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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第1章:天使の零落
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第43話:遠ざかる背中を追いながら


「おう、姉御ォ、起きたのか?」


 オーグさんの声は、まるで岩を砕くような重低音。

 だが、その瞳には、仲間を気遣う優しさが宿っていた。


 彼の背後では、テントの布が風に揺れ、焚き火の残り火がかすかに煙を上げている。


「っ……」


 突如、ミリアリアさんが胸を押さえつける。


「ん?どうしたァ、姉御ォ?」

「いや、何でもない……少し寝ざめの悪い夢を見ていた」


「ミリアリアさん、大丈夫ですか?顔色が優れないようですが……」


 ケビンさんの声は、どこかおずおずとしていたが、真剣な眼差しが私を見つめていた。


「いや、少し寝不足なだけだ。心配はいらん」


「そうですか……よかった……」


 ケビンさんはほっとしたように微笑んだ。


「ミリアリアさん!」


 声をかけながら、思わず足が動いていた。


「アニー、それとメグーか」

「はい。少し先まで2人で様子を見てきました」


 私が報告を終えると、メグーちゃんが続いた。


「全然、魔物の気配がしないわ」


 私は小首を傾げる。


「ここ、魔物がいないのかも」

「お母さん。油断はダメよ」


 メグーちゃんの声は澄んでいて、まるで氷のように冷静だった。


「ふむ。メグーの言う通りだな。だが、その前に、こんな時間まで寝ていて、すまないな」

「い、いえ!そ、そんな!」


 慌てて首を振り、顔を赤らめながらも懸命に否定する。


「ミリアリアが最後の見張り当番だったもの、それは仕方ないでしょ」


 メグーちゃんの言葉は、まるで事実を淡々と述べるだけのようでいて、私を気遣う優しさが滲んでいた。


「ふ、そう言ってもらえると助かる。さぁ、準備が出来たら出発だ!」


 荷をまとめてテントをたたんだ。

 焚き火の残り火を踏み消し、一行は黒鏡石の荒野へ再び足を踏み入れる。


 歩きながら、頭の中に昨日の光景がよみがえってきた。

 結晶の森を進んでいたとき、ケビンさんがふと気づいた。

 オーグさんの姿が、黒鏡石に映っていないと。


 過ちを。欲望を。忘れかけた罪を映す石。


 あのとき、もうひとつ気になったことがある。

 ミリアリアさんも、映っていなかった。


 オーグさんのことは笑って流せた。

 でもミリアリアさんは──あのとき何も言わなかった。

 誰も指摘しなかったし、するつもりもなかったのかもしれない。


 なぜ彼女は黒鏡石に映らないのか。

 サキュウスさんが彼女を執拗に狙う理由は何か。

 そして、龍を探すという目的の奥に、何があるのか。


 三つの問いがぐるぐると頭を巡った。

 答えは出なかった。

 でも、どこかで繋がっているような気がした。


「ねえ、お母さん」

「うん?」


 メグーちゃんの声は低く、けれど迷いがなかった。


「秘密が多すぎると思わない?」


 言葉は静かだったが、その奥にある苛立ちは隠れていなかった。

 私は少し間を置いた。


「……そう、だね」


 否定はできなかった。

 ミリアリアさんが語らないことは確かにある。

 でも、問い詰めるだけの勇気が、私にはなかった。


「……でも」


 前を歩くミリアリアさんの背中を、つい目で追っていた。

 海賊帽の下に揺れる金色の髪。

 誰よりも先に進んで、誰よりも静かに道を切り開くその背中。


「信じたいんだ、私」


 メグーちゃんは何も言わなかった。

 視線を前に向けたまま、少し間があった。


「そう……」


 それだけ言って、前を向いた。


 賛成でも反対でもない。

 ただ、私に委ねた。


 ミリアリアさんの背中が、少し遠い。

 何かを隠している、とは思う。

 それでも、あの人が私を仲間として扱ってくれていることは、本当のことだと信じたかった。

 私を初めて必要としてくれた人だ。


「よし!」


 呟いて、足に力を込めた。

 考えすぎてもしょうがない。

 今の私にできることは、前を向いて歩き続けることだけだ。

 拳を握って、ミリアリアさんの背中を追った。


 天使の零落を進めば進むほど、震えが強まっていくことに気付かぬ振りをしながら──。


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