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第35話:水精の杯と忍びの影


「メグーちゃん!!グリー!!お願い!!」


 澄んだ湖面が鏡のように静まっていた。

 湖面に映るのは天から舞い降りた銀髪の少女、メグーちゃんだった。

 その髪は陽光を受けて淡く輝き、星屑が舞うような淡い光を放っていた。


 私の叫びは焦燥と祈りが混じった声だった。

 空中で小さくなってしまったメグーちゃんは両腕で杯をぎゅっと抱きしめていた。

 その小さな体が風に煽られても、彼女の瞳は真っ直ぐに杯を見つめている。

 中身をこぼすまいとしていた。


 風を裂いてグリーが舞い降りる。

 黄金の翼が陽を受けて煌めき、彼の背にメグーちゃんをそっと乗せた。


「ふぅ……メグーちゃん!無事!?」

「うん!ぶじぃ!!」


 小さな指でVサインを作るメグーちゃんの笑顔に、私の胸がじんわりと温かくなる。

 魔力を使い果たして縮んでしまったのだろうが、その姿はどこか懐かしく、愛おしかった。


 だが安堵の時間は一瞬だった。


「助けて!」


 水面でバタつくケビンさんの声が場の空気を一変させる。

 彼の地味な服は水を吸って重く沈み、必死に手足を動かす様は溺れる小動物のようだった。

 その周囲には巨大な水棲魔物の影が蠢いている。


「ケビンさん!!」


 私はグリーの背を軽く叩き、即座に飛び出す。

 風を切って水面へと急降下し、嘴でケビンさんの襟を掴んで引き上げた。

 引き上げた直後、水面が裂けて魔物の顎が飛び出した。


 それはほんの一瞬の差だった。


「あ……あわわわ」

「ふぅ……ケビンさん?無事?」

「ぶじー?」


 ケビンさんの目はぐるぐると回り、口元は引きつった笑みを浮かべていた。

 私はそっと視線を逸らした。

 今はそっとしておこう。


「ね!お母さん!」

「ん?なにー?メグーちゃん?」

「たべていい?」


 メグーちゃんは目を輝かせて杯を両手で掲げていた。

 私が微笑んで頷くと、メグーちゃんはスプーンを手に取り透明なドームをじっと見つめる。

 青白く揺らめく水の精霊のエッセンスが彼女の銀髪と共鳴するように淡く光を放っていた。


「……きれい……」


 その囁きは湖面に落ちる一滴の雫のように静かで澄んでいた。

 スプーンがドームに触れると、ぷるんとした寒天が優しく弾け、とろりとした液体がゆっくりと溢れ出す。


 一口、口に運ぶと──


「……っ!」


 メグーちゃんの瞳がふわりと見開かれた。

 海のようなミネラルと朝露の冷気が舌から喉へと流れた。

 まるで風が体内を通り抜けたかのような感覚に、彼女は目を閉じ頬を紅潮させた。


「……おいひぃ」


 もう一口、今度はゆっくりと味わうように。

 彼女の表情は花がほころぶように柔らかくなっていった。


 その様子を見ながら、私はそっとスキルを空発動する。だが──


「あれ?」


 スキル一覧に『水の精霊』が表示されない。

 おかしい。ケビンさんがアイテム化し、メグーちゃんがそれを食べたはずなのに。


(なぜ出ないんだろう。アイテムになったなら、素材として認識されるはずなのに)


 首を傾げかけたその瞬間──


「どうしたのさ、そんな困った顔しちゃって」


 声が空を裂き、黒装束の女性が逆さまに現れた。

 彼女は胡坐をかいたまま私の目の前へ滑り込むように浮かんでいる。


「っ!?」


(──あの時の、黒装束の人だ)


 地の精霊との戦いで見た姿と重なった。

 だが、それを口にする間もなかった。


「こんちわー!私はユリ!」


「だれー?」


 メグーちゃんが素直な疑問を口にすると、ユリは「可愛い」と呟きながら彼女の銀髪に視線を止めた。

 その目がふっと細くなる。


「ん?銀髪……あれ、まさか?」

「ユリ様?」


 グリーの背で運ばれていたケビンさんがユリの姿に気づき顔を青ざめさせる。


「ユリ様!?」

「おろ?私のこと、知っているの?」


 ユリはくるりと一回転しケビンさんの前にふわりと浮かぶ。


「勇者様一行の斥候をされている方ですよね?」

「ほほう……私も有名になったもんだ。うん」


 気の抜けたような笑顔だが、声の軽さとは裏腹に、こちらを測るような気配がそこにあった。


「でも、ごめんね。みんなのためなんだ。ちょっと、大人しくしててちょーだい」


 私の体がピタリと止まった。

 金縛りのような感覚が全身を縛りつける。

 ケビンさんも同じだった。


「グリフォンちゃんは、そのまま滞空ね。動かなくていいよー」


 グリーの黄金の瞳から光が消え、まるで操り人形のように無表情で空を飛び続ける。

 その背で私は蝋人形のように固まっていた。


 体が動かない。

 声も出せない。


 だが頭だけは必死に動き続けていた。

 グリーに何かを伝えられないか。

 スキルだけでも発動できないか。

 できることを諦めずに探していた。


「お母さん?どうしたの?」


 メグーちゃんが私の肩に触れ揺らす。

 しかし返事はない。


「お母さん?」


 小さな手に力がこもり私の体が前後に揺れる。

 その様子を見たユリは怪訝そうに眉をひそめた。


「おろろ?私の忍術、効いてるはずなんだけどなぁ」

「ね、お母さんに悪いことしたのお前?」


 メグーちゃんは空中でぷかぷか浮かぶユリをジト目で睨みつけた。

 その視線は幼いのにどこか底知れない。


「うーん?通じてないのかな?」


 ユリが首を傾げた瞬間──


「……みんなを解放して」


 メグーちゃんの声が静かに、しかし鋭く響いた。


 その言葉とともに周囲の何かが弾けた。

 グリーの瞳に光が戻り彼は大きく翼を羽ばたかせて急上昇した。

 ユリから距離を取るためだ。


「おっと……」


 ユリは上昇するグリーを見上げ肩をすくめた。


「あちゃー……これ、仕事、増えちゃわない?」


 声は軽い。

 だが、背に漂う気配は以前より濃く危険を帯びていた。


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