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第26話:天へ昇る水柱の下で


 目の前に果てしなく広がる湖が静かに横たわっていた。

 水面は鏡のように滑らかで、ダンジョンの淡い赤を映していた。

 澄んだ水の中で異形の魔物が悠然と泳ぎ、時折水面近くに浮かんで淡い光に鱗を煌めかせている。

 底は深く、どこまでも吸い込まれそうな蒼だった。


 水面から無数の水柱が天へ伸び、重力を忘れたかのように絶え間なく水を運んでいる。

 湖畔には漆黒の巨塔が空を突き刺すように聳えていた。


 周囲には冒険者のための新しい建物が整然と並び、異世界の前線基地のようだった。


 ここは「天使の零落」第一層の中間地点だった。

 幾多の命が挑み、散っていった場所は、束の間の安息を求める者たちの拠点になっている。


「や、やっと一息付けますね……」


 ケビンさんはへたり込みそうな足取りで呟いた。

 地味な装いの彼は旅の疲れを隠せず、額に汗が滲んでいる。


「いや、そのまま進む」


 金髪を風に揺らしながら、ミリアリアさんが毅然と告げた。

 その瞳には誇りと覚悟が宿っている。


「え、えぇぇぇ!!」


 ケビンさんの情けない叫びが静かな湖畔に虚しく響いた。


「案ずるな。お主たちはこの辺りで少し休んでいてくれ。私は船を借りてくる。オーグさん、皆を頼んだぞ」


 ミリアリアさんの声には自然と人を従わせる威厳があった。

 一人で行く理由は言わなかった。

 素性を明かしたくないのか、それとも時間を節約したいのか。

 聞きかけて、やめた。


「へい、姉御」


 オーグさんが豪快に頷いた。


「それと、アニー、荷物を借りよう。ここで地龍の素材を換金してくる。船代には十分だろう」


 ミリアリアさんの言葉に、素朴な笑みを浮かべて頷いた。

 背のバックパックをミリアリアさんに手渡す。

 中には地龍との死闘の末に手に入れた貴重な素材が詰まっている。

 みんなで戦って、みんなで集めた素材だ。

 ちゃんと役立ててほしかった。


 それを背負ったミリアリアさんの姿は、王女が戦場を歩むかのように堂々としていた。

 彼女は一度も振り返らず、冒険者ギルドの建物へと颯爽と歩み去っていった。


「ふかふかのベッドで眠りたかった……」


 ケビンさんがぼそりと呟き、その場に尻餅をついた。

 彼の疲労は本物だ。


 ミリアリアさんが皆で建物に入ることを避けたのは、きっとメグーちゃんのことを思ってのことだろう。

 銀髪の少女──その存在はあまりにも異質で、目立ちすぎる。


「そ、そういえば……その」


「んァ?どうしたァ、チンチクリン」


「え、えっと、船を借りるって、どこにあるんですかね?」


 建物群を見渡したが、船らしきものはどこにも見当たらなかった。

 そんな疑問に、オーグさんが鼻を鳴らして答えた。


「アイテムボックスにでも格納してあるんだろうぜ」


「アイテムボックス?」


「んだァ?チンチクリン、知らないのかァ?」


 オーグさんの口調は荒っぽいが、どこか面倒見の良さを感じさせる。


「ぼ、僕も聞いたことがないです」


 ケビンさんが小さく手を挙げた。


「アイテムボックスは、どんな大きなアイテムでも収納できる魔法の箱だ。袋にも付与できるようになって、かさばらない形でも使える」


「そんな便利なアイテムがあるんですね」


「ま、超貴重品だ。知らないのも無理はない」


「す、すごい……」


 また一つ世界の広さを知った。

 知らないことがまだたくさんある。

 でも、知らないなら覚えればいいと、いつの間にか思えるようになっていた。


 そのとき、ミリアリアさんが戻ってきた。手には小さな革袋を携えている。


「待たせたな。それでは行こうか」


「おう……待ちくたびれぜェ」


「船は手に入ったんですか?」


「うむ。こうして、アイテムボックスと共に手に入れた。地龍はなかなかの金になったぞ」


 ミリアリアさんは革袋を掲げ、誇らしげに微笑んだ。

 その姿は戦場から勝利を持ち帰った女王のようだった。


「それが……アイテムボックス何ですか?」


「ああ、中に船とアニーのバックパックを入れてある。まだ収納には余裕があるから、なかなかの品だ」


「ボ、ボックス、じゃ、ないん……ですね」


「はい。アイテムボックスというから箱を想像するが、袋にも付与できる名残でそう呼ばれている」


 ミリアリアさんの手の革袋には、船さえ収まっているというのだから信じがたい。


 その時、メグーちゃんが不機嫌そうに口を開いた。銀髪が揺れ、冷たい視線がこちらを射抜く。


「もう、いつまで話してるの。さっさと行きましょう」


 彼女の言葉には苛立ちが滲んでいた。

 それは焦りの裏返しだろう。

 人目を集めすぎている、そう感じているのかもしれない。

 こんなにも目立つ銀の髪を持って生まれた彼女が、静かに過ごせる場所など──この世界にはあまりないのだと、私は思った。


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