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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第61話:解くべきか、封ずべきか


 私たちは崩れた瓦礫を慎重に踏み越えながら、まるで山のように横たわる龍の巨体へと歩を進めていた。

 廃墟の中に足を踏み入れた瞬間、空気が一変する。

 まるで見えない壁を越えたかのように、肌にまとわりつく熱気が全身を包み込んだ。


「……あ、あちィなおい」


 オーグさんが不快げに唸り、腕で乱暴に額の汗を拭った。


「すごい熱ですね……」


 ケビンさんの声が震えていた。


「うむ……あの龍から熱気が放たれておるのか」


 ミリアリアさんが静かに言う。

 蒼い瞳が、龍の鱗の隙間から立ち上る陽炎を見据えていた。


 巨龍の体はまるで眠っているように動かない。

 しかし、鱗の間からは赤熱した光が漏れ、まるでその奥で心臓がまだ鼓動しているかのようだった。


「この距離で……この熱さ……逆鱗なんか確かめられるのかしら」


 メグーちゃんが小さく呟く。


「そこは気合だぜェ、気合!」


「馬鹿じゃないの」


「おん!?てめェ!メグー!」

「で、でも!確かに……進めば進むほど、熱気がすごくなりますよ!」


 ケビンさんが慌てて話題を変えるように声を上げた。


「……確かにのう」


 ミリアリアさんが頷く。


 熱気に包まれた空間を、皆が息を詰めながら進んでいく。

 崩れた建物の影を縫うように、慎重に足を運ぶ。


 私は何度も足を滑らせそうになりながらも、必死に皆の後を追った。

 それよりも気になるのは、この熱気の中に混じる、不思議な感覚だった。


(何か……別の気配がある)


 メグーちゃんが「懐かしい」と言っていた。その言葉が、頭から離れない。

 植物スキルが何かに反応しているわけでもない。

 でも、前に進むほど、胸の奥がざわめく気がした。


 やがて、巨龍の顔が目前に迫る。

 その圧倒的な存在感に、誰もが言葉を失った。

 衣服は汗で肌に張り付き、呼吸すら苦しい。


「このままじゃぶっ倒れちまうなァ」


 オーグさんが息を荒げながら言う。


「起きる様子はなさそうだ、素早く済ませよう」


 ミリアリアさんが冷静に判断を下す。


「は、はい……」


 ケビンさんが小さく頷いた。

 そのとき、ミリアリアさんがふと足を止めた。

 蒼い瞳が何かを捉え、僅かに細められる。


「っ!?」


 彼女が振り返った瞬間、それまで肌を焼いていた熱気がふっと消え、代わりに涼やかな風が頬を撫でた。

 まるで、誰かが空間ごと冷やしたかのように。


「熱気が……おさまった?」


「す、涼しいです……」


 ケビンさんが驚きに目を見開く。


「だがよォ……龍はまだあんな感じだぜェ」


「ここだけ空間が歪んでいるような感じがするわ」


 メグーちゃんが静かに言う。

 銀の瞳が周囲を鋭く見渡していた。


「まるで、結界のような印象ね」


 ミリアリアさんが頷き、指を一本、瓦礫の影へと向けた。


「……あれを見よ」


 その先には、半ば瓦礫に埋もれた奇妙な装置があった。

 金属とガラスで構成された円形の台座は、鈍く光を反射し、まるで長い眠りから目覚めるのを待っているかのようだった。


 そして、その中央に──


「……え?」


 息を呑んだ。

 心臓が一瞬、止まったような錯覚に陥る。

 そこに立っていたのは──私だった。


 いや、正確には、私によく似た、しかしどこか大人びた女性の立像。

 目を閉じ、両手を胸の前で組み、静かに佇むその姿は、まるで時を止められた生者のようだった。


 長い髪が肩を流れ、衣装は今の私とは異なる。

 儀式的で神聖な意匠を纏っていた。


「こ、これ……私……?」


 声が震え、喉の奥でかすれた。

 視線は像から離せない。

 胸の奥に、得体の知れない恐怖と懐かしさが同時に湧き上がる。


(なぜ、私に似ているの。なぜ、こんな場所に)


 仲間たちも言葉を失い、ただその像を見つめていた。


「せ、精巧な像ですね……まるで生きているみたいです」


 ケビンさんが呟く。


「おう……しっかし、チンチクリンにソックリだなァ、おい」


 オーグさんが冗談めかして言うが、その声にもどこか緊張が滲んでいた。


 ミリアリアさんは装置の前に立ち、像をじっと見つめていた。

 しばらく、誰も口を開かない。

 静寂の中に、鱗の間から漏れる微かな熱の音だけが響いていた。


「……これは、ただの像ではない」


 低く、押し殺した声が漏れる。

 彼女の表情は険しく、瞳には警戒の色が宿っていた。


「これは……封印だ。この者を閉じ込めている」


 ケビンさんが戸惑いながら首を傾げる。

 その言葉の意味を確かめるように、小さく「封印?」と繰り返した。


 メグーちゃんが無言で装置の縁に手を触れた。

 銀の瞳が細められ、まるで何かを感じ取るように。


「さっきの……感覚……この人……から……」


 その瞬間、メグーちゃんの目元に一筋の涙が流れ落ちた。


 私は一歩、装置へと歩み寄った。

 近くで見ると──本当に、似ている。

 顔の輪郭、長い髪の流れ方、目元の形。


(この人は、誰なの。なぜ私に似ているの)


