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第29話:激しさと静けさの決意


 ケビンさんに、メグーちゃんのことを簡単に説明した。


 食事をしなければ生きられない体だということ。

 それ以上のことは話さなかった。


「……そうなんですね」


 ケビンさんは静かにそう言って、視線を少し落とした。

 驚いている、というより、何かを噛み砕こうとしているような間があった。

 それから、ゆっくりと顔を上げる。


「……分かりました。それ以上は聞きません」


 その言葉に、何かがほっとほどけた。

 詮索しない。ただ、その事実を受け取った。

 ケビンさんはそういう人だった。


「何をしている!」


 船上に響いたのはミリアリアさんの怒りを孕んだ声だった。

 金髪が揺れ、瞳は怒りと困惑に燃えている。


「ミリアリアさん……」


 視線の先では、メグーちゃんがケビンさんの作ったスフレを静かに口に運んでいた。

 ミリアリアさんの怒声など、聞こえていないかのように。

 スプーンを持つ手は揺れもせず、銀髪が一筋、白い頬に落ちる。

 その無関心が、かえって場の緊張を際立たせていた。


「メグー……お前、なぜケビンの前で自身のことを明かすような真似をした」


「ケビンは身を挺してお母さんを助けた。だから、信用することにした」


「何だそれは!」


 ミリアリアさんの声が湖面に反響し、水柱がその怒りに応えるかのように一層激しく天へ伸びる。


「落ち着いてください。ミリアリアさん」


「これが落ち着いていられるか。信の置けぬ者の前で、何という真似を!」


「幽霊相手になすすべもなく気を失っていたミリアリアが、偉そうに言うの、違うと思うけれど」


 メグーちゃんの言葉に、ミリアリアさんは言葉を失った。

 拳を震わせ、悔しさを滲ませながらも、瞳には揺れる葛藤が見える。

 一瞬だけ、目が伏せられた。

 確かに、という感情が彼女の中を通ったのだろう。


「ケビンさんがいなければ、みんな幽霊に殺されていたかもしれません」


 メグーちゃんはスプーンを置き、静かにそう続けた。


「そうね。お母さんの言う通りよ。ミリアリア、そんなに意固地にならなくてもいいと思う」


「メグー……お前のことだぞ」


 ミリアリアさんの声に、初めて焦りが滲んだ。


「ぼ、僕……メグーさんのこと、誰かに言ったりしません。そんなつもりは全然ないです!」


「それが信じられぬと言っている!」


 ミリアリアさんの言葉は鋭く、ケビンさんの心を刺した。


「ミリアリアさん!」


「アニー……」


「ケビンさんは身を挺して私を助けてくれました。少なくとも、そういうことができる人です」


 誰も口を開かなかった。

 水柱の音だけが、遠く響いている。

 ミリアリアさんは私をまっすぐに見ていた。

 反論でも、同意でもない。ただ、見ていた。


「ち、ちんちくりん?でけえ声を出すなあ……あー、頭がいてえ……何だこの騒ぎは」


「オーグ、お前は黙っていろ」


「あ、姉御?」


 赤い肌のオーグさんは状況を掴めないながらも、剣呑な空気を察して眉間にシワを寄せ、黙り込む。

 その様子を横目で見た後、ミリアリアさんは深く息を吐いた。


「すまない。確かに、私は冷静でなかったようだ」


 ミリアリアさんはケビンさんの方へ向き直り、静かに頭を下げた。

 その所作は迷いなく、自分の非を認めることができる人間の動きだった。


「ケビン、取り乱してすまなかった。非礼を詫びさせてくれ」


「あ、いえ!そんな……頭を下げないでください」


 ケビンさんが慌てて両手を振る。

 ミリアリアさんはゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐにケビンさんを見た。


「ケビン……感謝する。お主がおらねば、我らは全滅していたのかもしれんのだな」


「ぼ、僕の方こそ……皆さんがいなければ、僕、とっくに死んでいた身なので」


「お主の力は確かだ。我らにとって必要なものである」


 その言葉にケビンさんの瞳が潤む。


「ミリアリアさん……?」


 ミリアリアさんは表情を変えず、ただ静かに続けた。


「引き続き、助力を頼めるだろうか」


「もちろんです!頑張ります!ありがとうございます!」


 ケビンさんは大粒の涙を浮かべ、何度も頭を下げる。


「誰かに……認めてもらえるの、初めてで……その……」


 言葉が途切れ、後は続かなかった。

 その気持ちは、私にもどこか分かる気がした。

 誰かに認めてもらえる、その重みが。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 果てしなく広がる湖の中央で、私たちは静かに船を浮かべていた。

