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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第55話:雷を導く者たち


 腕の中のメグーちゃんが、またかすかに口を開いた。


「……雷は、雷に……引き寄せられる……」


 その言葉が、私の胸の奥で何かに火をつけた。

 壁際で見ていた、あの雷の走る道筋。嵐魔録に書いてあった、同質の電気は引き合うという法則。

 聞いた瞬間に、頭の中でそれがひとつに繋がった。私も、同じことを考えていた。


「ケビンさん!!」


 私の声に、ケビンさんがビクリと肩を震わせた。


「は、はいっ!!」


 その声は裏返り、目は泳いでいる。

 それでも、私の言葉を聞き逃すまいと必死だった。


「私が合図したら!上に向かって、何でも良いです!雷の魔法を!!雷は、同じ雷に引き寄せられます!天龍の雷を、ケビンさんの魔法で誘導できるはずです!!」


「う、上ですか!?誘導……!」

 ケビンさんの目が、一瞬だけ理解の光を宿した。

「は、はい!!分かりました!」


 ケビンさんの顔には不安が滲んでいた。

 けれど、その奥に、確かに燃えるような決意が見えた。

 怖がりながらも、逃げなかった。


 私は再び天龍を見上げる。

 空を裂くような光が、ますます強く輝き始めていた。

 稲妻がバチバチと音を立て、光の渦に絡みついていく。


「ケビンさん!!詠唱を始めてください!」

「はいっ!天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!」


 その瞬間、天龍の咆哮が空を震わせた。


『終わりだ……人の子らよ!』

「ヴォルト・ストライク!!」


 天龍の雷撃とケビンの魔法が、まるで呼応するように空を駆けた。

 ケビンの放った雷が、まるで導線のように天へと伸び、その後を追うように天龍の稲妻が走る。

 雷が雷を導く。空が裂け、閃光が交錯する。


『な……何が起きた……』


「す、すごい……天龍の雷を……操った……?」


 ケビンは呆然とした表情で私を見つめていた。


 震える手を見下ろした。指先まで震えていた。


 でも——確かに通じた。

 壁際で追い続けた雷の軌跡、嵐の本に書かれていた法則、それが今、目の前の空で形になった。

 植物でも薬草でもなく、ただ読んだだけの知識が、誰かの命を繋いだ。

 喉の奥に熱いものがこみ上げて、私はそれを飲み込んだ。まだ終わっていない。


「オーグ!!」

「おうよォ!!」


 私の叫びに、オーグさんが獣のように唸りながら地を蹴る。

 天龍の光は明らかに弱まっていた。

 放電の連続で、魔力を消耗しているのだろう。


 オーグさんの拳が唸りを上げて迫る。

 天龍は鋭い爪を振り上げて応じるが、甲高い金属音の後、砕けたのは天龍の爪だった。


「おっしゃァ!霧みてェには、もう、なれねェみてェだなァ!!」


 オーグさんの口元が不敵に歪む。


「いくぞ!!」


 ミリアリアさんが風を裂いて跳躍する。

 金色の髪が弧を描き、蒼い瞳が獲物を捉える。

 その手に握られた聖剣が、天龍の腕を一閃。

 龍鱗を裂き、肉を断ち、骨を砕く。


「グオォオオオオオオオンン!!」


 天龍の絶叫が空を震わせる。

 だが、その銀の瞳には、まだ戦意が宿っていた。


「天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!ヴォルト・ストライク!!」


 天龍が再び稲妻を放つ。

 狙いは、着地の瞬間を狙ったオーグさん。

 しかし、ケビンさんの雷が再びその軌道を狂わせる。

 雷が雷を引き寄せ、天龍の一撃は空を裂くだけに終わった。


「終わりだァ!!龍野郎ッ!」


 オーグさんが地を蹴り、拳を突き上げる。

 天龍は最後の力を振り絞るように爪を閃かせ、口の端から冷気の欠片が漏れた。

 だが、その動きはもう鈍い。


 その瞬間、天龍の銀の瞳が——オーグさんをまっすぐ見た。

 憎しみでも怒りでもない。

 どこか、深い諦めを帯びた目だった。


『……神の意に、反するおつもりか』


 低く、しかし確かに届いた声だった。

 誰への言葉なのか、わからなかった。

 それでも、その言葉は胸の奥に刺さって、抜けなかった。


 オーグさんの拳が龍の顎を貫き、口内へと突き刺さる。


「爆裂拳……っ!はッ!!」


 気合と共に拳が炸裂し、天龍の頭部が爆ぜた。

 肉片が空に舞い、血が雨のように降り注ぐ。


 一瞬の後、静寂が落ちた。

 耳が痛いほどの、静けさだった。

 雷鳴も、風の唸りも、天龍の咆哮も——全部が止んで、ただ、自分の心臓の音だけが聞こえた。

 鉄錆に似た、濃い匂いが鼻を突いた。


 この世界で初めて嗅ぐ、龍の血の匂いだった。

 生温かく、重く、地面に染み込んでいく。

 戦いが終わった、という実感が、じわじわと体の中心から広がっていった。


「あわ、あわわわ!!」

「お、オーグさん!!」

「お主!もう少し穏やかに仕留められんのか!」


 オーグは頭を掻きながら着地する。

 その背後では、頭部を失った天龍の巨体がゆっくりと落下し、大穴の縁に引っ掛かって止まった。


「ふぅ……何とかなったな」


 ミリアリアさんが剣を鞘に納め、静かに息を吐く。


「アニーよ、メグーの容体はどうだ?」

「ま、魔力が尽きているみたいです」

「天龍の雷撃を正面から受け止めておったからな……しかし」


「まさか、雷は、同じ雷の魔法で誘導できるとは思わなかったぞ」

「は、はい……メグーちゃんの言葉がきっかけでした。でも、聞いた瞬間に、私も同じことを考えていたんです」

「そうか」


 私とミリアリアさんは、静かに眠るメグーちゃんの顔を見つめる。

 銀の髪が頬にかかり、その表情は穏やかだった。

 さっきまで稲妻が走っていた場所と、同じ空間の中にいるとは思えないほど、静かだった。


 この子が盾になってくれた。私たちの前に出て、全部を受け止めてくれた。

 生きている。私も、生きている。

 それがただ、じんわりと温かく、同時に怖くて、膝の裏がかすかに震えた。


 ありがとう、という言葉を声に出せなかった。

 出したら、崩れてしまいそうだったから。

 でも、今は動かないと。

 メグーちゃんの魔力が戻っていない。

 私たちも、ここに立ち止まってはいられない。


「あ、あの!」


 ケビンさんが声を上げる。


「どうした?」

「天龍にスキルを使えそうです!良いですか!?」

「ああ、頼む!早くメグーに魔力を補給してやらねば、我らの魔力も危うい!」

「はい!」


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