 ばらばらのピースが手の中にあるのに、どう並べればいいか、まだ分からない。


 龍の眠る廃墟。

 その静寂の中で、私たちは封印の像を前に足を止めていた。


 メグーちゃんは、静かに一筋の涙を頬に伝わせていた。

 普段は感情を表に出さない彼女のその姿に、皆が息を呑む。

 銀の髪が風に揺れ、瞳に宿る光が、像に向けられた深い想いを物語っていた。


 私は、像を見つめながら考えていた。


(この人が封じられているのなら、誰が封じたのか。なぜ、ここに)


「この人……の封印を解きたい」


 メグーちゃんの声が、静かでありながらも確固たる決意を持って響いた。

 その一言が、場の空気を一変させる。


「……あの龍」


 メグーちゃんが再び口を開く。


「あの龍と……この封印が繋がっている……魔力の波が確かに感じられるわ」


「どういうことだァ?」


 オーグさんの低く唸るような声が響く。


「あの龍を倒せば……この人の封印が解けるかもしれない。お願い、助けたいの」


 メグーちゃんの声には、切実な感情が滲んでいた。


「メグーよ、その意図を含めて、我らは説明を求めている」


 ミリアリアさんが静かに、しかし威厳をもって言葉を紡ぐ。


「この者は……いったいなんだ?」

「おう、それを知らねェことには、迂闊に封印なんざァ、解けねェぜ?」


 メグーちゃんは俯き、唇を噛んだ。


「それは……わからないんですね」


 ケビンさんの遠慮がちな声が、静寂を和らげるように響く。


「メグーちゃん……この人……どうして私に似ているのか……わかる?」


 かすれた声が出ていた。

 自分の中に芽生えた不安と疑問が、言葉になっていた。


「ごめん。それも分からない……」


 メグーちゃんの答えに、場の空気がさらに重くなる。


「……何も分からないのでは、我らも手の貸しようがない」


 ミリアリアさんの言葉に、皆が黙った。


(そうだ。今、すぐに決断する必要はない)


 私は一歩前に出た。

 封印の像をもう一度よく見る。

 表情は穏やか。苦しそうではない。

 でも、目を閉じたまま、動けないでいる。


 そっと台座に触れてみた。

 何も起きなかった。


 気のせいかもしれない。

 でも──私はこの像のことを、誰かに教えてもらう前に、自分で確かめたかった。


「冷静になれ、アニーよ。メグーの気持ちを汲みたいのは我とて同じ……だが、明らかに異様だ。封印が龍と繋がっておるならば、この龍が……この者を封じていると捉えても不自然ではなかろう」


 ミリアリアさんが静かに言った。


「それは……そうですね」


 ケビンさんが小さく頷く。


「うむ……龍が封じるほどの者だ。神にとって大きな脅威であったかもしれん」

「だがよォ、チンチクリンに似ているせいで、そんなすげェもんには見えねェな」


 オーグさんが鼻を鳴らす。


「……あの、ちょっと、言いにくいんですけど……」


 おずおずと手を挙げたケビンさんに、オーグさんが眉をひそめる。


「なんだァ、また妙なことォ、言い出すんじゃねェだろうなァ?」


 ケビンさんは小さく肩をすくめながら、外に目を向けた。

 そこには、まるで時間を忘れたかのように、動かぬままの龍が佇んでいた。


「いや、あの……実は、僕……あの龍、アイテム化できるかもしれません」


 その一言に、空気が凍りついた。


「……何と?」


「あ、あの龍の近くに寄って……念のため、スキルが使えるか確かめてみました。そしたら……」

「おいおい……マジかァ?」


「……ふむ」


「ど、どうしますか、今の話からすると、龍をアイテムに換えてしまうと、この人の封印が解けるかもしれません」


 ケビンさんの言葉に、メグーちゃんが身を乗り出すようにして叫んだ。


「お願い!ケビン!やって!」

「お、落ち着いてください!」


「落ち着かんか、メグー」


 ミリアリアさんの声が鋭く響く。


「でも、あの龍をアイテムに換えれば、龍の脅威を消し去れるのよ?」

「封印のことがなければ、それで話は済んでおったが、そうもいかん!」


 場の緊張が高まる中、私はふと口を開いた。


「あの、ま、まずは……」


 皆が私に視線を向けた。


(焦っても何も分からない。まず、事実を確かめないと)


「あの龍の逆鱗を確認してみませんか?」


 声は震えていたけれど、その言葉には確かな理性があった。

 私が何かを決めるにしても、まず確かめるべきことがある。


 あの龍が72柱に数えられる存在かどうか、その確認が──そもそも、私たちがここまで来た目的だったのだから。


 皆が、少しの間を置いて、頷いてくれた。


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