと、その中から探すのが大変なんです。多分、その探すときの間だったのかもしれません」
ケビンは言いながら、視線を泳がせた。
自分の説明が稚拙ではないかと不安になりながらも、懸命に言葉を紡ぐ。
「そう。でも、私も、そこまでわかっていてカマをかけたわけじゃないわ」
「……でも、流石ですね」
ケビンの声には、尊敬とわずかな畏怖が混じっていた。
メグーの冷静な判断力と鋭い洞察は、これまで幾度も彼らを危機から救ってきた。
「スキルが人に使えることは、皆には黙っていて」
メグーの声は、夜風のように静かだったが、確かな意志が込められていた。
「……分かりました。万が一……勘違いじゃなかった時の……ためにですね」
ケビンはうつむきながら答えた。その横顔には、どこか影が差していた。
メグーは何も言わず、ただ小さく頷いた。
その仕草には、彼の不安を受け止める静かな優しさがあった。
「……メグーさんは、どうして、僕に話してくれたんですか?僕が……その……敵かもしれないと思わなかったんですか?」
「思わないわ」
「ど、どうして?」
「お母さんを、身を挺して守ってくれたこと、あったでしょ」
「はい」
その記憶が蘇る。
あのとき、恐怖に震えながらも、ケビンは体を張ってアニーを守った。
自分でも信じられないほどの勇気が、あの瞬間だけは湧き上がっていた。
「私はお母さんの味方だもの。お母さんを助けてくれたなら、ケビンも味方ね」
メグーの言葉は、理屈ではなく、感情の芯から発せられていた。
「ははは……分かりやすくて良いですね」
「ええ」
ふたりの間に、わずかながらも温かな空気が流れた。
「……アニーさんは何者なんでしょうか」
「どういう意味?」
「僕の……このスキル……アニーさんとメグーさんは対象に選べないんです」
その言葉に、メグーの瞳がわずかに細められる。
「……私には何者かって聞かないのね?」
「メグーさんは、何だか不思議なのがしっくりくるので」
ケビンの言葉に、メグーはふっと微笑んだ。
「どういう意味か聞かないでおいてあげるわ……でも、お母さんにもスキルが使えないこと、そんなに不思議でもないと思うのだけれど」
「……そうですか?僕には普通の……女性に見えます」
「あの扉をお母さんが開けた直後で、よく普通の女性と言えるわね。ま、サプ何とか権限を持っているって魔力音声が言っていたから、そういうことなんでしょうけど」
「サプ……何とか権限ですか」
「普通の人よりも偉いってことね。流石はお母さんだわ」
「あははは……」




