第59話:セラフィアの夜、聖女たちの決断
聖王国の首都『セラフィア』。
その中でも最も神聖とされるルミナリア地区に、聖女機関の本部は静かに佇んでいる。
今宵、その本部の奥深く、荘厳な広間に7元徳の聖女たちが集結していた。
これは、ただ事ではない証だった。
7元徳とはいえ、常に7人の聖女が揃うわけではない。
現在は6名が任に就いており、『勇気』の座は長らく空席のままだ。
そのため、円形の神聖なテーブルには7脚の椅子が並ぶが、今夜そこに腰を下ろしているのは5名のみ。
残る1名の到着を待つ間、広間には張り詰めた沈黙が漂っていた。
聖女たちは皆、純白の修道服に身を包み、顔を覆う布にはそれぞれの『徳』を象徴する紋章が刻まれている。
背丈も体格も異なるが、その姿からは個々の素性を窺い知ることはできない。
ただ、布に描かれた紋章だけが、彼女たちの座を示していた。
広間は天井が高く、声が反響するほどの広さを誇る。
壁際には荘厳なステンドグラスが嵌め込まれ、そこから差し込む月光が、龍を従えた女神像を神々しく照らしていた。
その神像の前に立てば、誰もが己の小ささを思い知らされるだろう。
その静寂を破るように、重厚な扉が鈍い音を立てて開かれた。
冷たい空気が一陣、広間に流れ込む。現れたのは、最後の一人の聖女。
彼女の歩みは静かでありながら、確かな威厳を帯びていた。
「お待たせしました。全員、お揃いのようですね」
その声は柔らかくも芯があり、広間の空気を一瞬で引き締めた。
彼女の顔を覆う布には、中央に太陽と星が輝き、放射状の光が広がる「信仰」の紋章が描かれている。
「ファティマ殿、我らをわざわざ呼び寄せた理由を聞かせてもらおう」
低く、しかし鋭い声が響く。
光輪に包まれた目の紋章を持つ聖女──正義の座、アレジャンが口を開いた。
「案件は2つございます。まず1つ目……勇者サキュウスが、聖剣を失いました」
ファティマの声は静かであったが、その言葉は雷鳴のように広間を揺るがした。
聖女たちの間に、目に見えぬ動揺が走る。誰もが息を呑み、互いの顔を見合わせる。
「2つ目は──」
ファティマが続けようとしたその時、アレジャンが手を挙げて制した。
「待ってもらおうか、ファティマ殿」
「はい。どうされましたか、アレジャン殿」
「聖剣を失ったのは一大事だ。このまま話を進めるわけにはいかん。何が起こったのか、詳しくお聞かせ願おう」
「それは、私からお話いたします」
静かに立ち上がったのは、天から差し伸べられた手に花を捧げる紋章を持つ聖女──救恤の座、ミリアリーデ。
彼女の声は穏やかでありながら、どこか張り詰めた緊張を孕んでいた。
「まず、私はミリアリアに依頼を出しておりました」
「待ちなさい、ミリアリーデ殿」
鍵を足で掴んだフクロウが夜空を羽ばたく紋章が描かれた布で顔を覆う聖女──。
慎慮のメイがミリアリーデを制止する。
声には、微かな驚きと警戒が滲んでいた。
「貴女は、ミリアリア殿に依頼を?」
「はい。彼女とは深い縁がございます。それは、皆様もご存じのはず」
ミリアリーデの言葉に、他の聖女たちは沈黙の中で頷いた。
しかし、その表情の奥には、驚愕と不安が交錯していた。
そんな中、アレジャンが彼女の言葉の続きを促す。
「ほう……詳しく聞かせてもらおう。依頼の内容は?」
「私は、72柱目の龍の存在を確かめるために、ミリアリアへ調査を依頼しました」
その名を口にした瞬間、広間の空気がさらに重くなる。
そんな空気の中、メイが静かに頷いた。
「なるほど……かつての仲間を頼ったというわけだね」
メイは静かに腕を組み、独り言のように続けた。
「ミリアリーデ殿がその座に就くきっかけもまた、あの旅だったからね。聖武具を集める旅の中で救恤の心を極め、帰還後に聖女の座を授かった……実に稀有な経歴だよ。旅の仲間に頼るのは、至極自然なことだろうね」
「……メイ殿、今は余談を──」
「余談ではないよ、アレジャン殿」
メイは涼しい顔で遮った。
「ミリアリーデ殿が今ここで動いている理由の根っこは、あの旅にある。それを踏まえておかねば、話の半分しか見えないのさ」
広間に、短い沈黙が落ちた。
続いて、蓮の花と秤が描かれた紋章を持つ聖女──節制の座、ソフィアが口を開く。
彼女の声は澄んでいたが、どこか揺れていた。
「確かに……ミリアリア様なら、聖武具をすべて集めた方。天使の零落に眠る龍の存在を確かめられるかもしれませんわ」
「ふむ……それは良い結果が期待できそうだ。では、話の続きを」
「はい。私はもう一つ、勇者サキュウスにも別の任務を与えておりました」
「別の任務?」
「ええ。……魔王の残滓……その調査です」
「「っ!?」」
広間がざわめきに包まれる。
聖女たちの動揺は隠しようもなく、声が次々に上がる。
「えっ、今なんと……?」
「魔王の残滓を探す?そんなものを……!」
「静粛にせよ!」
アレジャンの一喝が、広間の空気を一変させた。
張り詰めた沈黙が戻る。
「これが静かにしていられますか!?アレジャン殿!!魔王の残滓の報告を行う前に、ミリアリーデ殿は行動に移されているのですよ!?」
「その指示を出したのは、私だ」
アレジャンの言葉に、聖女たちは息を呑む。
誰もが彼女の真意を測りかねていた。
「この程度で動揺とは……嘆かわしい限りだ」
「アレジャン殿、言葉が過ぎます」
ファティマがたしなめると、アレジャンは静かに息を吐いた。
「だが、話を聞く姿勢は整ったようだ。では、ミリアリーデ殿、続きを」
ミリアリーデは一礼し、再び口を開いた。
「はい。ここからが本題、2つ目の案件に戻ります。勇者サキュウスより、聖武具の使用申請が届いております。聖武具の使用には、全聖女の許可が必要です。だからこそ、皆様にお集まりいただいたのです」
「ミリアリーデ殿……つまり、貴女は魔王の残滓の調査……それに聖武具の使用を認めるべきだと?」
ソフィアの問いに、ミリアリーデは静かに頷いた。
「はい」
その一言に、再び空気が揺れる。
「……なるほど。私は許可しよう」
「アレジャン殿!?」
「ええ、私も許可します」
「ファティマ殿まで!」
「実質、ミリアリーデ殿のお話をお伺いして、私が皆様を集めたのだから、当然でしょう」
「し、真偽は確かなのですか!?」
ソフィアの問いに、ミリアリーデは首を左右に振るう。
「いいえ、確証はありません。ただ、勇者サキュウスが聖剣を失うほどの事態に発展していることは事実です。それは、あの地に龍と魔王の残滓が存在しているのではないかという思いを強くさせています」
ミリアリーデのその言葉を聞き、全会一致の決を取るのに、そう時間を要することはなかった。




