↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
PR
72/281

第72話:双方知る戦場


 煙の中心から、炎を纏った巨大な車輪がゆっくりと転がり出た。

 石畳が砕け、火花が飛び散り、焦げた匂いが鼻腔を刺す。

 空気は瞬時に重くなり、周囲の音が遠のいた。


 街灯の光が炎に飲まれ、円筒都市の壁面に揺らめく影が長く伸びる。

 風はいつの間にか止み、時間が一点に凝縮されたような静寂が訪れた。


「魔物……!」


 ケビンさんの声が低く響いた。

 さっきとまったく同じ場所から、まったく同じ形で現れた魔物を見て、彼の顔が強張っている。


「ミツケタァ……」


 車輪の中央で、苦悶に歪んだ顔がギロリと辺りを見渡した。

 目は虚ろでありながら、こちらの動きを吸い取るように鋭く追う。

 顔の表情は時間に引き裂かれた写真のように歪み、そこから漏れる呻きが空気を震わせる。


 鼓動が跳ね上がる。

 胸の奥で何かが弾け、冷たい汗が背中を伝った。


 仲間たちは普段通りに構えているように見えるが、私の内側では違和感が波紋のように広がっていた。

 誰もが同じ場面を繰り返しているのではないかという、説明のつかない予感が胸を締めつける。


「おっしゃァ!久々に燃えるぜェ!」


 オーグさんが突進する。

 さっきと同じ場所へ、同じタイミングで。


 彼の笑い声にはいつもの豪胆さがあるが、その背後で私の胸は冷たく沈んだ。

 繰り返される動作が、まるで既視感の罠を強めていく。


 口を開きかけて、私は止まった。

 メグーちゃんが片手を小さく上げている。

 待て、という合図だと理解した瞬間、私の中で何かが繋がりかける。


 オーグさんの拳が車輪に叩きつけられる。

 ……はずであった。


 車輪がわずかに傾いた。

 まるでオーグさんの動きを先に知っていたように、拳の軌道から静かに外れる。

 すり抜けるというより、待っていたような動きだった。

 空振りの衝撃がオーグさんの体勢を崩し、大きな隙が生まれた。


 車輪がオーグさんを弾き飛ばし、彼は石畳に叩きつけられる。


「っ……痛ィな!!」


 彼の声が震え、地面に落ちた砂埃が私の視界を曇らせる。

 私の中で、さっきと今が重なり合い、違いが鮮明になっていく。


「コロス……コロス……」


 車輪がゆっくりと向きを変えた。

 倒れたオーグさんの方へ、炎を引きずりながら迫っていく。

 その動きに焦りはなく、むしろ確かめるような静けさがあった。


 ケビンさんが前に出る。

 動きはさっきと同じだが、結果は違う。


「風と天空の支配者よ!我を阻む風を律せよ!風律──ウインド・アルゲンタビス!!」


 ケビンさんの叫びと共に突風が巻き起こり、魔物の炎が一瞬だけかき消える。


「ふん!」


 その瞬間を狙って、メグーちゃんのライダーキックが魔物の顔面に炸裂する。


「深淵なるもの嘆きに震えよ!這い出ろ奈落草の種!!」


 種を投げる。

 緑の蔦が黒い炎に絡みつき、車輪の魔物は、軋むような音を最後に、崩れ落ちた。


 その瞬間だった。

 空間が、軋んだ。


 炎が、煙が、逆流する。

 砕けた石畳が、音もなく元の形に戻っていく。


 車輪が、再びオーグさんへと向きを変えた。

 炎の勢いが増し、石畳の上に焦げた跡を引きながらじりじりと距離を詰めてくる。

 さっきと同じ動きだ。同じ狙いで、同じ静けさで。


「風と天空の支配者よ!我を阻む風を律せよ!風律──ウインド・アルゲンタビス!!」


 ケビンさんの叫びと共に突風が巻き起こる。

 魔物の炎が一瞬だけかき消える。

 ……はずであった。


 まずい。

 直感が鋭く警鐘を鳴らす。


「ケビンさん、避けて!!」


 一瞬の遅れが致命的だった。

 車輪が弾丸のように方向を変え、ケビンさんに突っ込む。


 炎が膨れ上がり、衝撃波が空間を焼いた。

 彼は吹き飛ばされ、高層ビルの壁に激突する。


 崩れた石の破片が雨のように降り注ぎ、煙が立ち上る。


「ケビンッ!!」


 オーグさんの叫びが空に引き裂かれる。

 私は足元がふらつくのを感じ、世界が一瞬だけ歪む。


 思考が断片的に繋がる。

 既視感は単なる記憶ではなく、何かが時間の流れを繰り返している証拠かもしれない。


 だがその繰り返しの中で、魔物もまた学習している。

 私たちの動きを読み、先回りしているのだ。


「メグーちゃん!ダメ!!」


 声が届く前に、銀髪が視界を横切った。

 メグーちゃんはすでに跳んでいた。

 私の叫びよりも早く、ケビンさんと車輪の間に割り込むように。


「ふん!」


 メグーちゃんのライダーキックが魔物の顔面に炸裂する。


「っ!」


 足が、動いていた。

 考えるより先に、体が前に出る。

 誰かが止めてくれることを期待する余裕はない。

 やるしかない、という言葉すら浮かばないまま、手が種を握っていた。


「深淵なるもの嘆きに震えよ!這い出ろ奈落草の種!!」


 私は変わらない動きで種を投げる。

 緑の蔦が黒い炎に絡みつく。

 車輪の魔物は、軋むような音を最後に、崩れ落ちた。


 その瞬間だった。

 空間が、軋んだ。


 すべてが逆流する。

 景色が音もなく元の形に戻っていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。