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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第2章:古都の傲焔
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第54話:天を統べる者との死闘


 壁際に背を押しつけながら、私は息を整えた。

 頭が、まだ動いていた。


 天龍はオーグさんを追わない。


(天龍の弱点を突くために、オーグさんの助けがあれば)


 胸の奥で、その考えが固まった。

 今すぐ試せる。


「ミリアリアさん!」


 私は声を抑えて呼びかけた。

 ミリアリアさんの蒼い瞳が一瞬こちらを向く。


「オーグさんを前に出してください!天龍はオーグさんには本気で攻撃できないはずです!」


 一拍の間があった。

 ミリアリアさんの表情が、すっと険しくなる。


「……理由は?」


「オーグさんに対して、上手く攻撃ができていないようです!細かいことは……分かりませんが」


「なるほど……それは我も感じておった……」


 ミリアリアさんは短く答え、オーグさんへ向き直った。


「オーグ、前へ出ろ。お前が盾になれ」


「うお!?姉御、そりゃ、なんで—」


「いいから動け。今はアニーの読みと、いつもの冴えを信じる」


 オーグさんが舌打ちしながら、それでも前へ出た。

 その瞬間——天龍の銀の瞳が、確かに揺れた。


 翼の動きが、一瞬だけ止まる。

 攻撃の軌道が、ぎこちなく逸れる。


(やっぱり、効いてる)


 ほんの数秒だった。

 でも確かに、天龍はオーグさんへの攻撃を躊躇した。


 作戦は——通じた。

 いまなら……


「私が突破口を開きます!」

「了解!ケビン!アニーの援護を!メグーは……言われるまでもないな」


「ええ!」

「分かりました!」


 私達の足並みが揃おうとした瞬間、天龍の銀の瞳が、冷ややかに細められた。

 迷いが、消えた目だった。


『……この気配、やはりか』


 天龍の銀の翼が空を裂いた瞬間、空気が悲鳴を上げるように震え、冷気の奔流が地を這った。


 凍てつく風が草木を白く染め上げ、世界はまるで時間が止まったかのような静寂に包まれる。

 吐く息すら凍りつくような冷たさが、戦場に立つ者たちの肌を刺した。


「ぐお!?」


 前に出ていたオーグさんを遠慮なく巻き込む冷気の奔流。

 空気がかがやいて見えるほどの冷気が私達の前に迫っていた。


「バリア!」


 咄嗟にメグーちゃんが結界を展開する。

 そのバリアがなければ、私達は氷漬けになっていたかもしれない。


「……おいおい!何だァ!話がちげェぞ!」


 オーグさんが苛立った様子で私に叫ぶ。


「話は後だ!防戦一方はまずい。行くぞ。我が道を開く」


 ミリアリアさんは蒼き剣を逆手に構え、彼女は一歩、また一歩と地を蹴る。

 その動きは風のようにしなやかで、だが一歩ごとに地がわずかに震えるほどの重みがあった。


 金色の髪が翻り、蒼い瞳が天龍を射抜く。

 まるで童話の姫が、竜に立ち向かう騎士のように。


「ちィ!トカゲ野郎!てめェに、この怒りをぶつけてやるぜェ!」


 オーグさんの咆哮が空気を震わせる。

 赤い肌に浮かぶ筋肉が膨れ上がり、全身からは戦意が溢れ出していた。


 ミリアリアの斬撃が天龍の鱗に閃光のように走り、鋼のような鱗が火花を散らす。

 天龍がわずかに顔を背けたその瞬間、オーグさんが叫ぶ。


「今だァァッ!!」


 巨体が宙を舞う。

 信じがたい跳躍力で天龍の胸元へと迫り、全身の筋肉を収束させた拳が唸りを上げて炸裂する。

 轟音とともに衝撃波が広がり、天龍の巨体がわずかに後退した。


「効いてやがるぜ……!」


 オーグさんが口元を吊り上げて笑う。

 だがその笑みも束の間、天龍の翼が大きく広がると、空が一瞬で暗転した。

 雷雲が渦巻き、空から無数の雷が怒涛のように降り注ぐ。


 私は壁に背を押しつけながら、その雷の走る道筋を目で追っていた。

 一撃ごとに光が走り、同じ経路を辿るように見えた。

 電気は、同じ性質を持つ経路に引き寄せられる——嵐の魔物の生態について書かれた本に、そういう記述があった。


 確か「嵐魔録」だったか。

 稲妻は大気中の帯電した粒子に引き寄せられ、同質の電気を持つ物体があれば、そちらへ向かう性質がある。


 それは、天竜の雷も同じはずだ。

 頭の中で、その法則がぼんやりと輪郭を持ち始めた。

 もしかしたら、これが突破口になるかもしれない。



「オーグ、下がれ!」


 ミリアリアさんが叫び、剣を天に掲げる。

 刃が青白く輝き、雷を吸い寄せるように受け止めると、まるで導線のように地へと流した。

 その間に、オーグさんは地を転がりながら距離を取る。

 額には汗が滲み、荒い息が白く霧散する。


「チッ、派手な芸当しやがって……!」

「次は私が囮になる。お前は、あの翼を狙え」

「了解だァ!」


 ミリアリアさんが再び前へと躍り出る。

 剣を振るうたびに蒼い閃光が走り、天龍の注意を引きつける。

 彼女の動きはまるで舞踏のように優雅で、しかしその一撃一撃は鋭く、確実に天龍の動きを封じていく。


 その背後、オーグさんが地を蹴る。

 地面が砕け、彼の巨体が弾丸のように天龍の翼へと突進する。


「喰らえェェェッ!!」


 渾身の拳が、天龍の左翼の付け根に炸裂した。

 鈍い音とともに、天龍が苦悶の咆哮を上げる。


 天龍の身体が淡く光を帯び始める。

 空がさらに暗くなり、風が逆巻く。

 空気が重く、圧し掛かるような威圧感が辺りを支配する。


「まずい……!」


 ミリアリアさんが歯を食いしばる。

 その蒼い瞳に、わずかな焦燥が浮かぶ。


『悔やむがよい』


 オーグが翼の付け根を撃った、あの一撃からだった。

 天龍が初めて怒気を宿した。

 神体に傷をつけられた——守護者としての一線を越えられた、そういうことだったのかもしれない。


 天龍の全身が凄まじい輝きを帯びた、その瞬間──


「バリア!!」


 凄まじい稲妻が迸った。

 その一瞬、銀の光の膜がメグーちゃんの全身から広がり、稲妻を受け止めた。


 雷がバリアの表面を走り、弾け、散った。

 衝撃でメグーちゃんの足が後退し、小さな口から息が漏れた。


 閃光が一瞬で晴れると、そこには縮んだ姿のメグーちゃんがいた。

 銀の髪が乱れ、幼い体が震えている。


「けほっ、けほ……」

「メグーちゃん!?」


 私が駆け寄り、震える手でメグーちゃんを抱きかかえる。


 ぎこちなく、でも必死に。

 言葉にならない声が喉の奥で絡まった。


 少しだけ、時が止まったような気がした。

 メグーちゃんの重さが腕に伝わってくる。


 息が荒い。

 この子が、仲間を守るためにここまで魔力を使った。

 そのことが、じわりと胸の奥に沈んだ。


 でも——私が何とかしないと。

 震える腕でメグーちゃんをしっかりと抱きしめながら、頭だけは必死に動かし始めた。


 その頭上、天龍の銀色の瞳が冷たく輝き、再びその姿が強い光を帯びていく──。


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