 無数の水柱が水面から天へ伸び、重力を忘れたかのように静かに空へ水を運んでいる。


 そんな幻想の中、船室でケビンさんは自分の過去を語り始めた。

 私は窓の外の光と、彼の声の揺れを交互に見ていた。


 ケビンさんは東の大陸、帝国のエリア3の国で生まれ育ったという。

 貧しい家庭で、帝国は国ごとに階級が分かれ、エリア1が支配層、エリア2・3がそれに続く構造だったと彼は説明した。


 彼の故郷はマナの流れが途絶えた土地だった。

 大瀑布の近く、海風に晒されるその地では病が日常で、死が隣人だった。

 彼の記憶の大半は母の咳と、夜ごとの魔物の遠吠えに怯えた日々で埋まっているという。


 話すたびに彼の肩の力が抜けていくのが見える。

 誰かに話すことで、過去が過去として形を取り始めているのだと感じた。

 窓の外の水柱が一本、静かに揺れていた。


「なるほど……病気の母上、いや、皆を救うため、ケビンは冒険者になったのだな」


 ミリアリア様の低く響く声が、湖面に波紋のように広がった。

 窓から差す赤い光に、彼女の金髪は王冠のように輝いている。


 彼は言った。

 マナステーションを故郷に立てられれば母の病も治り、皆を救える。

 魔物も迂闊には近寄らなくなる。

 冒険者として名を上げれば宗主国も手を出しにくくなる。


「ふむ……確かに、我らと共に、天使の零落を踏破すれば、ケビンの名声は世界に轟くであろう。そうすれば、勝手に大金が舞い込んでくる。皆を救えるかもしれんな」


 ミリアリアさんの言葉は豪快でありながら温かさを含んでいた。

 強者に認められるということが、ケビンさんの胸に灯をともしているのが伝わった。


「はい!頑張ります!」


 ケビンさんの声が自然と大きくなった。

 水柱の音にかき消されることなく、空へと吸い込まれていく。


「うむ。お主の力、確かにメグーちゃんや私の成長に大きく貢献する。期待しているぞ」


 その言葉に、ケビンさんは深く頷いた。

 彼の料理人としての技が、メグーちゃんのマナを満たし、彼女の魔法を支えているという話を聞きながら、静かに頷いた。


 メグーちゃんはただの魔法使いではない。

 銀髪が水柱の光を受けて淡く輝くその姿は、神話の中の存在のようだった。

 だが、その力が知られれば世界は彼女を放っておかない。

 だからこそ、私たちは守らなければならないのだと改めて思った。


「なによ?私の顔に何か付いているのかしら?」


 メグーちゃんの声で、我に返った。

 彼女の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。


「あ、い、いえ、ごめんなさい」


「ふん。そんなに心配いらないわ」


 ふと視線を感じて振り返ると、ミリアリア様が静かに微笑んでいた。


「どうやら、確かに、私の目は節穴だったようだな」


「え?」


「いや、何でもない。私の独り言だ」


 何を見て、何を感じたのか。

 聞いても言ってもらえなさそうで、ただ小さく笑った。


「すみません!ケビンさん!交代をお願いします!」


 船室の扉が開き、声を張った。

 茶色の髪を後ろで結んだ私は、双眼鏡を手に立っていた。


「ケビンさん?」


「あ、は、はい!行きます!」


「お、お願いします。あ、こ、これを」


「え?」


 手渡したのは双眼鏡だった。


「ここ、とても広くて、水柱もあって……見通しが悪いです。ケビンさんが使いこなせる方が、絶対お役に立てると思って」


「あ、ありがとうございます」


「い、いえ」


 その背中を見送っていると──


「おう、惚けてんじゃねえぞ」


 背後からオーグさんの豪快な声が飛んできた。

 いつの間にか彼はケビンさんのすぐ後ろに立っていた。


「たく、あのチンチクリンのどこが良いんだか」


「え、あ!そんなんじゃないです!」


「へえ……どうだかなあ」


 オーグさんの口元がにやりと吊り上がる。

 ケビンさんの耳が赤くなっていた。


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