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誰も食べない世界に真実を  作者: 農民
第1章:天使の零落
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第3話:飛空艇と黒衣の騎士


 ──船室は、外観からは想像もつかないほど整っていた。


 壁には古びた地図や航海記録らしき紙片が貼られ、天ceiling からは小さなランタンが揺れている。

 木製のテーブルには使い込まれた筆記用具が並び、棚には薬瓶や工具、古書が無造作に詰め込まれていた。


 雑然としているのに、不思議と落ち着く空間だった。

 きっと、この場所が"戦う者たちの居場所"として長い時間をかけて形作られてきたからなのだろう。


 私の話を黙って聞いていたのは、海賊帽をかぶった女性──ミリアリアさんだ。

 金色の髪は陽光を受けてきらめき、蒼い瞳は深海のように澄んでいる。

 その口調は老練な賢者のようで、年齢不詳の風格があった。


「我はミリアリアだ」


「あっ、わ……わた……私はアニーと言います!」


 声が裏返り、顔が熱くなる。

 こんなに緊張したのは、いつ以来だろう。


「うむ。そっちの黒髪黒目のやつはフェイ」


「……あはは、アニーさん、よろしく」


 フェイさんは柔らかく笑うが、その瞳の奥には冷たい光が宿っているように見えた。

 なぜかしっくりと"腹黒"という言葉が浮かんでしまい、私は慌てて頭の中から追い払った。


「それで……何があったのだ?」


 ミリアリアさんの問いに、私はこれまでの経緯をかみしめるように語った。

 飛空艇、登録、墜落、砂竜──そして助けられたこと。


「ふむ。なるほど……アニー殿は冒険者であったか」


「しかし、冒険者とは……思い切ったね」


 フェイさんが興味深そうに私を見る。


「アニーさん、戦いは苦手でしょ?」

「……はい」


「戦えないのに……冒険者ってさ。何だか不思議だね」


「不思議……ですか?」


「うん。冒険者が重宝される理由、その一つは魔物の存在」


 フェイさんは地図のある地点を指で示す。

 そこには赤い印がいくつか付けられていた。


「これらが"要狩猟地域"だよ。強大な力と縄張り意識を持つ魔物が巣食う地では、討伐しなければ人の営みは許されない。そういう場所で魔物を討ち払うのも冒険者の重要な役目さ」


 フェイさんは立ち上がり、テーブルの上に置かれた小さな模型をつまみ上げた。

 木片で作られた塔のようなそれを、私の前に差し出す。


「これはマナステーションの簡易模型だよ。中心でマナを集めて、周囲にマナ圏を広げる。ステーションを建てられれば、魔力圏外だった土地が人の住める場所になる」


 フェイさんは視線を私に戻して続ける。


「魔物を討つのも、ステーションを建てるのも、どちらも戦うための力が要る」


「……私は剣を振るう力も、魔法を操る才もありません。農民のロールは……戦いには不向きでした。それでも……」


「それでも?」


「……誰かに必要とされたいと思ったんです。だから、魔物を討つことはできなくても、マナステーションを建てて魔力圏外を縮め、人々の役に立ちたいって、そう思ったんです」


「なるほどのう。戦闘だけが冒険者の仕事じゃない。土地を拓き、生活圏を広げることならできる。そう考えたのだな」


「ま、冒険者は学歴も、魔力も、ロールも、人種さえも問われないからね。実力だけがすべてを決める。やり方次第だって、そう夢を見る気持ちはわかるよ」


 フェイさんが肩をすくめる。


「まあ、実力"だけ"ってのが一番難しいんだけどね」


 私は小さくうなずいた。

 戦う力がなくてもなんとかなる。

 それは甘い考えであったと思い知らされたばかりだ。


「さて、客室を用意した。アニー殿は街に着くまで、そこで休まれるがよい」


「ありがとうございます……」


「……客人に不躾なお願いとは思うが、街に着くまでの間、客室からは出ぬようにしていただきたい」


「え?」


 ミリアリアさんの口調は穏やかだったが、その目は真剣だった。

 理由を尋ねようとした瞬間、フェイさんがすっと立ち上がった。


「それじゃあ、アニーさん、こちらへ。理由は後でちゃんと話すから」


「あ、はい!」


 フェイさんに案内され、私は飛空艇の中を歩く。

 廊下の鉄板には無数の傷と錆が浮かび、長い年月を物語っていた。


「フェイさんたちって……冒険者なんですか?」


「まあ、そんなようなものかな。世間的には、ね」


 その言い方に、どこか含みがあった。

 踏み込んではいけない領域がある──そんな直感が働く。


「でもさ、アニーさんは戦えないロールなんだよね?

 探索向きでもない。なのに、どうして冒険者に?」


 私は少し迷ってから、ぽつりと話し始めた。


「……農民って、ユニークロールなんです。だから、最初は両親がすごく期待してくれてて……でも、実際には戦いには使えなくて……役に立たないって、家を追い出されました」


 フェイさんは短く息を吐く。


「……そっか。俺も似たようなもんだよ」


「えっ?」


「期待されて、でも応えられなくて、居場所をなくして──そんな感じ」


 その言葉に、胸が締めつけられた。


「す、すみません……初対面なのに、身の上話ばかりで」


「いいんじゃない?そういうの、嫌いじゃないよ」


 フェイさんはふっと笑った。



 ──やがて生活感のある区画に差しかかる。

 干された洗濯物が風に揺れ、無造作に置かれた生活用品が、彼らの"日常"を物語っていた。


「アニーさん、ここが部屋だよ」


 案内された部屋は、飛空艇の中とは思えないほど広く、清潔で温かみがあった。


「クーベの街までは、あと一日くらいかかるけど……お願いだから、この部屋からは出ないでね」


 その声には、切実な響きがあった。


 私は静かに頷く。


 扉が閉まり、静寂が訪れる。

 鍵はかかっていない。

 けれど、出るつもりはなかった。


 ソファに腰を下ろし、目を閉じる。


 こうして、私の新たな冒険は、思いがけない形で幕を開けたのだった。


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