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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第69話:悲しみを越えて、進むべき道へ


 光が消えた。


 気がつくと、私は冷たい石床に膝をついていた。

 足元が揺れている。

 体が重い。

 まだ脳の揺れが収まっていなかった。


「ここは……」


 廃墟の外縁部だった。

 崩れかけた石柱が並び、割れた石畳の隙間から草が伸びている。

 フェイさんの転移によって飛ばされた先は、天使の零落の入り口付近だった。


 周囲を見回す。

 ケビンさんが片膝をついたまま、静かに息を整えている。

 私の隣に、メグーちゃんが立っていた。


 オーグさんが埃の中から歩み出てきた。

 右肩の鎧が砕け、額から血が一筋流れている。

 だが、足取りは重くなかった。


「……全員、無事かァ?」


 低く問う声に、ケビンさんが立ち上がった。


「はい。怪我は軽傷です」


 オーグさんが頷き、傷に触れもせず、ただ一帯を見渡した。

 そんな時だ。


「オーグ!」


 メグーちゃんの声が、石壁に響いた。

 すぐに荒い足音と、石を踏み砕く音が返ってくる。


「……なぜ壊したの」


 声が低かった。

 問いというより、確かめるような口調だった。


「どう考えてもよォ、あいつらを止めんのに、像を壊さねェとダメだったろ」


 メグーちゃんの唇が、かすかに動いた。


「それが……正しいとしても」


 静かな声だった。

 だからこそ、言葉の重さがそのまま伝わってくる。


「大切なものを……壊されたみたいで」


 メグーちゃんが目を伏せた。

 銀の瞳が、揺れていた。


「うまく言葉にできないけど……すごく、悲しい。胸が引き裂かれるみたいな気がするの」


「メグーちゃん……」


「なんでかは、分からない。分からないけど、あの像が砕けた瞬間、何かが消えた気がした。大切なものが、跡形もなく」


 ケビンさんが小さく息を吐いた。


「気持ちはわかります。でも、あの状況でオーグさんが判断しなかったら、フェイさんの龍召喚は完成していた」


「分かってる」


 メグーちゃんが短く答えた。


「分かってるの。頭では、ちゃんと分かってる。でも……」


 唇を噛む。

 続きが出てこなかった。


 私は何も言えなかった。

 像があった場所に、私の面影があったことを知っていた。

 だから、メグーちゃんがどう感じたかも、想像できないわけではなかった。


 オーグさんを見る。

 硬い顔をしていた。

 表情をまとめようとしているのが分かる。

 申し訳なさそうな、謝罪を探すような──


 いや。


(……何かが、引っかかる)


 それだけじゃない、と思った。

 どこか違和感があった。

 でも、それが何なのか、私には分からない。


 横を見ると、ケビンさんが同じようにオーグさんの顔を見ていた。

 静かな目だった。

 何かを見極めるような、沈黙だった。


 しばらくして、メグーちゃんが息をついた。


「……取り乱してごめんなさい」


 声が落ち着いていた。


「八つ当たりだったわ。あの状況で、そうする以外の選択肢はなかった」


「俺の方こそ、すまねェ」


 オーグさんの声は、いつもより低かった。


「大切なものを壊した。それは変わらねェ。詫びても変わらねェ」


「ううん」


 メグーちゃんが頷く。

 目を上げ、真っ直ぐにオーグさんを見た。


「オーグが守ろうとしたのも分かってる。フェイを止めるために、必要なことをしてくれた。だから、仕方なかったと思う」


 短い沈黙があった。


「だから、今度こそ──ちゃんと止めましょう」


 メグーちゃんの声が、いつもの強さを取り戻していた。


 ケビンさんが頷く。


「そうですね。止めなければ。ミリアリアさんとフェイさんが龍を使えば、それだけ状況は悪くなる」


「問題は追いつけるかどうかだなァ」


 オーグさんが腕を組んだ。


「あの二人は転移で消えた。ここから1層、2層、3層と順番に進んでいたんじゃ……追いつけるかどうかわかりませんね」


 ケビンさんの言葉に静寂が落ちる。

 全員が同じ問いを抱えていた。


 私の頭の中で、一つの記憶が浮かびあがった。


「……クリスタルがあります」


 声に出すと、全員の視線が集まった。


「天使の零落の通路に、古代の魔力を凝縮した結晶が並んでいました。最初にここに来た時、メグーちゃんと二人で触れてしまって……一瞬で別の場所に飛ばされたことがあって」


 メグーちゃんが目を見開く。


「……そういえば、あれがそうだったの?」


「はい。当時はどういう仕組みか分からなかったんですが、転移に使えるものだと思います。あの時は制御もできなかったし、どこへ飛ぶかも分からなかったけど──」


「転移のクリスタルですね」


 ケビンさんが呟く。


「そのクリスタルを使えば、直接第3層まで跳べるかもしれねェということか」


 オーグさんが目を細める。


「確実とは言えません。でも、今から1層、2層と進んでいたら……おそらく間に合わない」


 言葉にすると、重さが増した。


 間に合わない。

 その言葉が、石床に染みるように広がる。


「やるしかないわね」


 メグーちゃんが言った。

 迷いのない声だった。


「賭けてみるしかないと思います」


 ケビンさんが頷いた。


「リスクはありますが……確かに、今できる中では最善かもしれない。オーグさんはどう思いますか」


「俺は構わねェ。動かねェより動いた方がいい」


 視線が集まる。


 覚悟を決めるような沈黙があった。

 私は顔を上げ、天使の零落の入り口を見た。


 ミリアリアさんとフェイさんを止める。

 それだけだ。


「行きましょう」


 四人の足が、揃って動いた。


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