第3話:飛空艇と黒衣の騎士
──船室は、外観からは想像もつかないほど整っていた。
壁には古びた地図や航海記録らしき紙片が貼られ、天ceiling からは小さなランタンが揺れている。
木製のテーブルには使い込まれた筆記用具が並び、棚には薬瓶や工具、古書が無造作に詰め込まれていた。
雑然としているのに、不思議と落ち着く空間だった。
きっと、この場所が"戦う者たちの居場所"として長い時間をかけて形作られてきたからなのだろう。
私の話を黙って聞いていたのは、海賊帽をかぶった女性──ミリアリアさんだ。
金色の髪は陽光を受けてきらめき、蒼い瞳は深海のように澄んでいる。
その口調は老練な賢者のようで、年齢不詳の風格があった。
「我はミリアリアだ」
「あっ、わ……わた……私はアニーと言います!」
声が裏返り、顔が熱くなる。
こんなに緊張したのは、いつ以来だろう。
「うむ。そっちの黒髪黒目のやつはフェイ」
「……あはは、アニーさん、よろしく」
フェイさんは柔らかく笑うが、その瞳の奥には冷たい光が宿っているように見えた。
なぜかしっくりと"腹黒"という言葉が浮かんでしまい、私は慌てて頭の中から追い払った。
「それで……何があったのだ?」
ミリアリアさんの問いに、私はこれまでの経緯をかみしめるように語った。
飛空艇、登録、墜落、砂竜──そして助けられたこと。
「ふむ。なるほど……アニー殿は冒険者であったか」
「しかし、冒険者とは……思い切ったね」
フェイさんが興味深そうに私を見る。
「アニーさん、戦いは苦手でしょ?」
「……はい」
「戦えないのに……冒険者ってさ。何だか不思議だね」
「不思議……ですか?」
「うん。冒険者が重宝される理由、その一つは魔物の存在」
フェイさんは地図のある地点を指で示す。
そこには赤い印がいくつか付けられていた。
「これらが"要狩猟地域"だよ。強大な力と縄張り意識を持つ魔物が巣食う地では、討伐しなければ人の営みは許されない。そういう場所で魔物を討ち払うのも冒険者の重要な役目さ」
フェイさんは立ち上がり、テーブルの上に置かれた小さな模型をつまみ上げた。
木片で作られた塔のようなそれを、私の前に差し出す。
「これはマナステーションの簡易模型だよ。中心でマナを集めて、周囲にマナ圏を広げる。ステーションを建てられれば、魔力圏外だった土地が人の住める場所になる」
フェイさんは視線を私に戻して続ける。
「魔物を討つのも、ステーションを建てるのも、どちらも戦うための力が要る」
「……私は剣を振るう力も、魔法を操る才もありません。農民のロールは……戦いには不向きでした。それでも……」
「それでも?」
「……誰かに必要とされたいと思ったんです。だから、魔物を討つことはできなくても、マナステーションを建てて魔力圏外を縮め、人々の役に立ちたいって、そう思ったんです」
「なるほどのう。戦闘だけが冒険者の仕事じゃない。土地を拓き、生活圏を広げることならできる。そう考えたのだな」
「ま、冒険者は学歴も、魔力も、ロールも、人種さえも問われないからね。実力だけがすべてを決める。やり方次第だって、そう夢を見る気持ちはわかるよ」
フェイさんが肩をすくめる。
「まあ、実力"だけ"ってのが一番難しいんだけどね」
私は小さくうなずいた。
戦う力がなくてもなんとかなる。
それは甘い考えであったと思い知らされたばかりだ。
「さて、客室を用意した。アニー殿は街に着くまで、そこで休まれるがよい」
「ありがとうございます……」
「……客人に不躾なお願いとは思うが、街に着くまでの間、客室からは出ぬようにしていただきたい」
「え?」
ミリアリアさんの口調は穏やかだったが、その目は真剣だった。
理由を尋ねようとした瞬間、フェイさんがすっと立ち上がった。
「それじゃあ、アニーさん、こちらへ。理由は後でちゃんと話すから」
「あ、はい!」
フェイさんに案内され、私は飛空艇の中を歩く。
廊下の鉄板には無数の傷と錆が浮かび、長い年月を物語っていた。
「フェイさんたちって……冒険者なんですか?」
「まあ、そんなようなものかな。世間的には、ね」
その言い方に、どこか含みがあった。
踏み込んではいけない領域がある──そんな直感が働く。
「でもさ、アニーさんは戦えないロールなんだよね?
探索向きでもない。なのに、どうして冒険者に?」
私は少し迷ってから、ぽつりと話し始めた。
「……農民って、ユニークロールなんです。だから、最初は両親がすごく期待してくれてて……でも、実際には戦いには使えなくて……役に立たないって、家を追い出されました」
フェイさんは短く息を吐く。
「……そっか。俺も似たようなもんだよ」
「えっ?」
「期待されて、でも応えられなくて、居場所をなくして──そんな感じ」
その言葉に、胸が締めつけられた。
「す、すみません……初対面なのに、身の上話ばかりで」
「いいんじゃない?そういうの、嫌いじゃないよ」
フェイさんはふっと笑った。
──やがて生活感のある区画に差しかかる。
干された洗濯物が風に揺れ、無造作に置かれた生活用品が、彼らの"日常"を物語っていた。
「アニーさん、ここが部屋だよ」
案内された部屋は、飛空艇の中とは思えないほど広く、清潔で温かみがあった。
「クーベの街までは、あと一日くらいかかるけど……お願いだから、この部屋からは出ないでね」
その声には、切実な響きがあった。
私は静かに頷く。
扉が閉まり、静寂が訪れる。
鍵はかかっていない。
けれど、出るつもりはなかった。
ソファに腰を下ろし、目を閉じる。
こうして、私の新たな冒険は、思いがけない形で幕を開けたのだった。




