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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第73話:終焉の合図


「ふん!」


 メグーちゃんのライダーキックが魔物の顔面に炸裂する。

 ……はずだった。


 車輪がわずかに沈んだ。

 蹴りの軌道をくぐり抜けるように、ほんの一拍だけ。

 メグーちゃんの足が空気を断ち切り、何も捉えないまま振り抜かれた。


 着地の衝撃で膝が折れかけるのを、彼女は体幹だけで堪える。

 一瞬、無防備な背中が晒された。


 追撃は来なかった。

 車輪が左へ方向を変え、オーグさんへと突進した。

 石畳が軋み、衝撃で空気が裂ける。


「うらァ!!舐めてんじャねェぞ!!俺様から倒そうってかァ!?」


 オーグさんが車輪の正面に立ち塞がった。

 両腕を広げ、全身で受け止める構えを取る。

 踏ん張った足元の石畳に、じわりとひびが入った。


 私はじっと魔物を見つめた。

 炎の揺らぎに目を凝らすと、そこに規則めいたリズムがあるように感じられた。

 種を蒔くとき、芽吹く前の一瞬に葉先が震えるような、あの微かな波動に似ている。

 揺らぎは偶然ではなく、何かが次の動きを告げているようだった。


 車輪の回転が一段跳ね上がった。

 押し返すように炎が弾け、オーグさんの体が石畳の上を滑る。

 次の瞬間、車輪は真上へと浮き上がり、円筒都市の天井近くで弧を描いた。

 そのまま角度を変え、再びオーグさんへと狙いを定めて急降下する。


 炎が、ふっと揺れた。

 体が反応するより先に、私は確信した。

 次は左に来る。


「オーグさん!右に!!」


 オーグさんが咄嗟に跳んだ。

 車輪が掠め、石畳を抉る。


 着地したオーグさんが振り返り、眼を剥いた。


「今の……なんで分かったんだァ!?」


 問いは短く、しかし重い。


「あの魔物は時間を巻き戻すたびに、前の記憶を使って先手を取っています。私は……すべてじゃないですけど、覚えています」


「なんだァ、そりャ!?」


「次、来るわよ!!」


 車輪が一直線に迫る。

 炎が尾を引き、石畳を焦がしながら勢いを増した。


「バリア!!」


 透明な壁が空間に張られた。

 車輪がそこへ激突し、炎と衝撃が四方に散る。

 結界は揺れたが、砕けなかった。

 弾き返された反動で、車輪は再び空へと舞い上がる。


「じゃあ、予測してよォ!先に動けるってことかァ!?」


 オーグさんの声には焦りが混ざっている。


「でも——揺らぎは私にも見えます。それが、あの魔物の次の動きを教えてくれています」


 静かに説明した。


「逆手にとるのね。でも、時を戻されるのを止めない限り、突破口はないわよ。それはどうするの?」


「——揺らぎの瞬間に合わせて攻撃すれば、あの炎の防御を崩せる」


 車輪が旋回し、角度を変えて急降下した。

 さっきより速い。


「天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!雷矢──ヴォルト・ストライク!!」


 横合いから雷光が走った。

 ケビンさんが詠唱を終えるより早く、車輪がすでに上昇を始めていた。

 雷矢は石畳を貫き、空白だけを焼いた。

 まるでケビンさんが撃つことを、最初から知っていたかのような動きだった。


「やりましょう。私たちならできるわ。お母さん、合図だけお願い」

「おう!任せるぜェ……チンチクリン!」


「分かりました。揺らぎが来たら、私が合図します」


「いくわよ!」


 メグーちゃんが前に出た。

 彼女の背筋には覚悟が宿り、銀の瞳が仲間たちを一瞥する。


 魔物が唸り声を上げ、炎を燃え上がらせる。

 炎が大きく揺れ——私の感覚は右を告げた。


「右!!」

「おうッ!」


 炎の奔流が石畳に叩きつけられた。


 車輪の中央で、苦悶に歪んだ顔が揺れた。

 初めて、その動きが止まった。

 勢いが殺され、回転が鈍る。


(ここから先は、和入道も知らない未来)


「風と天空の支配者よ!我を阻む風を律せよ!風律──ウインド・アルゲンタビス!!」


 突風が車輪を包み、地から引き剥がすように押し上げた。

 宙に浮いた魔物の炎が、大きく揺れる。

 さっきとは違う揺れ方だった。


 乱れた、というより——切り替わる寸前の、あの一瞬の波動に似ていた。

 芽吹く前の、種の震えに。

 直感が走る。


「今です!夜空に浮かぶは深紅!世界を赤く染め上げよ!紅の夜に誇れ!赤月花!!」


 赤月花が魔物の足元から咲き誇り、蔓が車輪の軸に絡みついた。

 緑の蔓が黒い鉄に食い込み、魔力を吸い取るように締まっていく。

 炎が揺らぎ、魔物の防御が薄くなるのが見えた。


「うらァ!!」


 オーグさんの拳が叩き込まれ、車輪が大きく軋む。

 金属と肉の混ざった鈍い音が辺りに響いた。


「天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!雷矢──ヴォルト・ストライク!!」


 ケビンさんの雷が重なり、車輪の装甲を貫いた。

 電光が空気を裂き、私の目の前で光が踊る。


 メグーちゃんが跳躍した。

 空中で一回転して——車輪の中央にある「顔」へと、渾身の蹴りを叩き込む。


 顔が砕けるような音と共に、魔物の回転が完全に止まった。

 白い光が霧散し、空間に静寂が訪れる。

 瓦礫の粉がゆっくりと舞い落ち、熱が引いていく。


 そして、車輪の魔物は、軋むような音を最後に、崩れ落ちた。

 金属と炎の残骸が静かに地面に散らばる。


 私は膝をついて、大きく息を吐いた。

 手の平に、種の感触が残っている。

 指先に伝わる温度は冷たく、しかし確かな重みがあった。

 周囲の仲間たちの呼吸が戻り、声が震えながらも笑いと安堵に変わっていく。


 だが、私の胸の奥にはまだ小さな不安が残っていた。

 時間が繰り返されるという事実、そして魔物が学習するという事実は消えない。


 今は勝った。

 しかし、次に何が来るかは誰にも分からない。

 私は種を握りしめ、次の揺らぎに備える決意を新たにした。


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