第55話:雷を導く者たち
腕の中のメグーちゃんが、またかすかに口を開いた。
「……雷は、雷に……引き寄せられる……」
その言葉が、私の胸の奥で何かに火をつけた。
壁際で見ていた、あの雷の走る道筋。嵐魔録に書いてあった、同質の電気は引き合うという法則。
聞いた瞬間に、頭の中でそれがひとつに繋がった。私も、同じことを考えていた。
「ケビンさん!!」
私の声に、ケビンさんがビクリと肩を震わせた。
「は、はいっ!!」
その声は裏返り、目は泳いでいる。
それでも、私の言葉を聞き逃すまいと必死だった。
「私が合図したら!上に向かって、何でも良いです!雷の魔法を!!雷は、同じ雷に引き寄せられます!天龍の雷を、ケビンさんの魔法で誘導できるはずです!!」
「う、上ですか!?誘導……!」
ケビンさんの目が、一瞬だけ理解の光を宿した。
「は、はい!!分かりました!」
ケビンさんの顔には不安が滲んでいた。
けれど、その奥に、確かに燃えるような決意が見えた。
怖がりながらも、逃げなかった。
私は再び天龍を見上げる。
空を裂くような光が、ますます強く輝き始めていた。
稲妻がバチバチと音を立て、光の渦に絡みついていく。
「ケビンさん!!詠唱を始めてください!」
「はいっ!天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!」
その瞬間、天龍の咆哮が空を震わせた。
『終わりだ……人の子らよ!』
「ヴォルト・ストライク!!」
天龍の雷撃とケビンの魔法が、まるで呼応するように空を駆けた。
ケビンの放った雷が、まるで導線のように天へと伸び、その後を追うように天龍の稲妻が走る。
雷が雷を導く。空が裂け、閃光が交錯する。
『な……何が起きた……』
「す、すごい……天龍の雷を……操った……?」
ケビンは呆然とした表情で私を見つめていた。
震える手を見下ろした。指先まで震えていた。
でも——確かに通じた。
壁際で追い続けた雷の軌跡、嵐の本に書かれていた法則、それが今、目の前の空で形になった。
植物でも薬草でもなく、ただ読んだだけの知識が、誰かの命を繋いだ。
喉の奥に熱いものがこみ上げて、私はそれを飲み込んだ。まだ終わっていない。
「オーグ!!」
「おうよォ!!」
私の叫びに、オーグさんが獣のように唸りながら地を蹴る。
天龍の光は明らかに弱まっていた。
放電の連続で、魔力を消耗しているのだろう。
オーグさんの拳が唸りを上げて迫る。
天龍は鋭い爪を振り上げて応じるが、甲高い金属音の後、砕けたのは天龍の爪だった。
「おっしゃァ!霧みてェには、もう、なれねェみてェだなァ!!」
オーグさんの口元が不敵に歪む。
「いくぞ!!」
ミリアリアさんが風を裂いて跳躍する。
金色の髪が弧を描き、蒼い瞳が獲物を捉える。
その手に握られた聖剣が、天龍の腕を一閃。
龍鱗を裂き、肉を断ち、骨を砕く。
「グオォオオオオオオオンン!!」
天龍の絶叫が空を震わせる。
だが、その銀の瞳には、まだ戦意が宿っていた。
「天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!ヴォルト・ストライク!!」
天龍が再び稲妻を放つ。
狙いは、着地の瞬間を狙ったオーグさん。
しかし、ケビンさんの雷が再びその軌道を狂わせる。
雷が雷を引き寄せ、天龍の一撃は空を裂くだけに終わった。
「終わりだァ!!龍野郎ッ!」
オーグさんが地を蹴り、拳を突き上げる。
天龍は最後の力を振り絞るように爪を閃かせ、口の端から冷気の欠片が漏れた。
だが、その動きはもう鈍い。
その瞬間、天龍の銀の瞳が——オーグさんをまっすぐ見た。
憎しみでも怒りでもない。
どこか、深い諦めを帯びた目だった。
『……神の意に、反するおつもりか』
低く、しかし確かに届いた声だった。
誰への言葉なのか、わからなかった。
それでも、その言葉は胸の奥に刺さって、抜けなかった。
オーグさんの拳が龍の顎を貫き、口内へと突き刺さる。
「爆裂拳……っ!はッ!!」
気合と共に拳が炸裂し、天龍の頭部が爆ぜた。
肉片が空に舞い、血が雨のように降り注ぐ。
一瞬の後、静寂が落ちた。
耳が痛いほどの、静けさだった。
雷鳴も、風の唸りも、天龍の咆哮も——全部が止んで、ただ、自分の心臓の音だけが聞こえた。
鉄錆に似た、濃い匂いが鼻を突いた。
この世界で初めて嗅ぐ、龍の血の匂いだった。
生温かく、重く、地面に染み込んでいく。
戦いが終わった、という実感が、じわじわと体の中心から広がっていった。
「あわ、あわわわ!!」
「お、オーグさん!!」
「お主!もう少し穏やかに仕留められんのか!」
オーグは頭を掻きながら着地する。
その背後では、頭部を失った天龍の巨体がゆっくりと落下し、大穴の縁に引っ掛かって止まった。
「ふぅ……何とかなったな」
ミリアリアさんが剣を鞘に納め、静かに息を吐く。
「アニーよ、メグーの容体はどうだ?」
「ま、魔力が尽きているみたいです」
「天龍の雷撃を正面から受け止めておったからな……しかし」
「まさか、雷は、同じ雷の魔法で誘導できるとは思わなかったぞ」
「は、はい……メグーちゃんの言葉がきっかけでした。でも、聞いた瞬間に、私も同じことを考えていたんです」
「そうか」
私とミリアリアさんは、静かに眠るメグーちゃんの顔を見つめる。
銀の髪が頬にかかり、その表情は穏やかだった。
さっきまで稲妻が走っていた場所と、同じ空間の中にいるとは思えないほど、静かだった。
この子が盾になってくれた。私たちの前に出て、全部を受け止めてくれた。
生きている。私も、生きている。
それがただ、じんわりと温かく、同時に怖くて、膝の裏がかすかに震えた。
ありがとう、という言葉を声に出せなかった。
出したら、崩れてしまいそうだったから。
でも、今は動かないと。
メグーちゃんの魔力が戻っていない。
私たちも、ここに立ち止まってはいられない。
「あ、あの!」
ケビンさんが声を上げる。
「どうした?」
「天龍にスキルを使えそうです!良いですか!?」
「ああ、頼む!早くメグーに魔力を補給してやらねば、我らの魔力も危うい!」
「はい!」




