↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第1章:天使の零落
PR
40/283

第40話:鍋から生まれる新たな伝説


 果てしなく広がる湖は、まるで世界の終わりを思わせるほど静まり返っていた。

 水面は一片の波紋もなく、鏡のように滑らかで、頭上に広がるダンジョンの空のような天井を映し出している。

 その青は、まるで晴れ渡る空のように幻想的でありながら、どこか不穏な気配を孕んでいた。


 その湖を、静かに、しかし確かな力強さで進む一隻の船。

 水面を割って進むたび、波紋がゆっくりと広がり、やがてまた静寂に包まれる。

 船の下、深淵の闇に溶け込むようにして、巨大な海蛇の影がうごめいていた。

 まるでこの湖の主が、己の背に乗せた旅人たちを見守るかのように。


 甲板の上、銀の髪を風に揺らしながら、メグーちゃんが静かに鍋の蓋を持ち上げた。

 ふわりと立ちのぼる湯気は、まるで古の神殿の奥深くから解き放たれた封印の霧のよう。

 神秘的な彼女の姿と相まって、その光景はまるで神話の一幕のようだった。

 鍋の中には、黄金色に輝くスープが湛えられていた。

 液面はゆらゆらと揺れ、まるで聖なる泉のように神々しい光を放っている。


「聖剣から生み出したとは思えないわね」


 メグーちゃんは無表情のままスプーンを手に取り、そっと一口すする。

 その瞬間、彼女の瞳がかすかに見開かれた。

 舌の上で聖なる旨味が弾け、まるで祝福の光が体内を駆け巡るかのように、魔力が芯から満ちていくのを感じた。


「うーん、美味しい!」


 その声には、年齢に似合わぬ無垢な喜びが滲んでいた。

 普段は冷静沈着な彼女の、珍しい感情の発露に、周囲の空気がわずかに和らぐ。


 鍋の中には、聖域で育った白銀茸、光の根菜、地龍の霜降り肉が浮かんでいた。

 それぞれがスープの魔力をたっぷりと吸い込み、噛むたびにジュワッと聖なるエッセンスが口内に広がる。

 聖剣から抽出されたダシは、ただの調味料ではない。

 それは、食べる者の心をも浄化する、まさに神の恩寵だった。


「聖剣も悪くないわね」


 メグーちゃんの言葉に、ミリアリアさんの蒼い瞳がわずかに見開かれた。

 彼女の中で、聖剣とは神聖不可侵の象徴であり、まさかそれが鍋の具材になるとは夢にも思っていなかったのだ。


「どうだ?」


 ミリアリアさんが私に声をかける。

 その声は落ち着いていたが、眼差しには確かな興味と期待が宿っていた。


「……あっ!」


 私の声が、甲板に木霊する。

 驚きと戸惑いが入り混じったその声に、皆の視線が一斉に私へと向けられた。


「あ、あります!!聖剣があります!!」


 私は震える指先でスキルリストを指し示しながら、目を見開いて叫んだ。

 頬は紅潮し、前髪の奥の瞳がわずかに輝いている。

 人見知りの私にとって、皆の注目を浴びるこの瞬間は、まるで心臓を鷲掴みにされるような緊張の渦中だった。


 オーグが腕を組み、眉をひそめる。


「聖剣って、植物みてェに生えてくるもんなのかァ?」


「ど、どうなんでしょうか?」


 ケビンが不安げに答える。

 彼の声は小さく、しかしどこか芯のある響きを持っていた。


 ミリアリアは顎に手を当て、静かに呟く。


「推測が外れているのかもしれんな」


 その言葉に、場の空気が変わった

 誰もが、常識の枠を超えた可能性に心を奪われていた。


 私のスキルは、植物や魔物のように育てられるものしか生み出せないと、みんなは考えていた。

 だから、水の精霊も、霧の中の幽霊も、スキル一覧に現れなかったのだろう、と。

 聖剣も同じ理由で生み出せないはずだった。


 やがて私が、震える声で新たな報告をする。


「えっと……新しいスキルが……覚えられました」


 その瞬間、空気が凍りついたかのように静まり返る。

 全員の視線が私に集中し、肩がびくりと跳ねた。


「アニーよ、まずは落ち着け」


 ミリアリアの穏やかな声が、私の緊張を少しだけ和らげる。


「は、はい!」

「どんなスキルだ?」


 私は深呼吸をし、震える声で続けた。


「は、はい!品種改良で、です!」


 その言葉に、皆が一斉に首を傾げた。

 私自身も、何を言っているのか分からないように、戸惑いの表情を浮かべている。


「え、えっと……生み出せるアイテムを組み合わせて……別のアイテムを生み出せます!」


 ミリアリアが目を輝かせて笑った。


「ふむ……面白い!使ってみようではないか!」


 その言葉に、オーグさんとケビンさんも頷いた。

 私がスキルを発動すると、空気がわずかに震え、周囲に淡い光が灯る。


「え、えっと、似た者同士を組合せるんですが、いくつか候補があります。地龍と水龍、ガーリックと光の根菜、それと……聖剣と白銀茸、です」


 候補を並べ終えてから、私は少し黙った。

 スキルの中で何かが繋がっていると感じていた。

 言葉にするのが難しい、あの感覚。

 聖剣に触れたとき、地中深くに根を張ったものと同じ手応えがあった。


「剣とキノコだぜェ?似てねぇだろォ」

「間違いではないのか?」

「い、いえ……なんとなく、似ている気がして。スキルがそう言っていて。えっと、うまく言えないんですが」


 首をひねる私を見て、ケビンが静かに口を開いた。


「聖剣って、精霊の洞窟の奥深く、地中に刺さっているっていいますよね。菌糸が根を張るみたいに、岩盤の中で力を蓄えている。だから……アニーさんのスキルには、白銀茸と同じように映るのかもしれません」


 次の瞬間、全員が一斉に驚きの声を上げた。


「まさか、アニーよ。聖剣がキノコの一種だとでも言うのか?」

「ケビンさんが言った通りかもしれないです」


 ミリアリアさんが目を細め、私に尋ねる。


「ふむ……アニーよ。聖剣を品種改良できそうか?」

「は、はい!えっと、2つの方針があります」

「方針?」

「はい!攻撃力は下がりますが、誰でも扱えるようにする。そ、それと……美味しくする」

「美味しくするに一票ね」


 メグーが静かに口を開いた。

 スプーンを口元に添えたまま、淡々とした口調でそう言うが、その頬はほんのりと紅く染まっている。

 彼女なりの満足の証だ。


「メグー?」


 ミリアリアが意外そうに眉を上げる。


「意外と、ダシが効いていて良かったわ。あれなら、また食べてもいい」


 その言葉に、ケビンが思わず笑みをこぼす。

 彼の作った料理が、あのメグーに認められたのだ。

 自信なさげだった彼の瞳に、わずかな光が宿る。


「なるほどのう。どちらかしか選択できないのか?」


 ミリアリアさんが問いかけると、私は小さく首を振った。


「い、いえ!クールタイムはありますが、待てば、片方の方針で改良もできます」

「ならば、まずは攻撃力を下げて誰でも扱えるように頼む」


 ミリアリアさんの言葉に、私は深く頷いた。


「は、はい!」


 私は両手を胸の前で組み、目を閉じて集中する。

 微かに震える指先が光を帯び、空気がぴんと張り詰める。

 やがて、私の前に淡い光の粒が集まり、ゆっくりと形を成していく。


 それは、かつての聖剣とは異なる、どこか柔らかな輝きを放つ剣だった。

 刃は細く、柄には白銀茸の模様が浮かび上がっている。

 まるで自然と調和した、優しさを宿した聖剣。


「これが……新しい聖剣……?」


 ケビンが呟く。

 彼の声には、畏敬と驚きが入り混じっていた。


「ふむ……確かに、手に取っても拒まれる感覚がない。これなら、誰でも扱えるかもしれんのう」


 ミリアリアが剣を手に取り、軽く振ってみせる。

 その動きは優雅で、剣から放たれる光が彼女の金髪を照らし、まるで舞踏会の姫君のような幻想的な光景を作り出していた。


「誰でも扱えるとなれば、選定者ではないケビンやオーグも使えるかもしれん。状況によっては、この先の戦力になりうるな」


 その一言に、ケビンが目を見開いた。


「次は、味の方も試してみたいわね」


 メグーちゃんが静かに言うと、オーグさんが豪快に笑った。


「剣を食うなんざ、正気の沙汰じゃねェが……まあ、面白れェ!」

「アニーさん、すごいです!」


 ケビンさんが目を輝かせて言うと、私は顔を真っ赤にしてうつむいた。


「そ、そんな……ケビンさんと、みんながいたから、です……!」


 船は静かに、しかし、確実に進んでいく。

 鏡のような湖面に映る一行の姿は、まるで新たな伝説の始まりを告げる絵画のようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。